デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
2節 中央社会事業協会其他
2款 社会事業協会 = 財団法人中央社会事業協会
■綱文

第30巻 p.567-576(DK300073k) ページ画像

大正15年12月2日(1926年)

是日ヨリ四日迄、明治神宮外苑日本青年館ニ於テ当協会主催第一回全国児童保護事業会議開催セラル。栄一当協会会長トシテ之ニ与ル。


■資料

財団法人中央社会事業協会書類(三) 【拝啓《(葉書印刷)》、益々御清栄奉慶賀候、…】(DK300073k-0001)
第30巻 p.567 ページ画像

財団法人中央社会事業協会書類(三)      (渋沢子爵家所蔵)
拝啓《(葉書印刷)》、益々御清栄奉慶賀候、陳者当協会に於ては第七回全国社会事業大会の要望により今年度に於て第一回全国児童保護事業会議を開催することと致し、先般来関係諸官庁その他より準備委員諸氏の御参集を仰ぎ協議の結果、愈々来る十二月二日より同四日まで三日間に亘り、東京市明治神宮外苑日本青年館に於て開催のことと決定仕候間、万障御差繰り御出席被成下度、此段別紙会議要項及申込書相添へ御案内申上候 敬具
  大正十五年十一月二日
             財団法人中央社会事業協会
                 会長 子爵 渋沢栄一
        殿
   ○別紙会議要項及ビ申込書等略ス。


社会事業 第一〇巻第九号・第八一―八八頁 大正一五年一二月 第一回全国児童保護事業会議概況(DK300073k-0002)
第30巻 p.567-574 ページ画像

