デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
3節 感化事業
3款 東京市養育院感化部井之頭学校
■綱文

第30巻 p.819-829(DK300102k) ページ画像

明治44年10月29日(1911年)

是日栄一、当校開校七周年記念式ニ臨ミ、一場ノ訓示演説ヲナス。爾後大正六年・同十五年・昭和二年・同五年ノ当校式典或ハ記念運動会ニ出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK300102k-0001)
第30巻 p.819 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四四年     (渋沢子爵家所蔵)
十月二十九日 晴 寒
午前七時起床、入浴シテ朝飧ヲ食シ後二・三ノ来客ニ接シ、畢テ自働車ニテ井ノ頭学校ニ抵ル、安達憲忠氏及府市吏員数名来会ス、桜井副幹事ノ案内ニテ校内ヲ一覧シ、後会堂ニ於テ学生ニ一場ノ訓示ヲ為シ後午飧ヲ食ス、食後学生等ノ狂言ヲ一覧ス ○下略


東京市養育院月報 第一一九号・第一四頁 明治四四年一一月 ○井の頭学校の紀念式(DK300102k-0002)
第30巻 p.819-820 ページ画像

東京市養育院月報  第一一九号・第一四頁 明治四四年一一月
○井の頭学校の紀念式 十月二十九日本院感化部が分離して現時の武蔵野村へ移転せしより満七ケ年に相当するを以て、井の頭学校に於ては盛大なる紀念式を執行せられたり、当日来賓の重なるものは東京府知事代理依田事務官・同府高橋庶務課長・東京市古橋庶務係長、並に渋沢本院長・安達幹事等の諸氏にして、被委託者十七名・委託生二十八名これに参列せり、式は午前十時三十分に開かれ、桜井副幹事の感化成績の報告に次で、渋沢院長は生徒一同に対して『読書は心に記するにあり』といへる演題にて諄々と説く所あり、十二時閉会、午後一時より余興として生徒の能狂言あり、番組は下記の如くにして『舟ふな』は江成竹吉・鷲見熊次の両生徒これを演じ、『口真似』は山口国次松前正次郎・小林清太郎の三生徒これを演じ、『瘤』は木村嘉一・遠田茂一郎の両生徒これを演ぜり、又た小舞番組は『よしの葉』は遠田茂一郎・金井清七の両生徒、『宇治のさらし』は遠田薫・松前正次郎の両生徒、『柳の下』は小林清太郎・山口国次の両生徒、『北嵯峨』は木村嘉一・江成竹吉の両生徒これを演じ、満場の喝采湧くが如く、教師野村万造氏は終始この間に斡旋し、教授の甲斐ありと頗る満足に見受けられたり、来賓一同も殊に野村氏が熱心教授の効果の著しきと、生徒が技術の円熟せるとに感服し、殊に渋沢院長は其感化上に於ける効果の尠なからざるを称へ、退出せらるゝに際し、金五十円と、蒸菓子若干とを寄附せられたり、翌三十日は被委託者小島兼吉・前田与三郎・野村久米吉・鈴木清五郎・渡辺丑五郎諸氏の寄附にかゝる、落語・曲芸・茶番等の余興と、共に同校授業員笠倉文一氏の寄附にかゝる宮本ぎん子の常盤津、並に同篠田保姆の寄附にかゝる若松若太夫氏説教節等あり、生徒は孰れも喜色満面この芽出度紀念日二ケ日間を歓びの中に送りぬ。
 因に能狂言師野村万造氏が生徒教授に於ける熱心なることは、今更喋々しく述ぶるまでもなく、本年二月より一日たりとも約を違へず
 - 第30巻 p.820 -ページ画像 
時としては一家打揃ふて来校し、終日教授せらるゝことあり、浮浪少年が従来の野性を脱して漸次高尚優美の風に傾きつゝあるは、殊に氏の力に俟つ所多しといはざるべからず、特筆して其厚情を感謝す。
   ○栄一ノ演説筆記ヲ欠ク。


九恵 東京市養育院月報第二〇一号・第二八―二九頁 大正六年一一月 井の頭学校の開校記念式(DK300102k-0003)
第30巻 p.820-821 ページ画像

