デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
1節 東京市養育院其他
8款 愛の家
■綱文

第30巻 p.393-397(DK300039k) ページ画像

大正12年11月(1923年)

是月、関東大震災罹災婦人救護ノ目的ヲ以テ「愛の家」設立サレ、栄一之ガ顧問トナリ、歿年ニ及ブ。


■資料

(煙山八重子) 書翰 竜門社宛 昭和九年一〇月一八日(DK300039k-0001)
第30巻 p.393 ページ画像

(煙山八重子) 書翰  竜門社宛 昭和九年一〇月一八日
                     (財団法人竜門社所蔵)
○上略
四、大正十二年大震災時罹災婦人救護の目的にて設立せられました当愛の家を、平時迄延長しまして恵まれざる無告の母子の為め母子ホームにいたし得ましたのは、全く故先生の御配慮によつて出来ました次第で御座います
五、先生に対し私如きものゝ何も申上る事もはゞかる事で御座いますが、いつも御目に懸る毎に、これこそ本当の謙譲とか謙遜とか申すもので御座いませうと感じました様な御態度にて、御誠実其ものゝ御力づよき御言葉などは、いつも昨日今日の様に思出しまゐらせ、おそらく一生を通じて私を感激さして下さる事と難有く存じ居り升
以上まことに粗末乍ら有りのまゝ申上まして御返事申上升
  昭和九年拾月十八日
                   愛の家代表者
                      煙山八重子
    竜門社
     石井健吾様
     阪谷芳郎様
          御人々


(煙山八重子) 書翰 竜門社宛 (昭和一一年九月七日)(DK300039k-0002)
第30巻 p.393 ページ画像

(煙山八重子) 書翰  竜門社宛 (昭和一一年九月七日)
                     (財団法人竜門社所蔵)
故子爵を愛の家母子ホーム顧問にお願ひいたしましたのは、大正十二年より御なくなりニなりました迄で御座い升。ソレカラ会計事務ハ其頃より渋沢事務所にお願ひいたし、今に至る迄御厄介ニなつて居り升
○下略


(煙山八重子) 書翰 渋沢栄一宛 大正一四年一〇月一六日(DK300039k-0003)
第30巻 p.393-394 ページ画像

(煙山八重子) 書翰  渋沢栄一宛 大正一四年一〇月一六日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                大正十四年十月《(以下三行別筆)》
                  愛の家代表者
                   煙山八重子氏来状
 - 第30巻 p.394 -ページ画像 
秋立ち参り候折柄、其後いよいよ御快方に赴かれ候由、大慶此事に存し奉り候、さて種々御配慮相願ひ候愛の家替地もやうやう滝の川町西原五一八に借地いたし、内務省の御紹介にて東京市職業補導会に建築委托いたし候て七月落成仕り、八月より別紙の如き内容にて事業開始いたし居候、其等の経過御報告旁々是非親しく御目にかゝり御話申し上度存じ候も、いまだ御静養中におわしまし候事とて、其折を得ず残念に存じ上げ候、御元気御回復をまち上げ、其上にて尚今後此事業維持方法につき御配慮願上度存じ居り候処、愛の家の事情さし迫り参り候ため、御静養中甚だ恐入り候へども、文して御願いたし候次第何卒あしからず御許容願上候
すでに建築も出来上り、母子宿泊十三名・托児三十余名を収容をいたし居り候が、此度の建築費に過半を要せしため、至急維持方法を講じ候必要に迫り、其ため内務省にも御相談いたし候処、内務省の社会事業補助金は事業開始後三ケ年を経過せし上、其事業の基礎定まれりとみとめられたるものにあらざれば、御下附なり難き由にて、愛の家にても会員組織にでもいたし、早々其資格を得らるゝ様いたすべき旨、当局より御助言再三に参り居り候が、御存じの通り当愛の家は震災直後震災善後会よりの御寄附金にて只今まで事業経営いたし参り、正に二ケ年を経過いたせし事に候へば、此際賛助員を組織し、会費にて維持いたし参り候様に致し度、就ては前よりの御縁によりやはり善後会の方々の御賛助を願上度存じ、其旨数日前河合書記官長殿に御相談仕り候処、至極御賛成を得候が、御病後かゝる御煩ひを願上候事誠に不本意此事には候へども、矢張りあなた様の御助言願上候はゞ最も有力の事と存ぜられ候に付、幾多不幸なる母子のため善後会関係諸氏に御賛助なし下され候様、御面会の折によろしく御取なしの程偏に願上奉り候
時下秋冷の候一しほ御大切に願上奉り候
  十月十六日            愛の家代表者
                      煙山八重子
    渋沢栄一様
   ○別紙ハ次掲趣旨以下ヲ指スカ。