社会事業  第一〇巻第九号・第八一―八八頁 大正一五年一二月
    第一回全国児童保護事業会議概況
 当協会主催第一回全国児童保護事業会議は、内務省社会局・衛生局文部省普通学務局・司法省保護課等の援助の下に、去る十二月二・三四日の三日間、東京市四谷区霞ケ丘町日本青年会館に於て開催せられた。全国より参集せし協議員並に参加員その他三百六十余名に達し、三日間に亘る総会・部会及び委員会は、何れも熱誠なる討議を以て終始し、頗る盛会を極めた。
      一 趣意
 現今児童保護事業が総ての社会事業中に於て最も重要視されつゝあることは、斯業が社会改善の上に最も重大なる使命を持つが故であつて、本事業の興廃如何は亦以て国家百年の運命を卜するに足ると云ふも過言ではない。然るに拘らず、現在の児童保護事業の実状は之を法制上より見るも、将又施設の上より見るも、その新設を要し或は更改を必要とするもの多々あるを見る。
 - 第30巻 p.568 -ページ画像 
 乃ち昨年当協会が主催せし第七回全国社会事業大会に於て、満場一致社会事業各分科の全国的大会を開催すべきを嘱せられた当協会が、その第一のものとして先づ児童保護事業会議を撰んだ所以は此処にある。従つて此会議が従来の大会の型を脱して、宣伝・懇親よりも、研究に重きを置き、主として実質的効果を収める計画を以て準備せられ且つ進行せられたのは勿論である。
 特に内務省社会局・衛生局・文部省普通学務局・司法省保護課、並に各地方庁に於ても亦この挙に賛意を寄せ、多大の援助を与へられ、以て本会議の進行の円滑を計り、其の効果を収むるに貢献せられたことは、誠に感激に堪へないものがあつた。玆に謹んで満腔の謝意を表する。
      二 出席者
 出席者を分ちて協議員及び参加員の二種とした。協議員は
 イ、児童保護施設に於ける役員及職員
 ロ、各道府県社会事業協会役員及職員
 ハ、関係官庁及公共団体職員
 ニ、其の他特に必要ありと認むる者
にして、当該地方庁から推薦せられたものを以て之に充て、参加員は右協議員の資格者以外にて地方庁からの推薦を受けたものとした。
      三 協議事項
 協議事項に就ては、予め内務省・文部省・司法省・東京府・東京市及び民間に於て児童保護事業に関係を有する二十三氏と、当協会理事及び総務部長を加へたる準備委員会に於て、現下最も緊急を要するものと認めたる左の八問題を選定した。
 △児童扶助法制定に関する件
 △乳児保護に関する件
 △幼児保護に関する件
 △学齢児童就学保護の徹底に関する件
 △精神薄弱児童保護教養に関する件
 △不良児童保護の普及徹底に関する件
 △育児事業に関する件
 △児童保護事業の整斉に関する件
 而も右各問題に就ては、夫々焦点を定めて簡単に之が説明を加へ、各地方庁及び児童保護団体に送致し、会議前に各地方庁に於てその管轄下に於ける関係者の集会を催し意見の交換を重ね、その成案と参考資料とを取纏めて会議に望まれ度き旨の希望を添附した。幸に多くの府県に於ては数次之がために会同を重ね、慎重なる審議を尽し、その結果を齎らせられたことは、本会議を進行せしめる上に至大の便宜を与へたのであつた。
      四 会議の進行
 十二月二日、前夜の大雨も跡なく絶好の小春日和となり、午前七時頃早くも各地方からの参会者を見受け、同八時には受付を開始した。
 開会式は予定の如く午前十時、原総務部長司会の下に開かれ、先づ窪田副会長の開会の辞あり、次で長岡社会局長官の挨拶、守屋社会局
 - 第30巻 p.569 -ページ画像 
社会部長の会議に対する希望演説、松井理事の当協会に関する報告、原部長の会議に関する報告等があり、最後に渋沢会長老躯を壇上に運ばれ、来会者に久濶を叙し、平素の努力を謝し、本会議の実効を収められんことを希望して閉会の辞とせられ、玆に式を閉ぢ、直ちに総会に移つた。
 満場の拍手に迎へられて窪田副会長座長席に即かれ、先づ総会役員は左の通りに組織せられた。
  議長   窪田静太郎氏
  副議長  松井茂氏
  同    守屋栄夫氏
  幹事   岡弘毅氏
  同    川上貫一氏
  同    原泰一氏
 次で会議を左の三部会に分つことゝし、部長その他は満場の同意を得て、議長指名の下に左の如く決した。
 第一部
△乳児保護に関する件
△育児事業に関する件
  部長   桑田熊蔵氏
  副部長  小橋実之助氏
  幹事   相田良雄氏
  同    南崎雄七氏
 第二部
△精神薄弱児童保護教養に関する件
△不良児童保護の普及徹底に関する件
  部長   留岡幸助氏
  副部長  菊地俊諦氏
  幹事   小沢一氏
  同    青木誠四郎氏
 第三部
△幼児保護に関する件
△学齢児童就学保護の徹底に関する件
  部長   添田敬一郎氏
  副部長  生江孝之氏
  幹事   岡弘毅氏
  同    椎名竜徳氏
 更に児童扶助法制定に関する件、及び児童保護事業の整斉に関する件の二協議案に就ては、特に重要なる問題なるを以て、特別委員会を設くることゝし、議長満場の同意を得て左の諸氏を委員に選定した。
 特別委員会
  委員長   大久保利武氏
  副委員長  牧野虎次氏
  幹事    山崎巌氏
  同     長谷川良信氏(この他委員十一名)
 - 第30巻 p.570 -ページ画像 
