デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
1款 中央慈善協会
■綱文

第30巻 p.476-479(DK300051k) ページ画像

大正2年6月23日(1913年)

是日、大手町大日本私立衛生会ニ於テ当協会幹事会開カレ、住宅問題ヲ討議ス。栄一之ニ出席シ一場ノ挨拶ヲナス。次イデ二十九日、当協会役員等ト共ニ本所横川町・大平町ノ細民住宅、及ビ浅草ノ共同長屋ヲ視察ス。


■資料

竜門雑誌 第三〇五号・第五七―五八頁 大正二年一〇月 ○中央慈善協会と住宅問題(DK300051k-0001)
第30巻 p.476-477 ページ画像

竜門雑誌  第三〇五号・第五七―五八頁 大正二年一〇月
○中央慈善協会と住宅問題 中央慈善協会は去る六月五日大塚東京市養育院内に於て住宅問題に関する研究会を開きたり。会長青淵先生以下幹事・評議員其他会員等四十名出席、同問題に就き研究討議せるも未だ議了するに至らず、六月二十三日再び私立衛生会に於て幹事会を開きたり。出席者青淵先生、幹事長外十五名、住宅問題につき興味ある討議を為したるが、其際青淵先生の述べられたる概要は左の如し
 中央慈善協会に於ては単に貧民を救助するにとゞまらず、之を事前に防ぐといふ方針を以て段々経営して参りました。単に今夕の家屋問題のみならず、托児事業・労働の紹介等に就ても、充分攻究したいと存じて居ります。貧民救助と是等の問題とを対照して見ますと恰も衛生と医療との関係に髣髴としてゐます。病者あつて医療の必要を認むるも、病気を未然に防ぐといふには衛生の力を借らねばならぬ。要は両々相俟つて社会の健全なる発達を期するにあるのであります。医療にばかり力を注ぎましても、予防策に於て悖る所がありましたならば、未だ完全の救済策とは申されませぬ。殊に生活と最も関係ある住宅問題の研究は重要な事柄でありまして、先づ細民の生活にして向上致しませんでしたならば、いかに他に全精力を傾注致しましても得る所が尠いのであります。故を以て今夕此問題に就いて諸氏の御高見を願ふた次第であります。向後更に慎重な調査を致し、着々救済法改善策を実現したいといふ希望であります。先刻の御話に拠りますと、大分困窮してゐる貧民もあるやうに伺ひました。何とか適切な方法を講じて、早く此等の弊を除きたいと思ひます。尚細民の金融問題も忽緒に附すべからざる事でありまして、
 - 第30巻 p.477 -ページ画像 
この上とも御調査を願ひたく存じます。要するに只今の時代は外部の輪廓丈整ふたのみで、内部の改善施設には尚幾段の努力を致さねばなりませぬ。恰も線路が出来、汽車が通じましても、まだ荷物の出し入れに事を欠いてゐる様な有様であります。細民問題も根本から先づ解決してゆきませぬと、真の目的は達し得られぬことゝ考へます。尚此住宅問題其他につきましては更めて研究の事項を申上げ諸賢の御協議を仰ぎたいと考へます。