〔参考〕諸会報告書 (二) 【愛の家趣旨】(DK300039k-0004)
第30巻 p.394-396 ページ画像

諸会報告書 (二)            (渋沢子爵家所蔵)
    愛の家趣旨
大正十二年九月一日の大震災に際し、一時に幾百万の罹災者を出し、中にも適帰するところを知らざる幾多の婦女子の不幸を座視するに忍びす、如何にもして之を救助せんと思立ちまして、東奔西走の結果、内務省・東京市及び大震災善後会の御援助を得て「愛の家」を設立し主として是等
 罹災婦女子にして住居に窮する者を収容し
 罹災婦女子に手芸の教授及び授産につとめ
 罹災婦女子の職業紹介並に煩悶相談の任に当り
 罹災のため中途廃学せる女子の教育を指導し
 其他罹災婦女子の前途の向上を図る事
 - 第30巻 p.395 -ページ画像 
等に尽力して、幾多救済の実績を挙げ、事業の経営を進めて参りましたが、実験の結果は単に前記の罹災婦人のみならず、平時に於ても此種の事業を継続するの必要を痛感するに至り、特に
 無産階級の未亡人中、遺子を擁して宿所及生活方法に苦しむ者及 児女保育の資を補足し、又は父母の生計を助くべく就職を余儀なくせしめらるゝ母子
に便宜と保護とを与ふることの急務なるを感ずるものでござゐます、依つて子女を擁する未亡人のために貞操保護を目的とする寄宿舎、及び是等婦人をして職業に従事せしむるため托児所及授産場を設け、其他慰安及び修養の施設を立し、精神物質相並びて生活を向上せしめ、以つて人類共存の大義を完ふし、少しでも社会に貢献したいと存じますから何分の御援助を願ふ次第でござゐます
  大正十四年八月
                幹事(イロハ順)
                      新渡戸琴子
                      煙山八重子
                顧問(イロハ順)
                      田沢義鋪
                      内ケ崎作三郎
    愛の家会則
一、本会は適当なる扶養者を失へる母子、及之に類する婦人を保護誘掖して、其の生活の安全と向上とを計るを以て目的とす
二、本会は前条の目的を達するため「愛の家」を経営す
三、本会の事務所は東京府下滝野川町西ケ原五一八愛の家とす
四、愛の家に於て行ふ事業左の如し
  1. 適当なる扶養者なき母子の収容保護
  2. 托児所
  3. 授産及職業相談
  4. 其他第一条の目的を達成するに必要なる事業
五、本会の趣旨に賛し事業を援助する者を以て会員となす
六、本会に左の役員を置く
   幹事  名
  幹事は会務を処理し、会務に関する一切の責任を負ふ
   顧問  名
  顧問は幹事之を推挙し、本会の事業執行に関し諮問に応ず
七、本会の経費は事業に伴ふ収入の外、会員・役員並に特志家の寄附金を以て支弁し、毎年度之を報告す
      以上
  大正十四年八月
             東京府下滝野川町西ケ原五一八
                愛の家 代表者幹事
                      煙山八重子
    御届
婦人向上会愛の家は、内務省及大震災善後会より御下附相成り候補助
 - 第30巻 p.396 -ページ画像 
金及特志家の寄附金を以て事業維持いたしまゐり候処、従来のバラツク建設所は岩崎家に於て入用の趣きを以つて、立退き方請求いたされ候、然るに当婦人向上会愛の家の本来の目的は、罹災婦人の母子収容托児・授産・職業紹介・苦学生保護等の多方面に渉りおり、之等の事業を同一場所に於て摂行する事は困難なるのみならず、適当の場所もこれなくにつき、設立者協儀の上、事業の種類により分離し、私儀は母子収容・托児・授産・職業相談を担任する事に決定いたし、現存残財産を左記の通りに二等分し、府下滝野川町字西ケ原五百拾八番地に於て家屋を建築し事業を開始する事にいたし候
      記
  収入
一金、参阡円          内務省補助金
一金、壱万円          大震災善後会補助金
一金、壱千壱百拾六円九拾八銭  特志家数名寄附
 合計 壱万四千壱百拾六円九拾八銭
  支出
一金、五千八百参拾七円七拾六銭
    大正十二年十一月二十三日より大正十三年十二月十九日までの設備経営維持費一切
  差引残高
一金 八千弐百七拾九円弐拾弐銭
    此二分の一を分配せらる、即ち左の如し
  現金
一金、四千壱百参拾九円六拾壱銭
  外に
  木材        六十坪分
  支那木綿      参百枚      概算
  木炭        参拾俵分     概算
  備品及家具類数種
右御報告仕り候也
      以上
  大正十四年      東京府下滝野川町字西ケ原五一八
                愛の家 代表者幹事
                      煙山八重子
   ○愛の家会計報告(大正十三年十二月―大正十四年三月)・同(大正十四年四月―大正十四年八月末)ヲ略ス。
   ○右ハ渋沢子爵家所蔵書類「諸会報告書(二)」ノ中ニ綴込マレタル毛筆ノ文書ナリ。