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九恵 東京市養育院月報第二〇一号・第一―三頁 大正六年一一月 井之頭学校生徒に望む(養育院長男爵渋沢栄一)(DK300102k-0004)
第30巻 p.821-822 ページ画像

九恵  東京市養育院月報第二〇一号・第一―三頁 大正六年一一月
    ○井之頭学校生徒に望む (養育院長男爵 渋沢栄一)
 左に掲ぐるは去る十一月二十一日井之頭学校紀念式当日、院長の試みられたる演説の大要を摘録せしものに係れども、未だ院長の校閲を経ず、文責記者にあり
 只今桜井主務から御挨拶がありました通り、今日は我が井之頭学校の開校紀念式を挙行されるとの事によつて参上致しました、近来にない好天気の此の記念日を、皆さんと共々に祝ふのは誠に嬉ばしい事であります。毎年記念式にはこゝに出てお話する事で、殊更に新しい事を云ふのではない、本年も繰り返してお話をする次第でありますが、年一年、人間は智を磨き徳を養ふて向上発展すべきものであります。盛年重ねて来らず一日再晨なり難し云々の訓言、之れは陶淵明といつた千年程昔の支那人の詩でありますが、誠に此の詩の如く歳月は人を待つことなく、世の中は年々に移り変つて行きます、これに心付ず月日を空しく費す人は幾年経つても同じことで、少しも進歩向上がない此事は進歩を望む人々の最も注意を払はねばならぬ点であらうと思ふ人間といふものはとても木の様なわけに行かぬ、木は春がくれば緑の芽をふき、秋は紅葉し、やがてその落葉が自分の肥料となつて十年も立ては大きな木となるといふように、極めて簡単であるが人生はさうは単純に行くものではない、其日其日の勉励によりて追々と発育して行くもので、其日其日を励み勤めることによつて、初めて勝れた人間となることが出来るのである、すべて世に在る人達は苟も月日を空しく過してはならんのである事は云ふを待たない、また時に及んで勉励すべしといふことは、学校の生徒に許り云ふべきことでは無い、八十に近い私でさへ、朝から晩まで勉強を欠かしたことがない、人間は勉強をすれば其結果は何事かに表れて来るものであります。養育院の事業に就いても、多くの職員や私等の熱心努力に依つて、三・四十年前の昔は至つて微々たるもので、教育救護の方法も充分定まらなかつたのが、今日は本院でも巣鴨分院でも板橋分院でも亦安房分院でも非常に設備が整つて来た、之は全く一同の勉励の結果である。井之頭学校に於ても同じ事で、各方面が漸次整備して来た結果、生徒は非常な幸福となつたのであります。幸福となつた皆さんは深くこの事を喜んで将来大いに国家の為めに働く様心懸けねばならぬ、之が為には平生より無駄に時間を費すことなく、日々学業に励み、自己の行ひに注意をせねばならんのであります、これは度々巣鴨分院及本院に於て話したことであります、次ぎに心得べき事は、如何なる人と雖も恩といふものを忘れてはならぬ事であります、昔から恩を知らぬものは禽獣の様であると謂はれて居るが、その禽獣の中にさへ、犬は三日飼へば三年主の恩を忘れずに居るといひ、また烏には反哺の孝あり、鳩には三枝の礼ありと云はれて居る、これ等は皆禽獣の報恩敦きを云ふ譬である鳥や獣でも斯くの如く恩を知つて居る、何うして人たるものが恩を知
 - 第30巻 p.822 -ページ画像 
らずして済まうか。数多き恩の内でも第一に考ふべきは君の御恩である、私共の今日恁うして幸福な日を送つて行けるといふのは、是れ皆有り難き君の御恩であります、之れに序で国家の御恩を思はねばならぬ、私共の国が強大になつて行くといふことは、何れほど幸福な事であるか知れない、若し印度のやうに他の国と一人前の交際が出来ないやうな国であつたならば什麼でありませう。それに附けても世界の変乱を救はんとする処の偉大な国に生れた私共は、其の大きな国恩に対して深く感謝せねばならぬのであります、皆さんは宜しく是等報恩の念を養ひ強めると共に、堅い覚悟を持たねばならんのであります、之が為めには如何なる事でも、これは悪いと思つたならば決してやつてはなりません、その代り善いことは何処までもやり遂げる習慣を日常からつけねばならぬ、皆さんは不幸にして両親に養つて貰ふことが出来ないけれども、自分の覚悟次第で、いくらでも立派になることが出来るのであるから、よろしく堅き決心を以て勉強せねばならない、就いては第一に心を真直にする事に注意し、年上の者は小さい者を導いてよく勉強させねばならぬ。
 今話したことは全部呑み込めぬかも知れぬが、皆さんは日夜相誡めて怠る事なく、以て将来国家有為の国民となり、厚き君の御恩の万一に報じ奉る様力めねばならぬ、終りに一言職員の方々に望む所は、第一に同情の念を以て導き教へ、飽くまで愛せねばならんことである、然し決して盲目的になつてはならぬ、厳格の裏に同情と深切とを包んで教化致されたい、如此くしてこそ万事都合よく運び、皆共々に幸福となり得るのであります、之れは特に職員方に申上げて置きたい、此一言を以て今日の言葉と致します。云々