慈善 第五編第一号・第七三―七五頁 大正二年七月 住宅を中心とせる興味深き論義(DK300051k-0002)
第30巻 p.477-478 ページ画像

慈善  第五編第一号・第七三―七五頁 大正二年七月
    住宅を中心とせる興味深き論義
 当日の会合は住宅の改良を中心とせること勿論なるも、此以外に聯関する諸問題を索来し、結論を得ざるに、又も問題は問題を生み、時に甲論乙駁、議論の沸騰とも云ふべきことすらあり。寔に近来稀に見る興味深き会合なりき。今此席上に於ける各氏の所論を一々詳記するは事情の許さゞるものあるを以て、今は只其一班を紹介し、以て興味深き当日の盛会を聊か髪髴たらしめんとす。
 窪田評議員は『長屋の改良はもとぺストの襲来より猝かに世に叫ばるゝに至りし問題なり。根本は衛生より出づ。社会改良の先駆として住宅の改良は当然なり。既に住宅改良せらるるに至らば、家賃の昂騰当然なり。否寧ろ家賃は諸物価に対比して昂騰の度少なる方なり。労働者が家屋に対して支払ふ金額は成程収入に比して多からんも之を欧米に比すれば未だ少率なりと為ざるべからず。我は寧ろ中産程度に於て困窮せる生活を営む者に対して適当なる救済策を施されんことを熱望す。蓋し中産者の窮乏は却つて細民以上なるものあり。されば是等に向つて適当の施設を講ずる事が肝要なり。尚家賃も一日七銭で家主が引合はぬとならば、十銭でも又それ以上でも徴収するがよきなり。最低階級の細民のみ標準として、住宅の改良をのみ図るは取らず、市中にもかゝる中産者以下にして、細民の範囲に入らざる困窮者あらん而して家屋問題について困難しつゝあるものあらん』と語られたり、斯の如くにして問題に華咲く裡、又もや協議は他に転じ、警視庁令さへ牽来し来り、道路・溝渠の制限に就いて見解の議論あり、其の他、種々の意見を交換したる後、然らば『果して誰人が、此任に当るべき乎』『篤志家の力を待つ外なし』とする者あり。桑田評議員は、『低利資金を借入る事を得るや』と問ふ所ありしに、井上評議員之に答へて曰く『当然なり、治水や架橋や、かゝる額にのみ特別の便宜を図り、更に社会上有益なる此種事業に対して同様の便宜を与へざるの方なかるべし』と答へられたり。『陸軍省の閑地の下附を乞はんは如何に』といふ者あり、之を市が借りたらば更に好都合なりと相応ずるもあり。
 安達幹事は、謹厳なる態度を以て『予は家屋問題より先づ其処に住む人間の改良を図るが先決の問題なり。根本は経済に非ずして寧ろ道徳にあり。細民の品性往々にして卑賤に、風俗を紊すもの頻々、礼譲の徳なく、公徳の道を解せず、借家の塀をすら割いて之を薪に為すさへあり、須らく、教育家・宗教家の努力を待たざるべからず。殊に宗教家の献身的努力を俟たんとす。長屋を建て宗教家の監督を請ひ得ら
 - 第30巻 p.478 -ページ画像 
るれば、真に理想的なり、今の有様にては到底根本的風儀習俗の廓清を見ること克はず』といと切に論ぜらる。
 家賃問題となりては『如何にして容易に家賃を徴収し得らるゝや』に就き説議を求めたり『家賃を収めざる者あれば自然家賃の率高くなるなり』との説は因より其所なり。
 井上評議員は『細民の住宅を建設せんならば家屋税は勿論、附加税の免除は当然なるべし』と謂はれたり。『要するに余財ある者が献身的に利害を度外に附して経営するの程度に至らば」と説くは某氏なり。諸論百出容易に解決を見ず、是即ち住宅の改良、貸長屋の建設が至難の事業たるの証拠なり。次で傭者・被傭者間に於ける住宅建設問題が漸く盛んに論議せられ、是れ軈て当日の最要問題たるかの観を呈するに至れり。這は企業者が従業者に対し住宅を建設せんとするにあり、市庁・砲兵工廠・鉄道院・煙草専売所等の職工労働者に対して、主管庁・企業者が住宅を建設するに至らば、単に従事者の幸福なるのみならず、是れ頓て企業者・使用人の幸福となること必せり。一種の防衛事業に外ならず、鐘ケ淵紡績会社の実例を挙げて効果を説く者あり。
 『我慈善協会は、此等に就いて適切なりと思はるゝ施設の大要を起草し世に公にして、企業者の一指針たらんことを期せざるべからず。是等の事業にして成績を挙ぐるに至らんか、次第に一般下層者に対する住宅問題の解決も比較的容易となるに至るべし。要は輿論の喚起にあり』と諸評議員の説漸く一致したり。尚次の日曜日を期し、一同本所区内の細民窟の実状を調査すべしと約し、解散せしは十時過ぎなりき。


慈善 第五編第一号・第一〇三頁 大正二年七月 細民窟の踏査(DK300051k-0003)
第30巻 p.478 ページ画像

慈善  第五編第一号・第一〇三頁 大正二年七月
○細民窟の踏査 前掲幹事会の結果、本会役員は市内細民窟なる本所横川町及び浅草玉姫町の通称公設長屋を踏査する事となし、去る六月廿九日午前八時半までに太平町警察署に集会し、同署長の案内にて新しく同町細民住宅の実相を踏査し、其より浅草玉姫町に至て公設長屋を視察せり、当日の来会者左の如し
 男爵渋沢会長・久米幹事長、井上・窪田・桑田・原・留岡・安達・生江の各幹事、男爵阪谷市長・小橋内務省地方局長・赤池府県課長長谷川警視庁保安部長・丸山警視・船橋東京府理事官・原田市助役山中隣之助等の諸氏なりき


中外商業新報 第九七六二号 大正二年六月三〇日 ○慈善協会の視察(DK300051k-0004)
第30巻 p.478-479 ページ画像

中外商業新報  第九七六二号 大正二年六月三〇日
○慈善協会の視察 中央慈善協会は頃日細民住宅問題につき討究する処ありて、左記の人々廿九日午前八時三十分太平町警察署に集合し、横川町・太平町の細民住宅及共同長屋等を踏査視察し、夫れより浅草玉姫町市営職業紹会所に臨み、同所貸長屋の内容、玉姫小学校長屋等を視察したり
 △会長渋沢男爵△幹事井上友一(内務神社局長)△窪田静太郎(行政裁判所評定官)△桑田熊蔵(貴族院議員外幹事四名)△評議員阪谷男爵(市長)△小橋一太(内務地方局長)△山中隣之助(浪速銀
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行頭取)△会員長谷川久一(警視保安課長)△船橋雅一(東京府理事官)△原田十衛(東京市助役)△丸山鶴吉(方面監察)赤池濃(内務府県課長)
   ○右ト同様ノ記事ヲ「竜門雑誌」第三〇二号ニ掲載ス。