〔参考〕(煙山八重子) 書翰 渋沢栄一宛 (大正未詳年)八月五日(DK300039k-0005)
第30巻 p.396-397 ページ画像

(煙山八重子) 書翰  渋沢栄一宛 (大正未詳年)八月五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
御暑さの折柄御障りも有らせられずおはしまし候よし承り大賀の至に存じ上候 扠て創立の当初より現在にいたるまで一方ならぬ御配慮にあつかり候愛の家も、おかけ様にて唯今ハ庇護者を失へる母子十八名
 - 第30巻 p.397 -ページ画像 
及び生活苦に直面して奮闘しつゝある母親達よりの托児三十名孤児数名を収容して、何等支障なく維持いたし参り候事、偏に御厚志の賜と深く深く感銘幾重にも御礼申上候、然るに現在の処ハ土地建物共ニ狭き為め現在既に満員の有様ニ有之、猶幾多の収容保護の懇願者有之候ても容るゝの余地なく、残念ながら止むを得ず断り居る有様に御座候内務省社会局よりも、再三何とか他に土地をさがし新築の方法を講じ候様促され居り候へ共、何分とも其の費用無き為め、徒に苦慮するのみに御座候処、此の度恩賜財団慶福会より東京府を経て、事業拡張いたし度き為め、新築又は増築希望あらば今八月末迄に申請書差出す様さらば審議調査の上補助いたすべき旨お達し有之候につき、誠に好期難有き事に存じ候
早速新築費補助の申請申出で度き所存ニ御座候処、新築に際し最も困難なるは、土地を得る事に有之候ハ現在の建物の時に既に経験いたせし事ニ候、承り候へば当滝野川には未だこの種の托児所なきよし、何とか滝野川町の土地にても御貸与願はれ候はゞ、誠に幸甚と存じ候につき、此の際滝の川町長殿にも御目にかゝり万御相談いたし度存し候間、毎度御迷惑ながらその方に御紹介の儀願ひ上度、甚だ恐入り候へ共、御紹介の御書、手前まで御郵送願ひ上候、今月末申請前に御はこび願上げ度きため、御避暑中をもかへり見ず、とり急き御わづらひ相かけ候事悪しからず御ゆるし願上候
時節柄只管御自愛専一にあそばし候やういのり上げ候 早々
  八月五日                煙山八重
    渋沢栄一様
  尚昨年末差上け置き候次の決算報告書 ○欠ク封入いたし候間、御一覧願上候



〔参考〕全国社会事業名鑑 昭和二年版 中央社会事業協会編 第一九頁 昭和二年一〇月刊(DK300039k-0006)
第30巻 p.397 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。