竜門雑誌 第四五九号・第八七頁 大正一五年一二月 青淵先生動静大要(DK300102k-0005)
第30巻 p.822 ページ画像

竜門雑誌  第四五九号・第八七頁 大正一五年一二月
    青淵先生動静大要
      十一月中
四日 ○中略 井之頭学校開校記念運動会(同校) ○下略


東京市養育院月報 第三〇四号・第一一頁 大正一五年一一月 ○井之頭学校開校第二十一周年記念運動会(DK300102k-0006)
第30巻 p.822-823 ページ画像

東京市養育院月報  第三〇四号・第一一頁 大正一五年一一月
○井之頭学校開校第二十一周年記念運動会 十一月四日井之頭学校開校第二十一周年を記念する為め、渋沢院長の外、本院より田中幹事・小木経理課長・村山監護課長等臨席の上、市及地元の名誉職員並に本院関係の官公吏員を招待し、同校々庭に於て記念運動会を挙行せり、午前十時三十分喇叭の合図によりて職員生徒一同式場に参集し、小長谷同校主務司会の下に、同校『バンド』による『君が代』の合奏あり次で田中幹事開会の挨拶を兼ねて職員生徒に対し一場の訓辞を与へ、終つて直ちに運動会に移りたり、競技は先づ低学年の徒歩競走に始まり、午前午後を通じて二十数番のプログラムを順次に展開す、此の間武蔵野第一小学校生徒の優雅なる表情遊戯、並に当日の呼物なる附近公立小学校選手競走等あり、回を重ぬる毎に競技は益々白熱化し、喝采と応援は号砲の響と相和して恩賜の森に反響し、斯くて大盛況裡に予定のプログラムを終了し、午後三時三十分無事閉会せり、尚当日は
 - 第30巻 p.823 -ページ画像 
校舎楼上に生徒の学科成績品及実科製作品を陳列し、来賓の観覧に供したり
 因に当日出席せられたる主なる来賓の芳名は左の如し
  岩崎要蔵氏    伊藤誠雄氏
  井上鋹三氏    畑耕平氏
  富岡仙太郎氏   河田源吉氏
  春日嘉藤治氏   神崎清氏
  吉村又十郎氏   高橋定五郎氏
  田中鍋治氏    館野欽一郎氏
  滝田竜之助氏   中村義男氏
  長沢鶴次氏    牟田耕夫氏
  松村千代子氏   小美濃久太郎氏
  秋本録之助氏   秋本敏男氏
  蘆川政次郎氏   蘆沢威夫氏
  安藤与平次氏   安藤大助氏
  宮崎勇之助氏   清水弥三氏
  篠崎守造氏    下田仙太郎氏
  関根扶桑氏
 其他同校同窓会員及在校生の父兄、並に隣接公立小学校職員生徒約二千五百名の参列ありて頗る盛況を極めたり


竜門雑誌 第四七一号・第九五頁 昭和二年一二月 青淵先生動静大要(DK300102k-0007)
第30巻 p.823 ページ画像

竜門雑誌  第四七一号・第九五頁 昭和二年一二月
    青淵先生動静大要
      十一月中
六日 井ノ頭学校開設記念運動会(同校)


