デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

2編 実業界指導並ニ社会公共事業尽力時代

3部 身辺

6章 旅行
■綱文

第29巻 p.520-523(DK290186k) ページ画像

明治41年1月1日(1908年)

是日栄一、東京ヲ発シ国府津ノ国府津館ニ赴キ、五日大磯ノ長生館ニ移リ、十四日帰京ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四一年(DK290186k-0001)
第29巻 p.520-522 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四一年     (渋沢子爵家所蔵)
一月一日 曇 寒甚シ
○上略 午後一時二十分新橋発ノ汽車ニ搭シテ国府津ニ抵リ、国府津館ニ投宿ス、汽車中平塚辺ヨリ雪降リテ寒威甚シ、投宿後入浴シ、新聞紙其他ノ書類ヲ読ム、夜食後読書ス
一月二日 晴 軽寒
午前八時起床、直ニ入浴シ後朝飧ヲ食ス、食後新聞紙ヲ一読シ、又日記ヲ編成ス、客年来果サヽリシ竜門社集会ニ於ル演説筆記其他ノ筆記ヲ修正シテ正午ニ至ル、午飧後郊外ヲ散歩シ、二時帰寓、又筆記ノ修正ニ努メ、夜ニ入リテ之ヲ畢ル、夜飧後読書ト遊戯トニ閑ヲ消ス
昨日ノ午後ハ此地モ寒威ノ凛烈ヲ覚ヘタリシモ、今朝来軽寒春静ニシテ、探梅ノ候ニ似タリ、僅ニ都門ヲ隔ツル十数里ニシテ気候大ニ異ナルヲ覚フ
一月三日 快晴 軽寒
午前七時半起床、先ツ入浴ス、畢テ日記ヲ編成シ書類ヲ調査ス、八時過キ朝飧ヲ食ス、食後新聞紙ヲ一覧シ、夫ヨリ書状ヲ裁ス、鹿児島学校ニ於ル岩崎氏等四名、韓国市原・太田・西村、統監府ニテハ荒井氏
 - 第29巻 p.521 -ページ画像 
其他香川皇后宮大夫・高田早苗・渋谷正吉氏等、都テ拾通余ニ昨日修正セシ筆記類二冊及不用書類ヲ添ヘ、八十島親徳ニ詳細申遣シテ其郵送ヲ取扱ハシム
香川氏ヘ送リタル書状ハ、曾テ同氏ト協議シテ徳川前公叙勲ノ事ヲ其筋ヘ請願スル為メ、其願書草案ヲ添ヘタルナリ、夜ニ入リテ読書又ハ遊戯ニ閑ヲ消ス
一月四日 快晴 軽寒
午前七時起床、直ニ入浴シ畢テ朝飧ヲ食ス、二六新聞社員木内禎一来話ス、社会問題ニ関シ、平生ノ持論ヲ説示ス、十時頃ヨリ海岸ヲ散歩シ、前川村ニ抵リ小丘ニ登リテ鉄道線路ニ添ヘ、更ニ山路ヲ取リテ帰寓ス、帰後曾テ東京瓦斯会社福島甲子三氏ヨリ嘱托セラレタル瓦斯紀念帖ノ跋ヲ浄書ス、午飧後ニ至リテ成ル、夕方ヨリ読書ト遊戯トニ閑ヲ消ス、夜留守宅ナル子女等ヨリ書状来ル
一月五日 曇 軽寒
午前七時半起床、入浴ス、畢テ朝飧ヲ喫ス、植村澄三郎氏来リテ、其身上ノ挙措ニ関シ種々ノ談話アリ、十時過キ去ル、東京ヨリ小包ノ郵便物来リ、交友会雑誌ヲ送リ越ス、依テ其表紙ニ交友ノ字ヲ書シ、且本月分ノ雑誌ニ出スヘキ揮毫ヲ為シ、書状ヲ添ヘテ返却ス
都倉義一氏来リ、従来事業経営上ニ親切ナリシ為、其効果如何ノ問題ヲ以テ説ヲ求メラル、依テ実際ニ経来リシ三・四ノ例ヲ説叙シテ之ニ答フ、午後一時午飧、食後少シク読書ス、三時二十五分国府津発ノ汽車ニ搭シテ大磯ニ抵リ、長生館ニ投宿ス、夜遊戯ニ閑ヲ消ス
一月六日 快晴 軽寒
午前七時半起床、直ニ入浴ス、畢テ朝飧ヲ為ス、食後新聞紙ヲ一読シ午前九時五十分大磯発ノ汽車ニテ東京ニ抵リ ○下略
一月七日 雪 寒
○上略 午後三時四十分新橋発ノ汽車ニ搭シテ、六時過大磯長生館ニ抵リ投宿ス
(欄外)
 朝来雪降リテ寒威強シ、夕方ニ至リ雨トナル
一月八日 晴 軽寒
午前七時半起床、例ノ如ク入浴シ畢テ日記ヲ編ス、八時過キ朝飧ヲ為シ、食後穂積歌子ヘ紀念帖ノ草稿ヲ添ヘ書状ヲ発送ス、又八十島親徳ヘ一書ヲ送リテ、徳川公爵叙勲内願ノ件ニ関シ書面ヲ添ヘ、香川其他ノ人々ニ伝達セシム、午前ヨリ教育勅語ノ浄写ニ勉ム、午飧後僑居ノ近傍ナル小丘ニ登ル、紅葉園ノ名アリ、丘上大磯一眸ノ中ニアリ、風景佳絶ナリ、帰宿後理髪シ、又浄書ニ従事ス、午後三時犬丸氏夫妻来訪ス、肥料会社ノ要務ヲ談ス、其帰後又浄写ニ勉メ、夜ニ入リテ止ム夜飧後遊戯ニ消閑ス
(欄外)
 一昨日八十島ヨリ来状アル《(リカ)》、今日穂積歌子ヨリ来状アル
一月九日 快晴 軽寒
午前七時起床、直ニ入浴シ、畢テ日記ヲ編成ス、大沢正道ヨリ書状来リ三重紡績会社営業景況ヲ報シ来ル、午前中勅語ノ浄写ニ勉メ、午飧
 - 第29巻 p.522 -ページ画像 
後市街及海岸ヲ散歩ス、三時帰寓、高根義人氏来話ス、夜ニ入リ成瀬仁蔵氏来訪セラル
東京穂積歌子・八十島親徳等ヨリ書状及書類送リ来ル、揮毫スヘキ紙類ヲ調査シテ、詩歌ノ原稿ヲ検出ス、夜ニ入テ読書
一月十日 晴 軽寒
午前七時半起床、例ノ如ク入浴シ、畢テ新聞紙ヲ一覧ス、八時過キ朝飧ヲ食シ、後紀念帖ヲ浄書シ、又色紙ニ短歌ヲ認ム
東京ヨリ歌子・篤二及横山徳次郎・高松豊吉氏等ノ書状数通送リ来ル午飧後郊外ヲ散歩シ、終ニ海岸ニ抵リ二時過帰寓ス、夫ヨリ揮毫ヲ為ス、夜ニ入リテ歇ム、長谷川未亡人来話ス
一月十一日 晴 軽寒
午前七時起床、先ツ入浴シ畢テ朝飧ヲ食ス、食後揮毫ヲ始メ、正午マテ数十枚ヲ認ム、午飧後同シク揮毫ス、夕方江間政発来リ、紀料編纂事務及楽翁公ニ関スル談話アリ、同氏ト夜食ヲ共ニシ、且談シ且食ス横山徳次郎氏ヨリ来書アリ、直ニ返書シテ学友増員ノ事ハ帰京後協議ノ後ニ決セシムルコトトス、秀雄学友秋葉義衛《(秋庭義衛)》ノ事ニ関シ、横山氏ヨリ来状アリ、依テ電話ニテ回答シ、明日遠藤氏ヲ来磯セシムル事ニ申遣ス
一月十二日 晴 軽寒
午前七時半起床、先ツ入浴シ畢テ朝飧ヲ為ス、江間政発昨夜当館ニ一泊セシメ、朝来鎌倉ニ向ケ出立ス、東京ヨリ遠藤柳作氏来ル、直ニ一書ヲ秋葉直衛氏ニ宛テ遠藤ヲシテ携帯セシム、蓋シ横山氏ヨリ申越シタル秀雄学友ノ件ニ関シテナリ、遠藤ハ九時五十分発ニテ鎌倉ニ向ケ罷越ス、東京ヨリ八十島其他ノ来書アリ、大川英太郎書状来ル、大川英太郎ヘ返書ヲ発送ス、埼玉学生誘掖会寄宿舎ノ事ニ関シ、矢作栄蔵氏ヘ書状ヲ発ス
今日モ午前ヨリ日没マテ揮毫ニ勉焉ス、夜飧後遊戯ニ消閑ス、高橋波太郎来話ス
一月十三日 晴 軽暖
午前八時起床、昨夜ヨリ風邪気ナルニ付入浴ヲ見合ハス、朝飧後小林新次郎氏来話ス、酒造税ノ等級制度ノ事ニ付種々ノ談話アリ、帰後揮毫ニ勉ム、夜ニ至ルマテ継続ス、明日ハ帰京ノ積ナレハ、夜ニ入リテ旅装ヲ理ス、畢テ読書・遊戯ニ閑ヲ消ス
一月十四日 曇 寒強シ
午前八時起床、入浴ヲ見合ハセ直ニ朝飧ヲ食ス、食後荷物ヲ整理シ、午前九時五十分大磯発ノ汽車ニテ帰京ス、十二時過キ新橋着 ○下略