 斯くて第一次総会を終り出席者は夫々各希望の部会に所属して協議案の討議を尽し、特別委員はその第一集会を開ひて審議に入り、午後五時、第一日の日程は終了した。
 第二日は午前九時より前日に打続き、各部会は議案に就いて盛んに討論審議を重ね、更に小委員会を組織して各案に関する意見を纏め、やがて之が成案を得て部会に報告する等、実に活気旺溢の有様で夕方迄継続された。
 第三日は午前中更に部会及委員会が継続せられ、会議は第二日に増して一層の熱を加へて緊張したが、正午には兎も角も各部会共に予定の日程を議了して、渋沢会長招待の午餐会に参列した。席上会長の挨拶に次いで小樽育成園長輿水氏の謝辞があり、歓声喃語のうちに宴終り、やがて一同は微風さへない穏かな日の下に積善の余徳を讚へる声を浴びつゝ、館の正面に居並び、渋沢会長を中央に記念の撮影をなし午後より再度の総会に入つた。
 総会は各部会長より夫々報告を受けて総て之を採決し、終つて後、松井副議長より本会議を代表して宮内省に出頭 聖上陛下の御見舞を申し上げた報告があり、窪田議長の発議により、一同起立して暫時御悩御平癒のため黙祷を捧げた。斯くして議事を全く終了したのは午後五時二十分頃であつた。
      五 講演会
 本会議に於て、主催者の最も苦心せるものゝ一つは、講演会であつた。幾度か児童保護に関する講演を耳にせる如き今回の参集者に対しては、其の題目と講師の選択に容易ならざる注意を払つた。而し其の苦心は無駄ではなかつた。第一夜並に第二夜に開催された講演会は実に本会議の呼物となつて、第一夜は約三百名、第二夜は約二百名の熱心なる聴講者があつた。
 演題及び講師は左の通りである。
 第一日
△性病と児童
          日本性病予防協会副会頭 栗本庸勝氏
△性病に関する映画
        説明 日本性病予防協会幹事 北村精一氏
△衣食住より見たる乳幼児の衛生
                 医学博士 竹内薫兵氏
 第二日
△児童の運動に就て
           東京高等師範学校教授 中島海氏
△児童の芸術に就て
         東京女子高等師範学校教授 倉橋惣三氏
△映画
      六 懇談会
 第四日の夜五時より出席者の懇談会を開催した。従来の大会に出席した経験を持つ程のものには、何れも懇談会が楽しい思出として心に残る。そのつきぬ情趣は今回も会議を終へて帰りを急ぐ人々の足を止
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めて、その出席者約百五十名を算へた。食後のテーブル・スピーチは自己の経験談を述ぶるものあり、深遠なる理想を高唱するものあり、時世を慨するものあり、色とり色とりに特別に興の深いものがあつて、老ひも若きも婦人も交り、時の過ぎるを忘れた。
      七 決議の概要
  特別委員会に於けるもの
 △児童扶助法に関する件
 世運の推移に伴ひ、貧困児童の保護は一日も緩ふすべからざる緊要事なり。此の時に際し本法の実施を期するは機宜に適したるものなるを信じ、当局の努力を感謝すると共に、本法が其標榜せる国家的見地に依る児童扶助の趣旨に基き、更に其の範囲を拡張する必要を認めたる諸点に就き考慮せられんことを当局に建議す。
 一、病弱・精神薄弱・不具児に対しては、扶助の年齢を相当延長し得ること
 一、扶助の範囲を妊婦に及ぼすこと
 一、私生子の母を扶助すること
 一、夫に三ケ月以上遺棄せられたる母及子を扶助すること
 一、本法の制定に伴ひ親権が適当に行使せられざる場合、又は虐待遺棄せられたる児童に対し、保護の法規を設定せられ度こと
 △児童保護事業の整斉に関する件
 刻下の急務なる児童保護事業の整斉を完ふする為、中央社会事業協会に於て特に委員を設け調査を遂ぐると共に、之に伴ふ適当なる処置を執らしむること
 右決議す。
  第一部会に於けるもの
 △乳児保護に関する件
一、小児保健所を全国に設立することを内務大臣に建議すること
二、全国府県当局並に社会事業団体に対して乳児保護事業の促進を計るやう依頼すること
 (イ) 乳児保護施設として左記を設くること
  (a) 公設産婆を置くこと
  (b) 産婆の教育改善を計ること
  (c) 乳児院を設置すること
  (d) 小児保健所を設置すること
  (e) 乳児保護婦養成機関を設くること
  (f) 乳児保護区を設け、特志婦人を以て委員を組織し、保護を要する乳児を発見して速 に其保護方法を講ずること
 (ロ) 育児思想の改善普及を計ること
  (a) 小学校の教科書に育児に関する事項を入るゝこと
  (b) 女子青年団・婦人団・母の会等を通じて、育児思想を徹底せしむること
  (c) 乳幼児愛護デーを全国に行ふこと
     期日 毎年五月五日
     方法 中央社会事業協会に於て研究し、雑誌「社会事業」三
 - 第30巻 p.572 -ページ画像 
月号に発表を乞ひ、之に従つて全国一勢に施行すること
 △育児事業に関する件
一、育児事業に関する法規並に里子取扱ひ法規制定を、内務大臣に建議すること
二、孤児院・育児院等に類する厭ふべき名称を改めて、適当の名称を附すること
三、育児方法の改正
 (イ) 成る可く家庭委託制度を採用し、不可能の時は院内収容をなすこと
 (ロ) 院内には成る可く乳児保育の設備をなすこと
 (ハ) 異常児ありたる時は専門の施設に委託収容すること
四、教育方法の改正