東京市養育院月報 第三一六号・第一一―一二頁 昭和二年一一月 ○井之頭学校開設第二十二周年記念運動会(DK300102k-0008)
第30巻 p.823-824 ページ画像

東京市養育院月報  第三一六号・第一一―一二頁 昭和二年一一月
○井之頭学校開設第二十二周年記念運動会 予て校舎其他の増改築工事中なりし井之頭学校に於ては、前項所報の通り十月末を以て工事竣成したるに依り、十一月六日午前十時より同校開設第二十二周年を記念する為め、渋沢院長の外、本院より田中幹事・小木経理課長・村山監護課長等臨席の上、市及地元の名誉職員並本院関係官公吏其他を招待し、同校々庭に於て記念運動会を挙行せり、当日は気遣はれたる前日来の豪雨も名残りなく霽れ、秋空一点の雲もなき近来稀なる快晴となり、真に恵まれたる運動会日和なりき、斯くて定刻前当日特に参加すべき附近公立小学校生徒及一般観覧者陸続として来校し、所定の場所は人を以て埋めらるゝの盛況を呈し、軈て午前十時半喇叭の合図に依りて職員生徒一同運動場に参集、小長谷同校主務司会の下に開会、同校バンドの伴奏に依り『君が代』の合唱あり、次で田中幹事開会の挨拶を兼ねて開設記念会開催の主旨を述べ、更に渋沢院長より一場の挨拶あり、終りて直に運動会に移り、同校生徒の徒歩競走・仮面競走リレーレース・バンド(観兵式マーチ・凱旋ポルカ)演奏・兵式体操等を以て午前の競技を終り、来賓には講堂に設へたる休憩室に於て午餐を供したり、斯くて午餐終了後、校内施設の参観、生徒の学科成績
 - 第30巻 p.824 -ページ画像 
品並実科製作品の観覧を乞ひ、更に校舎前庭に於て記念写真の撮影を行ひて、午後一時より再び運動会に移り、井之頭学校生徒の徒歩競走不時呼集・等分行進・障害物競走・抽籤競走・合同運動・バンド(軍艦マーチ・マンハツタンの浜辺・スペヤミントマーチ)演奏、並に武蔵野第一小学校生徒の優雅なる童謡遊戯、附近公立小学校選手競走等あり、競技は回を重ぬるに従ひ愈々白熱化し、観衆の喝采と応援の声は恩賜の森を揺るがしたり、斯くて極めて盛況裡に予定のプログラムを終り午後三時半無事散会せり、因に当日出席せられたる主なる来賓の芳名を掲ぐれば左の如し
   ○来賓氏名略。
 尚ほ右の外、同校同窓会員及在校生の父兄、並近接公立小学校職員生徒約三千名の参集ありて、頗る盛況を極めたり


東京市養育院月報 第三一六号・第一―二頁 昭和二年一一月 ○井之頭学校開設第二十二周年記念運動会に於ける挨拶(昭和二年十一月六日於同校)(養育院長 子爵 渋沢栄一)(DK300102k-0009)
第30巻 p.824 ページ画像

東京市養育院月報  第三一六号・第一―二頁 昭和二年一一月
    ○井之頭学校開設第二十二周年記念運動会に於ける挨拶(昭和二年十一月六日於同校)
                 (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 今日井之頭学校開設第二十二周年記念運動会を挙行致しまするに当り、多数皆様方の御臨場を得ましたことを厚く御礼申上げます
 却説私の演壇に立ちましたのは、実は演説を致す為めでは御座いませんので、幸に御覧の通り壮健で、此喜ばしき記念運動会に臨席致すことを得ましたので、先づ第一に来賓諸君の御尊来に対して感謝の意を表したい為めと、次では本校の生徒達に、院長たる自分は尚ほ斯の如く健康であるから、安心して呉れと申したい為めで御座います
 当井之頭学校開設の由来等に就きましては、唯今田中幹事の申述べました通りの事柄で、大体御了解下さつたことゝ存じます、唯だ其中に院長たる私の尽力が、甚だ多大なりし様の言葉がありましたが、之れは聊か過賞で御座います、然かし私自身も感化部設置並に井之頭学校設立のことに就ては、可成りの苦心を致したのでありますが、未だ種々不備の点も少からずあるであらうと存じます、然しながら、幹事なり主務なりの熱心なる努力に依り、年と共に穏健着実なる発達を致しつゝあることは、誠に私の喜ばしく思ふ処で御座いまして、私に於ては丁度小児の順調なる発育を見るが如き喜びを感じつゝあるので御座います
 次に私は序ながら、本校の生徒達に一言致したいと存じます、君達は現在此学校に於て先生や保姆さん方の親切なる指導に依り、日々学科や実科の勉強を為し、且つ安穏に日を送つて居るのであるが、然かし何時迄も此学校に留つて居ることは出来ぬ、必ずや他日本校を出て社会に立ち、何等かの業務に携はるべき資格と、運命とを担つて居るのであります、即ち今日の君達は、将来社会に於て活動雄飛すべき日の準備時代にあるのであるから、良く自分達の立場を過またざるやうに勉励努力を怠つてはならぬ、予ね予ね申す如く、私は君達を決して他人の様には思つて居ないので、此機会に於て、以上の事を一言申聞けて君達を警しめて置きます