竜門雑誌 第二三六号・第五七頁 明治四一年一月 ○青淵先生の避寒(DK290186k-0002)
第29巻 p.522 ページ画像

竜門雑誌  第二三六号・第五七頁 明治四一年一月
○青淵先生の避寒 青淵先生には元旦午後新橋発の汽車にて避寒旁々静養の為め国府津に赴かれ、同所国府津館に滞留の処、五日更に大磯長生館に転せられ、其間已み難き要務の為め一寸帰京せられし外、引続き同地に在りて静養の上、去十四日帰京せられたり ○下略


(八十島親徳) 日録 明治四一年(DK290186k-0003)
第29巻 p.522-523 ページ画像

(八十島親徳) 日録  明治四一年   (八十島親義氏所蔵)
 - 第29巻 p.523 -ページ画像 
一月一日 曇 寒シ
○上略 翁ニハ二時ノ汽車ニテ国府津ニ赴カレ ○下略
   ○中略。
一月七日 朝雪午後雨
○上略 男爵ハ元日ヨリ国府津、五日ヨリ大磯長生館ニ投セラレ、昨六日一寸帰京、本日兜町ヘ出勤、三時半大磯ヘ帰ラル ○下略
   ○中略。
一月十四日 曇
○上略
男爵ハ今正午大磯ヨリ帰京セラル
○下略