 (イ) 義務教育は公立学校に通学するを原則とす
 (ロ) 義務教育を卒へたる者には、個性を尊重し適当なる職業教育を施すこと
 (ハ) 優秀児に対しては中等以上の教育を授くること
五、経営方法の改正
 (イ) 従業者は常に人格向上に努むること
 (ロ) 収容児童の扶養義務者を原則として市町村とす
 (ハ) 経費は国庫及び道府県より補助を受くること
  第二部会に於けるもの
 △不良児童保護の普及徹底に関する件
一、速に少年審判所及矯正院を全国に設置せられんことを当局に建議すること
二、感化教育上道府県毎に相当の鑑別機関を設け、之に依り
 (イ) 保護方法を一層改善すること
 (ロ) 保護委員を設くること
 (ハ) 感化院を多数設置すること
 (ニ) 退院後の保護機関を設置すること
 (ホ) 入院手続を簡単にすること
 (ヘ) 感化教育に関する監察官制度を設くること
 (ト) 私立の感化院に対し公費を以て補助すること
 以上の趣旨をその筋に建議すること
 △精神薄弱児童保護教養に関する件
三、精神薄弱児童に対して、特殊教育令を制定せられたきこと
  特殊教育に関する講習会を開催せられたきこと
  尚ほ劣等児・低能児等の分類・名称を明かにし置きたきこと
 以上三項を単に建議するに止まらず、趣旨を一般に普及し輿論を喚起すること
      附記
 各府県に訓務員制を設くるの機運を作りたきことの希望を発表すること
  第三部会に於けるもの
 △学齢児童就学保護の徹底に関する件
 - 第30巻 p.573 -ページ画像 
   建議案
一、小学校令中、左の条項を速に改正せられん事を、其筋に建議すること
 (イ) 第三十三条第一項中「不具」の下に(盲及聾唖を除く)と加ふ(改正)
 (ロ) 第三十三条第三項削除
 (ハ) 第三十五条を左の如く改む
    尋常小学校の教科を修了せざる学齢児童を雇傭し、又は徒弟となす者は其雇傭又は徒弟とすることによりて云々(改正)
 (ニ) 第三十六条「児童を市町村立尋常小学校に入学せしむべし」の下に「就学せしむべき盲又は聾唖の学齢児童を有する保護者は、盲又は聾唖学校の初等科に入学せしむべし」を加ふ
二、就学奨励法を速に制定せられん事を其筋に建議すること
 就学奨励法制定の場合には、左の諸項に対し特別に考慮せられたきこと
 (イ) 盲及聾唖学校令第二条を左の如く修正すること
    『北海道及府県に於て、其管轄内に居住する盲及聾唖の学齢児童を収容するに足る盲学校及聾唖学校を設置すべし』
 (ロ) 未寄留又は無籍の児童に対して仮就学の制度を設くること
 (ハ) 貧困児童に対しては、其の程度に応じ就学に必要なる補助金を給与すること
 (ニ) 就学督励員及保護委員を置き、就学奨励法を講ずること
 (ホ) 就学児童を保護すべき機関を設置すること
 (ヘ) 心身欠陥の診査所を設立すること
 (ト) 心身欠陥児中教育可能の者に対しては、特別教育を設置すること
 (チ) 貧困児童就学保護に関する費用は全部国庫負担とすること
 △幼児保護に関する件
 左記事項を夫々其筋に建議し、且つ其の実行を期すること
一、幼稚園令中左の通り改正せられんことを望む
 (イ) 第七条、幼稚園には園長及相当数の保姆を置くべしとある保姆の下に「並園医」の三字を加ふ
二、幼稚園令施行規則中左の通り改正せられんことを望む
 (イ) 第四条、保姆一人の保育する幼児数は約四十人以下とあるを「約三十人以下とす」に改む
 (ロ) 第十条第一項第一号、小学校の本科正教員の免許状を有する者の下に「にして一年以上幼稚園に於て幼児の保育に従事したる者」の文字を加ふ
 (ハ) 第十条第一項第四号、従前の規定に依り保姆免許状を取得したる者にして三年以上幼児の保育に従事したるものとある「にして三年以上云々以下」の文字を削る
 (ニ) 第十六条前二条の場合に於て、園長は学校長に、保姆は正教員に、代用保姆は代用教員に準ず、但し月俸額に付ては園長は本科正教員に、保姆は専科正教員に準ずることゝある但書を削
 - 第30巻 p.574 -ページ画像 
除す
三、幼稚園令施行規則第十条、保姆の無試験検定を受くることを得る者の中第五号「其の他地方長官に於て特に適当と認めたる者」なる条項の運用に関しては、従来託児所又は保育園と称し、幼児保育を目的とする社会施設に従事したる者を包含せしむること
四、同一地区に類似の内容を有する幼稚園と託児所又は保育園を対立せしめざること
五、主として三歳以下の乳幼児を収容保育する施設に対しては、保健衛生上並に社会事業の見地に立脚して、別に適当なる法令の制定せられんことを望む
   その他
 尚この他緊急動議として左の如きものがあつたが、何づれも万場一致を以て裁決された。
 △動議(第一部提出)
 社会問題益々勃興せんとする今日、其の対策のために社会省の必要なることを痛切に思はしめますが故に、第一部は社会省の設置せられんことを望みます
 右建議いたします
 △動議(大阪府富田象吉氏提出)
 今回の会議来会者一同として、主催者中央社会事業協会、及び之を援助せられたる内務省・司法省・文部省・東京府を始め、各府県庁・東京市・日本青年館、その他に対し、感謝の意を表すること
 △動議(愛知県伊東恩恭氏提出)
 中央社会事業協会に於て第二回全国児童保護事業会議を適当なる時機に於て成可く早く開かるゝやう尽力されたし、尚講習会開催に就ても考慮ありたし