 - 第30巻 p.825 -ページ画像 

竜門雑誌 第五〇六号・第六一頁 昭和五年一一月 青淵先生動静大要(DK300102k-0010)
第30巻 p.825 ページ画像

竜門雑誌  第五〇六号・第六一頁 昭和五年一一月
    青淵先生動静大要
      十月中
十七日 井之頭学校創立三十年記念式(同校)


東京市養育院月報 第三五一号・第一〇頁 昭和五年一〇月 ○井之頭学校開設記念運動会(DK300102k-0011)
第30巻 p.825 ページ画像

東京市養育院月報  第三五一号・第一〇頁 昭和五年一〇月
○井之頭学校開設記念運動会 井之頭学校に於ては十月十七日神嘗祭の佳辰を卜し、感化部開設満三十年記念運動会を挙行せり、此日天気快晴にして絶好の運動日和にて、定刻前より当日特に参加すべき附近公立小学校生徒其他一般観覧者陸続として来校し、観覧席は孰れも立錐の余地なき盛況を呈したり、斯くて定刻に至り職員生徒一同運動場に参集、大西同校主務司会の下に開会、国旗掲揚『君が代』合唱の後ち、田中幹事の開会辞あり、次で渋沢院長一場の挨拶を述べられ、終つて直ちに運動競技に移り、極めて盛況裡に予定の番組を終り、午後四時過ぎ目出度散会したり


東京市養育院月報 第三五二号・第一八―二〇頁 昭和五年一一月 秋空晴れて日は高し 井之頭の森に若人は躍る(DK300102k-0012)
第30巻 p.825-828 ページ画像

