デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.507-509(DK290176k) ページ画像

明治38年8月12日(1905年)

是日栄一、東京ヲ発シ箱根小涌谷ノ三河屋ニ赴キ、二十五日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治三八年(DK290176k-0001)
第29巻 p.507-509 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治三八年     (渋沢子爵家所蔵)
八月十二日 晴 清暑
午前五時起床、庭内ヲ散歩シ入浴後朝飧ヲ為ス、此日ハ箱根旅行ノ予定ナリシニ付、朝来旅装ヲ整フ、午前七時過キ別荘ヲ発シ、兼子・愛子同伴ス、八時半新橋発ノ汽車ニ搭ス、送行ノ人二十人許リ停車場ニ来集ス、汽車横浜ヲ経テ国府津ニ於テ汽車ヲ降リ、更ニ電車ニテ湯本ニ抵リ、小川楼ニ午飧ス、蓋シ旅客群集シテ福住楼ニ余地ナキヲ以テナリ、午後二時過キ湯本ヲ発シ、腕車ニテ塔ノ沢・宮ノ下ヲ経テ、五時小涌谷三河楼ニ投宿ス、楼ハ箱根山中稍開豁ノ地ニアリテ、四望頗ル佳ナリ、薄暮ノ気候秋涼ヲ覚フ、頓ニ時気ノ変化ニ驚ク、夜ニ入テ風尚強ク、冷気殊ニ爽快ナリ
八月十三日 曇 冷気
午前五時半起床、先ツ入浴ス、浴後日記ヲ整理ス、朝飧後新聞紙ヲ一覧シ、諸方ヘノ書状ヲ裁ス、畢テ午前ノ散歩ヲ試ミ、千条ケ滝ヲ一覧シ、仙元山ノ半腹マテ登臨ス、然レトモ天候悪シキヲ以テ中途ニシテ帰宿ス
午後皆川夫人来ル
夕方又散歩、小涌谷ノ源ヲ尋ヌ、水源ハ楼ノ背面ナル山腹ニアリ、登ルコト凡ソ八丁計ナリ、山路草木繁茂シテ行程不便ナリ
八月十四日 曇 冷気
午前六時起床、入浴ヲ為シ、浴後読書ス、七時朝飧ヲ畢リ散歩ヲ為ス終日読書又ハ遊戯ニ閑ヲ消ス
八月十五日 雨 冷気
午前六時起床、例ニヨリテ入浴ヲ為シ、浴後外出散歩ヲ試ム、七時半朝飧ヲ畢リテ読書ス、雨強ク降リタレハ外出スル能ハス、家ニ在テ閑
 - 第29巻 p.508 -ページ画像 
ヲ消ス
八月十六日 曇 冷気
午前六時起床、入浴ヲ為シ浴後仙元山ニ散歩ス、行程一里余、山ハ僑居ノ前面ニ在リテ眺望絶佳ナリ、八時半帰寓、朝飧ヲ為ス、西村勝三氏今日到着ノ由ニテ来訪セラル
夕方ヨリ雨降リ出ス、終日読書・遊戯ニ閑ヲ消ス
八月十七日 雨 冷気
午前五時起床、直ニ入浴ヲ為シ畢テ朝飧ヲ喫ス、六時小浦谷旅舎ヲ発シ、腕車ニテ雨ヲ犯シ宮ノ下ニ抵リ、夫レヨリ湯本ニ抵リテ電車ニ乗替ヘ、九時国府津着、更ニ汽車ニ搭シ十一時過キ新橋ニ着ス ○下略
   ○中略。
八月十九日 雨 冷気
午前四時起床、直ニ朝飧ヲ畢リ、六時新橋停車場ニ抵リ、同時発ノ汽車ニ搭ス、堀越善重郎同車ス、宮原次郎氏ニ邂逅ス、八時半国府津ニ抵リ、夫ヨリ電車ニテ湯本ニ抵リ、更ニ腕車ヲ僦テ十一時過宮ノ下ニ抵リ奈良屋ニ休憩ス、篤二夫妻孫児共滞在スルヲ以テナリ、午飧後宮ノ下ヲ発シ、武之助・沢田同行、四時頃小涌谷ニ達ス、入浴後諸方ヲ散歩ス
八月二十日 曇 冷気
午前六時起床、入浴後外出散歩ヲ試ム、雲霧深クシテ眼前ヲモ弁シ難シ、朝飧後書類ヲ一覧ス、午飧畢テ後宮ノ下ヨリ篤二夫婦及児童悉ク来会ス、本山七郎兵衛・大須賀某同伴ス、種々ノ談話アリテ、五時過宮ノ下ニ帰ル、夕方ヨリ雨トナリ終夜小雨アリ
東京福地源一郎書状来ル、八十島親徳ヨリ書状来ル
八月二十一日 雨 冷気
午前六時半起床、少シク風邪ノ気味ナルヲ以テ入浴ヲ為ス能ハス、先ツ日記ヲ整理シテ後、東京其他ヘノ書状ヲ発ス(福地源一郎ヘノ返書松尾臣善氏ヘノ招宴断書)松井・野口両氏ヘノ返書ハ八十島ヘノ書状ヘ封入シ遣ハス
八月二十二日 雨 冷気
午前六時半起床、先ツ入浴シ、浴後書類ヲ整理ス、東京八十島ヨリ書状来ル、他方ノ来書モ封入シ来ル、午前十時添田寿一氏来リ、同行営業ニ関シ英国高橋ヨリ来電ニ付要務ヲ協議ス、午後読書ニ閑消ス
夜ニ入リ佐々木清麿・岩楯林蔵二氏来訪セラル
八月二十三日 雨 冷気
午前六時半起床、入浴畢テ佐々木清麿氏ト大坂紡績会社ノ要務ヲ談ス畢テ朝飧ヲ為ス、八十島親徳ヨリ来状アリ、他方ヨリ来書弐通及新聞切抜ヲ封入ス
佐々木・岩楯二氏東京ニ帰ル
午後雨少シク歇ミタレハ千条ノ滝ヲ一覧シ、更ニ蘆ノ湯通ヲ旧路ニヨリテ散歩ス、路極メテ険悪ナリ、且ツ雨降出シタレバ一行大ニ困難ス
八月二十四日 雨 冷気
午前六時起床、例ニ依リテ先ツ入浴シ、畢テ書状ヲ一覧ス、七時過キ朝飧ヲ為シ、食後岡本芳二郎氏来訪ス、同氏ハ同シク此家ニ入浴スル
 - 第29巻 p.509 -ページ画像 
人ニシテ、高等学校ノ教員ナリ、種々ノ談話アリ
午後西村勝三氏夫妻帰京スルトテ告別シ来ル
夜仙石原村民勝股沢次郎・同市五郎二氏来リ、牧場ノ跡始末ニ関シ、種々ノ村民ヨリ頼願ヲ申述ヘラル、依テ東京ニ於テ他日評議スヘキ旨答ヘ置ク、昨日高松豊吉氏ヨリノ来状ニ対シ、其回答ヲ八十島親徳ノ妻帰京ニ托シ伝言シ遣ス
八月二十五日 雨 冷気
午前六時起床、先ツ入浴ヲ為シ、畢テ朝飧ヲ食ス、食後日記ヲ調理シ且今日此地出発ノ筈ナルニ付旅装ヲ整頓ス、午前八時頃雨ヲ犯シテ旅宿ヲ出テ、腕車又ハ山竹輿ニテ先ツ宮ノ下ニ抵リ、太平台ニテ小憩シ十一時湯本ニ於テ電車ニ搭シ、十二時国府津ニ抵リ午飧ヲ為ス、夫ヨリ午後二時発ノ汽車ニテ国府津ヲ発シ、五時過キ新橋着、直ニ馬車ニテ王子別荘ニ帰宿ス、此日新橋ニ帰宅ヲ迎フル家人十数名アリ