第一回全国児童保護事業会議報告書 中央社会事業協会編 第四頁 大正一五年一二月刊 【閉会の辞】(DK300073k-0003)
第30巻 p.574-575 ページ画像

第一回全国児童保護事業会議報告書 中央社会事業協会編
                      第四頁 大正一五年一二月刊
    閉会の辞
 老体で時間に遅れたことを許して頂き度い。私は財団法人中央社会事業協会々長と云ふ席を汚して居ります関係をもちまして、皆様に本日お目にかゝることを誠に嬉しく存じます。
 文明と社会事業は両々相俟つて進んで行くべきものであります。社会事業は社会の進歩と共に発展すべきもので、かういふ会議が開かれることは、老体で先きは短い丈けに、非常に嬉しく思ひます。私自身としましては、従来関係して居ります東京市養育院によつて、僅かに広汎なる児童保護の一部分を見る丈けでありますが、児童の保護に就てはその重大なることを痛感致して居りますので、諸君と共に其の必要を力説し其の発達を計り度いと思ひます。
 どうか此会議に於て充分御審議御研究下さいまして、所期の目的を達せられんことを希ひます。尚此機会に於て平素諸君の御努力に対し厚く御礼を申上げると共に、今後一層の御奮励を希望致します。
                           (完)
 - 第30巻 p.575 -ページ画像 
   ○右ハ栄一ノ同会議開会式ニ於ケル閉会ノ辞ナリ。