東京市養育院月報  第三五二号・第一八―二〇頁 昭和五年一一月

    秋空晴れて日は高し
      井之頭の森に若人は躍る
      ―井之頭学校記念運動会の記―
 昭和五年十月十七日、遂にその日は来た、毎年一度の井之頭学校生徒抃舞の日、学園解放日である。特に今日は養育院感化部開設満三十年、井之頭学校となりてより満二十五年の記念運動会の日である。此の日早朝天高く地浄らかに、恩賜の森には朝霧立ち罩めてやがての秋晴れを思はせ、まことに絶好の運動会日和であつた
 待ちに待つたその日であるが故に、学校の生徒達がその前夜を殆ど眠らずに明かしたと云ふことは無理もないが、その朝彼等が起き抜けに眠い眼をこすりながらグラウンドの掃除に取りかゝつて居ると、早くも近所の小学生達が見物のため来校して、既に運動会気分のトツプが切られる
 かくて午前九時過ぎすつかり会場の準備が出来上つた頃、本院から田中幹事をはじめ各課長及び手伝ひの事務員等が来校、それと前後して当日特に吉祥寺駅と学校間を来賓諸氏送迎のため本院より差向けられた自動車二台が到着してその爆音が生徒等を驚かす、早朝の晴天であつたのに反して、その頃より暗雲頻りに低迷して一抹の不安を皆の心に宿す。しかし観覧旁々本日の競技に参加する地元及び附近町村の小学校生徒は、先生達に引率されて続々として乗り込んで来る、門前には既に多くの露店が市をなして大変な賑ひである
 グラウンドは黒く湿つて、その上にホワイト・ラインがくつきり鮮やかである、空には翩翻と朝風に翻る万国旗の交叉網である、そのグラウンドを囲んだ観覧席の西側、南寄りから南側へかけては武蔵野第一・第二・第三各尋常小学校の男女生徒、南側の中央どころに頑張り手に手に緑の応援旗を振つて居るのは『今年も連勝せん』ものと意気込む武蔵野高等小学校の生徒である、それに続いて『今年こそ武蔵野
 - 第30巻 p.826 -ページ画像 
町から我村へ月桂冠』をと髀肉を撫する西三鷹・東三鷹各尋常高等小学校生徒である、既にこの小学生達だけで千数百名、グラウンドの半円周をとつた相当広い観覧席の大半を占領してゐる
 こゝで一言この運動会と地元及び附近町村小学校生徒達との関係に触れて置かう、恐らくもう十年以来のことになるのだらうが、こゝの運動会は以上の各小学校生徒を招待して、単に観覧を乞ふのみでなく更に競技に参加せしめて、各校間の対校レースを遂行せしむることによつて、その生徒等からは勿論その父兄達からも非常な人気を得て来たといふ、一つの歴史的な関係を持つて居る、さうして今やこの運動会は単に井之頭学校の年中行事であるのみならず、この地元及び附近町村民にとつても同じく、一つの年中行事となり、町村の人々は宛も『我等の運動会』であるかのやうに、非常な関心と興味を持つに至つた、かくてこの運動会はかゝる人達の熱心な支持によつて、その附近の小学校級には『珍らしく壮んな運動会』たる人気と名声を博するに至つたのである、以上の如くにして両者の間には唇歯輔車ともいふべきか、切つても切れぬ濃厚な関係が存するに至つた次第である
 さて時の経過につれて、続々としてグラウンドを横切る来賓の姿、重箱や折包を下げて乗り込んで来る小学校生徒の父兄母姉達の群、刻刻その数を増して来る観客の為めに、一般観覧席は狭隘を告げ、遂に北東側の花壇寄りに養育院職員席と指定された観覧席が、一般観覧席と書換へられる、その為めに間もなく乗り込んで来た板橋本院の看護婦一行の席がなくなるといふ騒ぎ、かくて運動会気分は愈々高調して行く
 午前十時、朝来一時の愁雲を破つて健康な太陽が恩賜の森に笑ひ出して、会場は一時に綾羅の衣を纏つたやうに明るくなる、グラウンドの上に引き張られた万国旗は陽日に照し出されて紅白に輝き、黒土のホワイト・ラインの鮮やかさが一入である、憂鬱に見えた観覧席も、その陽光に色彩とりどりに輝いて、日頃女気のない井之頭の校庭に時ならぬ紅の花を咲かす
 十時半愈々開会間近に迫つて、生徒達は既にグラウンドの北側に整列して、開会合図のラツパを今や遅しと待ち受けて居る、と、その時校門の辺りに突如として起る聞き慣れぬ自動車の警笛、驚いた生徒等が一斉に眼をやれば観客の群集を左右に割つて徐々としてグラウンドに頭を出した自動車一台、これぞ、渋沢院長乗用のセダン型リンコーンである、『アツ院長さんだ』と期せずして歓呼した生徒等は、一斉に拍手を以つて歓迎する、珍らしくも昭和二年の秋以来三年振りで学校に迎へた我等の院長である、生徒等が歓呼するのも無理はない、天気は晴れたし、院長さんは見える、まことに申分なき運動会、生徒の意気愈々昂る、ところが更に錦上一花を添へるとでもいふべきか、間もなく院長の令孫渋沢敬三氏が、令夫人と幼なき令息同伴にて来校、これは予期して居なかつたので、生徒一同の喜こびは更に一入、敬三氏は単に院長の令孫といふ関係以外に、井之頭学校バンドの創設以来唯一のパトロンであり、こゝの生徒とは特別な関係のあるお方である