竜門雑誌 第二〇七号・第三七頁 明治三八年八月 ○青淵先生の避暑(DK290176k-0002)
第29巻 p.509 ページ画像

竜門雑誌  第二〇七号・第三七頁 明治三八年八月
○青淵先生の避暑 青淵先生には酷暑に際し要務の少閑を得られしにつき、令夫人・令嬢同伴にて、去る十二日午前八時半新橋発車にて箱根小涌谷三河屋へ転地せられしが、廿五・六日頃には引上げ御帰京せらるゝ筈なり


竜門雑誌 第二〇八号・第四〇頁 明治三八年九月 ○青淵先生の帰京(DK290176k-0003)
第29巻 p.509 ページ画像

竜門雑誌  第二〇八号・第四〇頁 明治三八年九月
○青淵先生の帰京 既報の如く箱根小涌谷へ避暑中なりし青淵先生には、令夫人及令嬢を伴はれ、去月廿五日無事帰京せられたり


(八十島親徳) 日録 明治三八年(DK290176k-0004)
第29巻 p.509 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治三八年   (八十島親義氏所蔵)
八月十二日 晴 朝夕涼シ
朝八時半ノ汽車ニテ男爵御夫婦一行箱根小涌谷ヘ避暑ニ赴カルヽニ付新橋ニ見送リ、出勤 ○下略
十月十三日 日曜 曇 涼シ
今朝七時半発ノ汽車ニ塔シ小涌谷ニ向フ ○中略
夕男爵一行ニ従ヒ小地獄ヲ見ル
八月十五日 曇時々少雨 六十四度寒シ
○上略 午前男爵皆川氏等ト千筋ノ滝辺散歩 ○下略
八月十六日 曇 涼シ
早朝男爵・皆川氏等、浅間山登山ヲ試ミラル ○下略
八月十七日 豪雨 風アリ
此日男爵ハ井上伯ヨリ昼飯ノ招待アリシ為、午前六時頃出カケテ一時帰京セラルヽニ付、予モ勢ヒ余儀ナク妻子一行引上ノトキ再出向スル事トシ随行帰京ス ○下略
   ○中略。
八月十九日 曇 涼シ
○上略 主人公今朝六時発小涌谷ヘ被赴 ○下略
八月二十五日 終日雨
○上略 午後五時新橋着ノ汽車ニテ男爵ノ一行雨中ニモ不拘帰京アリ ○下略