デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
1節 東京市養育院其他
3款 東京出獄人保護所
■綱文

第30巻 p.369-370(DK300032k) ページ画像

明治44年11月3日(1911年)

是日栄一、原胤昭ノ家ニ赴キ、出獄人保護ノ現況ヲ視察シ、天長節ニツキ集会セル来会者ニ一場ノ訓示ヲナス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四三年(DK300032k-0001)
第30巻 p.369 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四三年     (渋沢子爵家所蔵)
一月十五日 雪 寒甚
○上略 午餐後原胤昭氏宅ニ抵リ、出獄人保護事業ノ事ヲ談ス ○下略
   ○中略。
十一月三日 半晴 寒
○上略 神田ニ原胤昭氏ヲ訪ヘ《(ヒ)》、出獄人保護会ノ紀念日ヲ祝ス ○下略


渋沢栄一 日記 明治四四年(DK300032k-0002)
第30巻 p.369 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
十一月三日 晴 寒
○上略 午後一時半原胤昭氏ノ家ニ抵リ出獄人保護ノ現況ヲ視察シ、天長節ニ付一同原氏ノ家ニ会同スルヲ以テ一場ノ訓示ヲ為ス ○下略
   ○訓示ノ速記ヲ欠ク。


同方会誌 第三三号・第六三頁 明治四三年七月三〇日 会員原氏の出獄人保護成績(DK300032k-0003)
第30巻 p.369-370 ページ画像

同方会誌  第三三号・第六三頁 明治四三年七月三〇日
    会員原氏の出獄人保護成績
会員原胤昭氏の主管せる神田元柳原町なる出獄人保護所にて、廿七年前より保護を与へたる出獄人は総員一千零廿四人にして、男八百四十二人、女百八十二人なり、罪質によりて区別すれば強窃盗の七百四十三人最も多く、偽造の四人最も少し、犯数より区別すれば初犯四百十九人最も多く、再犯以上のもの五百廿二人にて、また最も驚くべきは百犯以上の女一人ありし事なり、此女は異名を土手のおきんと称したるが何故犯罪の数を重ねしかといふに、彼は幼より便るべき家もなく人もなく知らず識らずの間に窃盗又は淫売の罪を犯し、終に習ひ性となりて稀有の犯罪数を重ねたり、去れど原氏の保護を受くるに至りて殆ど生れ変りし如き女となり、去る卅九年中北海道の某農家にて開墾の生活に適し、労働と困苦に打ち勝つべき女を求め度しとの希望者ありたれば、六年前原氏保証にて北海道の某家に嫁せしめ、今は正業に従事し、無事に日を送れりとぞ、現在保護中の者男女五十八人、既に保護を脱して自活し居るもの五百廿七人、死亡者百五人、所在不明並に逃亡せるもの二百廿八人、保護者を脱したる後再び法網に罹れるもの百二人なりといへば、全体より見て、十分の七の好成績を示せり、氏の実験によれば、如何なる保護手段を用ふるも、到底再犯を防止する与《(能)》はざるもの、即ち精神病者・精神病的中間者・生来性能欠陥者等概して言へば盗行習慣ある生存不能力者は、社会より別異して生活を与ふる方法を講ずる外なかるべく、尚ほ犯罪原因の萌芽は正に家庭に
 - 第30巻 p.370 -ページ画像 
在るものなる事を確認したれば「母と子」と題する一書を著して世に公にすべしといふ



〔参考〕竜門雑誌 第三八〇号・第六三―六四頁 大正九年一月 ○東京出獄人保護所年報(DK300032k-0004)
第30巻 p.370 ページ画像

竜門雑誌  第三八〇号・第六三―六四頁 大正九年一月
○東京出獄人保護所年報 本社会員原胤昭君の経営せる東京出獄人保護所に於ける大正九年一月十日調査現況は左の如くなりと報じ来れり
  東京出獄人保護所第二十三年報 大正九年一月十日調査
 大正八年中新収容人員 五百二十三人(男四八九 女三四)
  罪質 窃盗三一九 横領六八 詐偽七三 無銭飲食八 無賃乗車
     二 浮浪五三
  犯数 初犯二二一 再犯一六二 三犯以上一二二 十犯以上一八
 保護仕末   大正八年末現在
                  男    女    計
 ○保護所寄宿就職のもの       九   ――    九
 ○東京居住就職のもの      二〇三   一二  二一五
 ○地方帰住就職のもの      一二六   一〇  一三六
 ○軍隊在営のもの          二   ――    二
 ○他の救護機関へ移したるもの   一五    五   二〇
  目下現住所不明のもの     一〇八    五  一一三
  保護所より逃亡したるもの    一六    一   一七
  再び犯罪したるもの       一〇    一   一一
   計             四八九   三四  五二三
   ○印を良成績と見れば、十分七・三一良、十分二・六九不良
 参照
  創業よりの被保護人 累計六千七百二十一人
  大正八年中寄附金総額 一千八百十八円