 十時三十分、満を持して容易に放たなかつた矢は漸く弦を離れた、
 - 第30巻 p.827 -ページ画像 
天は愈々高く地は更に爽快、若人の意気衝天、緊張した場内に鏘々と響き渡る開会合図のラツパ、スハ開会だ、満場の観衆一斉に北側の生徒入場口に眼をやれば、喨々たる行進喇叭にリードされて百余の健児溌溂として入場、軈て二人の生徒によつて厳かに国旗が掲揚されるや打仰ぐ碧空高く翩翻とひるがへる日の御旗、生徒一同の『君が代』合唱は恩賜の森に山響し、満場寂々として音なし、かくて田中幹事の開会の辞に次で、ニコヤカな老院長の一場の挨拶あり、愈々若人が乱舞の幕は切つて落された
 十一時半競技は徒歩競走によつて開始、第二回の仮装競走は非常な人気を呼ぶ、その仮装に軍人あり、学生あり、酒屋の御用聞あり、大工ありといふ具合で、その姿の面白さは、満場の観衆を思はず噴飯哄笑せしめた
 こゝでグラウンド西側北寄りの来賓席に一瞥を送らう、先づ老院長をはじめ敬三氏及び御家族、市参事会員高橋俊太氏及びその御家族、「ロータリー」倶楽部の市原求氏、市収入役の小木千丈氏及び令嬢・令息、元井之頭学校の校長をして居られたことのある市文書課長川口寛三氏及令息、その他地元附近町村の有力者、並に参加各小学校の校長さん方を集めて四・五十人、仲々の賑ひである
 第四回の兵式教練は、その喇叭に於て、その訓練に於て、夙に井之頭学校の誇りとするところ、喨々として森にこだまする行進喇叭を先頭に歩武堂々たる健児の一隊、泣く子もしばし黙してその勇姿に見とれる、観覧席の小学生が紅葉のやうな手を拍いて迎へる、彼等の得意や思ふべしである
『足が綺麗ね、よく揃ふわ』と、四・五年位の女生徒が口々に讚めちぎる
 教練は愈々進んで射撃に移り、立射・膝射・寝射、更に突撃、グラウンド北側観覧席に陣取る本院の看護婦連が総て仮装敵、嘘事とはいふものゝ姫御前いさゝか驚いたことであらう
『大分軍隊の操典と違ふね』
『さうかい、しかしお前の時分から又変つたのかも知れないよ』
『そんな筈はないが、何しろ俺が三十二の時だ後備へ行つたのは、それが丁度今から五年前だ、それから変つて居ない筈だがな』
『さうかね』
『それはそれとして上手なものだね、これぢや本職も及ばないよ、それからこゝの喇叭は素敵にうまいからね』職人体の二人が兵式教練にすつかり感心して居る
『うれしいだらうね』
『まつたくね』
『一年に一ぺんだもの』
『こんなにうれしい日ばかりだつたらね』
 と、学校附近のお内儀さんらしい子供を負つた中年の婦人が二人、兵式教練で得意になつて居る学校の生徒達の心中を親身の者のやうに推し計つて喜んで居る、その真実の籠つた婦人達の態度に『彼等のよき同情者だなあ』と、筆者は思はず感心させられた
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 かくて競技は進んで第六回、井之頭学校の誇りバンド演奏に移つたのが十二時十五分、照り輝やける白日の下、幾千の観衆に囲まれた野外のステージに、日頃訓練の技倆を発揮せんとする彼等バンドの面々の得意さや何と形容しやう、大坪教師の鮮やかなタクトにつれ『マンハツタンの浜辺』『良い子供』と演じ続けられる奏楽は、高く上つては遮ぎるものもない秋空一面を、森にこだましてはこの学園を、忽ちにしてこの世ならぬ雅楽浄土と化せしめ、満場の人々をして悉く陶酔せしめた、小学生連がそのメロデイーに調子を合せて旗を振つて居ろのも気持よく眺められた
 これを以つて午前の部は終り午餐となる、この昼休中に、午後に行はれる尋常科来賓小学校レースの予選があり、武蔵野第一・第二・第三及び東・西三鷹の五校の中、東・西三鷹は不幸にも落選、武蔵野町の三校が予選に入る、従つて午後の尋常科のレースは武蔵野町だけの争覇戦となる、この頃から既に場内は来るべき対校レースのために殺気立つて来る
 午後一時、渋沢院長は児童達にお土産を残して御帰りになる、引続いて敬三氏もお帰りになり来賓席には多少淋しさの色が見えたが、やがて来賓及び生徒が合して記念撮影を終り、午後の部が再開されるや天日益々暖かく、折柄公園へ散歩の杖を曳いた男女の都人士が、悉くバンドの音に吸ひ寄せられて学校に殺到し、観覧席は愈々湧き返る
○中略
 かくて午後四時、一日を赫々と照らし終はりし太陽が森の彼方に没すると共に、異常な感動と渦巻く人気の中に続けられた大運動会も、こゝに目出度く大団円を告ぐるに至った。 ○下略