財団法人中央社会事業協会三十年史 同協会編 第二九八―三〇〇頁 昭和一〇年一〇月刊(DK300073k-0004)
第30巻 p.575-576 ページ画像

財団法人中央社会事業協会三十年史 同協会編
                      第二九八―三〇〇頁 昭和一〇年一〇月刊
 ○第一部
    第十七章 乳幼児愛護週間の設定及実施
 大正十五年十二月、財団法人中央社会事業協会は東京に於て、第一回全国児童保護事業会議を開催した。この会議は我国に於ける最初の児童保護事業に関する会議で、各府県は勿論、遠く朝鮮台湾より多数の児童保護従事者及び関係者が参集し、従来重要視されて居つた児童関係の各種の問題について、熱心討議攻究した結果、貴重なる収穫を得て、我国児童保護事業の発達上多大の貢献を齎らしたことはいふ迄もないが、その席上最も重要にして且根本的な事項として、当日論議の中心となつたのは我国に於ける乳幼児死亡率の問題であつた。
 諸外国に比べると万事に著しく家庭的なと云ふ特徴を持つ我が国の母親たちは、西洋の婦人が多くその子女の養育を保姆・家庭教師といつたようなものゝ手に委ねてゐるに反して、母親自らが手懸けて労を厭はないと云ふ良習慣が古くより広く行き亘つてゐるので、かゝる実情を目撃する外国人は、「日本は子供の楽園である。」とさへ賞讚するのであるが、この楽園日本において、矛盾とも皮肉とも思はれるのは我国に於ける乳児死亡率が、欧米各国のそれに比較して、はるかに高率を示してゐることで実に不可思議の現象といはなければならない。我国に於ては五歳未満の幼児が約五十万人死亡するのであるが就中、その最も多いのは一歳未満の乳児で、その数は約三十万に達するといふ洵に悲しむべき実状にある。今これを諸列強の状況に比較して見るならば、乍残念次の表に示す如く一目して我が国は甚だ劣等の位地にあることが知られるのである。
      各国乳幼児死亡率(生産百に付一歳未満の死亡)

図表を画像で表示各国乳幼児死亡率(生産百に付一歳未満の死亡)

              日本    イングランド及ウエールス  仏蘭西  伊太利   独逸    墺地利   白耳義   和蘭   諾威 大正十五年(一九二六年) 一三・七  七・〇           九・七  一二・七  一〇・二  一二・三   九・七  六・一  四・八 昭和元年 昭和二年(一九二七年)  一四・二  七・〇           八・三  一二・〇   九・七  一二・五   九・二  五・九  五・一 同 三年(一九二八年)  一三・八  六・五           九・二  一二・〇   八・九  一二・〇   八・七  五・二  四・九 同 四年(一九二九年)  一四・二  七・四           九・五  一二・五   九・六  一一・二  一〇・四  五・九  五・四 同 五年(一九三〇年)  一二・四  六・〇           七・八  一〇・六   八・四  一〇・四   九・三  五・一  四・六 同 六年(一九三一年)  一三・二  六・六           七・六  一一・三   八・三  一〇・三   八・三  五・〇  四・六 同 七年(一九三二年)  一一・八  六・五           七・六    ――   七・九  一〇・六    ――  四・六   ―― 同 八年(一九三三年)  一二・一  六・四           七・五    ――   七・六    ――    ――  四・四   ―― 



子供を愛護する精神に於いて、伝統的に列国に群を抜く我国、子供の楽園と羨望さるゝ我国に於いて、斯くも多くの愛児を失つてゐる理由は、そも何れに在るのであらうか。これが原因を探究し、その防止について万全を期することが、同会議の一大責務として考へられたのである。
 斯くて、会議出席者の熱心なる検討の結果、その主因は要するに、
 一、妊産婦衛生の不完全なること
 - 第30巻 p.576 -ページ画像 
 二、母親の体質の虚弱なること
 三、育児智識の不充分なること
 更にその第四として、貧困なるが故に子供に対して充分養育の手を尽すことの出来ないものが多いといふことが挙げられた。
 更に死亡児童の実際を調査して、出生後五日以内に死亡するものが死亡乳児総数の約二割、一ケ月以内に死亡するものが約五割に相当するといふ事実は、何よりもよく妊産婦衛生の不完全なることを裏書するものであり、又左表 ○略ス の乳児死亡原因中に於て、畸形児及び先天性弱質がその最高位を占めてゐるのは、取りも直さず、母親の体質の虚弱なことの明かな証拠で、尚同表に示される死因が、下痢及び腸炎肺炎・気管支炎の順序になつてゐるのは、育児智識の不充分なることを物語る何よりの事実であると同時に、貧困乳幼児の養育上に及ぼす影響の大きいことを実証するものである。
○下略