デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
4節 保健団体及ビ医療施設
17款 財団法人癩予防協会
■綱文

第31巻 p.203-205(DK310038k) ページ画像

昭和6年5月5日(1931年)

是日、当会第一回評議員会ヲ内務大臣官邸ニ開キ、栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。次イデ是月二十六日第一回理事会ヲ飛鳥山邸ニ開キ、栄一議長トシテ議事ヲ宰ス。


■資料

昭和六年度事業成績報告書 財団法人癩予防協会編 第三八頁 昭和八年一月刊(DK310038k-0001)
第31巻 p.203-204 ページ画像

昭和六年度事業成績報告書 財団法人癩予防協会編
                       第三八頁 昭和八年一月刊
    第四章 評議員会
昭和六年四月十日附、発起人全部ニ対シ評議員タルノ依頼状ヲ発シ、其ノ承諾ヲ得タルヲ以テ、昭和六年五月五日東京市麹町区外桜田町一丁目内務大臣官邸ニ於テ、第一回評議員会ヲ開ク
会頭子爵渋沢栄一氏ノ挨拶アリ、次テ評議員内務大臣安達謙蔵氏推サレテ議長席ニ着キ、劈頭評議員衛生局長赤木朝治氏、設立ヨリ評議員会開催迄ノ経過ニ付キ報告アリ
(一)理事及監事ノ選挙ヲ行ヒタルニ左記ノ諸氏当選ス
理事
 東京市牛込区弁天町七六番地                     木村久寿弥太
 東京市渋谷区千駄ケ谷町原宿三四四番地             男爵 団琢磨
 東京市中野区東郷三六番地                   男爵 四条隆英
 - 第31巻 p.204 -ページ画像 
 東京市荏原区荏原中延一、一二五番地            内務次官 潮恵之輔
 東京市麹町区紀尾井町三番地                宮内次官 関屋貞三郎
 東京市荏原区荏原中延大原北一七九番地        内務省衛生局長 赤木朝治
 東京市荏原区東調布町大字上沼部一六九番地              窪田静太郎
 東京市四谷区南伊賀町五番地                  侯爵 大久保利武
 東京市神田区元柳原町三〇番地       中央社会事業協会総務部長 原泰一
 東京府北多摩郡武蔵野町吉祥寺中道南二、八三一 内務省社会局社会部長 大野緑一郎
 東京市麻布区市兵衛町二丁目八八番地            医学博士 長与又郎
 東京市淀橋区大久保西大久保四三九番地           医学博士 北島多一
 東京市麹町区上六番町四三番地                    大橋新太郎
 東京市赤坂区青山南町六丁目一一五番地                根津嘉一郎
 東京市四谷区南寺町二三番地     内務省衛生局予防課長 医学博士 高野六郎
監事
 東京市芝区高輪南町三三番地                  男爵 森村市左衛門
 東京市麹町区下一番町三〇番地                 男爵 大倉喜七郎
 東京市牛込区若宮町三〇番地                  男爵 古河虎之助
 東京市淀橋区西大久保南裏四一六番地                 小倉正恒
(二)寄附金募集ヲ左記ノ通決定シ、尚以上ノ外年額参円宛ヲ醵出スル会員ヲ精々募集スルコトニ決定ス
○下略


(財団法人癩予防協会) 重要書類綴(DK310038k-0002)
第31巻 p.204-205 ページ画像

(財団法人癩予防協会) 重要書類綴        (渋沢子爵家所蔵)
    癩予防協会評議員会議事録
一、評議員会ハ昭和六年五月五日、午後一時三十分ヨリ東京市麹町区外桜田町一内務大臣官邸ニ開催ス
一、評議員総数六百三十五名中、七十二名出席(別冊ノ通リ、但添付ヲ省略ス)委任状提出者三百四十九名ニシテ、過半数ニ付開会ス
一、内務次官潮恵之輔氏開会ノ挨拶ヲ為ス
一、会頭渋沢栄一氏次ノ通リ挨拶ヲ為ス
 本日ハ老身ヲ顧ミズ参上シタル次第ハ、数年前ヨリ志シタル本会ノ成立ヲ見タル喜ビノ為ナリ、余ノ癩患者ノ絶滅ヲ希望シタルハ、先年布哇ニ赴キタル際モロカイ島ノ事ヲ聞キタルニ、独リモロカイ島ノミナラズ、本国ニ於テモ結構ナル設備ヲ有セリトノコトヲ知レリ余ハ此ノ時文明国ノ注意ノ如何ニ厚キカヲ感ゼリ、曩ニ養育院ノ世話ヲ為セル際、光田健輔氏ガ熱心ニ努力セル為、光田氏ニ相談シ、該病ガ伝染ナルカ遺伝ナルカニツキ議セリ
 今日府県立療養所ハ五ケ所アリテ将来五千人収容ヲ目的トセリ、然ルニ室内治療ヲ為セル患者ニ対シテ療養方法立タズ、之ニ対シ挙国一致ヲ以テ努力スルニ非ザレバ目的ヲ達シ難シト信ジ、政府ト相談シタル所、本会ノ成立ヲ見タリ、治療法ニ関シ何等ノ知識ナキモ、十数年来志シテ発議シタル縁故ニヨリ、責任アル地位ニツキ、会頭トナリタルハ恐縮ナリ、米国人ノ説ヲ聞クニ、良キ方法ヲ講ズルニ於テハ、余リ苦シムコトナクシテ斯病ヲ絶滅シ、無癩国ト為シ得ルト思惟ス、将来ノコトハ予測シ難キモ、目的ヲ達センガ為ニ諸氏ガ大イニ努力セラルコトハ深ク感謝スル所ナリ
 余ハ会頭ニナリタルヲ恐縮スルト共ニ愉快ニ思ヒ、其ノ目的ヲ貫徹
 - 第31巻 p.205 -ページ画像 
シタシ、経過ニツキ述ベ、一言希望ヲ為シタリ


昭和六年度事業成績報告書 財団法人癩予防協会編 第四三頁 昭和八年一月刊(DK310038k-0003)
第31巻 p.205 ページ画像

昭和六年度事業成績報告書 財団法人癩予防協会編
                       第四三頁 昭和八年一月刊
    第五章 理事会
昭和六年五月二十六日東京市外滝野川町西ケ原、会頭渋沢栄一氏邸ニ於テ第一回理事会ヲ開ク
会頭子爵渋沢栄一氏推サレテ議長トナリ、左記議案 ○略ス ヲ議了ス。