東京市養育院月報 第三五二号・第四―五頁 昭和五年一一月 ○井之頭学校開設記念運動会に於ける挨拶 (昭和五年十月十七日於井之頭学校)(養育院長子爵渋沢栄一)(DK300102k-0013)
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東京市養育院月報  第三五二号・第四―五頁 昭和五年一一月
    ○井之頭学校開設記念運動会に於ける挨拶
                  (昭和五年十月十七日於井之頭学校)
                 (養育院長 子爵 渋沢栄一)
 本日養育院感化部開設満三十年記念運動会を挙行致しまするに当りまして、斯く多数皆様の尊来を得ましたことは私の甚だ喜びと致すところで、謹で御礼を申上げます
 却説養育院感化部創設より三十年間に亘る事業の経過に就きましては、唯今田中幹事より申述べました通りの次第で、本校が今日相当の成績を収めつゝあることは決して私一人の力ではなく、私は養育院長としての職にはありますが、御承知の通りの老齢で大体の事以外充分事務を見ることの出来ないのを残念に思つて居りますが、然かし田中幹事を初め職員達の努力に依り幸に事業は円満に発展致して居りますので、此点は何卒御安心を願ふ次第であります、而して東京市に斯かる事業の存在することを御承知下さいまして御賛同下さると共に、事業上につき御気付の点は忌憚なき御忠言を賜はるやう、此機会に於て御願を致して置きます
 次に私は久方振りにて本日此井之頭学校に参りましたので、生徒達へも一言致したいと存じます……井之頭学校開設の次第は唯今田中幹
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事さんからの御話でよく分つたことゝ思ひます、私が之れからお話しやうとすることは、機会ある毎に諸君に話して居る事柄であるから、皆もよく知つて居ることゝ思ふが、我々が諸君の日常に就ての心配は決して少なくないものであります、年少の諸君には難かしい話かも分らぬが、諸君は義務と云ふことを忘れてはならぬ、現代一般の人々の思想が唯だ智識の習得に偏重して、道徳の涵養を疎かにする傾向のあるは誠に遺憾なことで、道徳の欠如せる人は、例へ如何に優れたる智識を有するも、人間としての価値は全然ないと申して宜しいのであります、故に諸君は智識の習得に全力を尽すと同時に、道徳心の涵養にも大に努めなくてはならぬ、此心掛けは君達若い人々に最も大切な事柄であるから、常に念頭に置いて居なくてはなりません、古語に『善人には良き仕合せを神が与へる』と云ふ言がある、今日の運動会が此秋晴れの心地良き好天気に恵まれたることも、諸君の不断の良き心掛けに報ゐられたものと云つてもよろしい、然かし之れは決して君達許りのものでなく、此処に来会せられたる観衆諸君の御心掛けにもよるものであることを忘れてはならぬ、故に斯かる快晴に恵まれたる諸君は之れに報いる為め一層勇ましく運動を行なはねばならぬ、即ち皆の責任は更に加はつたのであります
 次に前にも申した如く諸君の前途は洋々たるものであるから、常に善事に努力して勉強をしなくてはならぬ、所謂良き仕合せとは、諸君の日々の小さな注意に依る善事の集積に依つて得られるものである、尚ほ最後に一言申し加へたいことは、世の中が進歩するに従ひ、人々が唯だ単に自己の権利を主張することのみに熱中して、義務を尽すの観念に乏しくなることである、之れは現代の通弊であつて、独り諸君に対してのみならず、私は日本国民全体に向つて忠告いたしたいのであります。諸君は権利を得んと思はゞ、先づ義務を尽すことを心掛けねばならぬ、斯くすることに依り権利は自ら生ずるのであります
 以上私は本日のお祝の辞に代へ、一言申述べた次第であります