デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

1章 社会事業
5節 災害救恤
8款 災害救恤関係諸資料 6. 米沢市火災
■綱文

第31巻 p.418-419(DK310065k) ページ画像

大正6年5月22日(1917年)

是日、米沢市ニ火災発生ス。栄一、之ガ罹災者ニ対シ金五百円ヲ賑恤費及ビ同市営住宅建設費トシテ寄付ス。翌七年七月九日右ニツキ、銀杯一個下賜サル。


■資料

青淵先生公私履歴台帳(DK310065k-0001)
第31巻 p.419 ページ画像

青淵先生公私履歴台帳         (渋沢子爵家所蔵)
    賞典
大正七年七月九日 大正六年五月米沢市火災ノ際、罹災窮民賑恤費及同市営貸長家建設費トシテ金五百円寄付候段奇特ニ付、為其賞銀杯一箇下賜候事             賞勲局総裁



〔参考〕中外商業新報 第一一一八二号 大正六年五月二四日 荒涼惨憺たり(DK310065k-0002)
第31巻 p.419 ページ画像

中外商業新報  第一一一八二号 大正六年五月二四日
    荒涼惨憺たり
      ▽米沢の大火は報を得る毎に
      ▽愈よ酸鼻の度を高むるのみ
米沢市火災、其後調査の結果に拠れば全焼二千百二十四戸、死者判明せるもの七名、御真影全部無事、出火の原因は過失と判明せり、目下夫々手筈を定め救助に着手中(廿二日午後十一時五十分山形県知事発内務大臣宛)
 ▽一般情況
    内務省より特派されし野村属報
米沢市に於ける大火視察の為め、内務省より特派されたる野村属発、二十三日午前十時三十五分着電報左の如し
二十二日午前十時半代官町より出火するや、折柄西北風烈しく、風下に茅葺家屋多く、且つ連日の天気に乾燥したる為め、忽ち各所に飛火し、遂に大町以下市内目抜の場所三十五ケ町を焼き、午後五時鎮火せり、二十三日午前七時二十分迄の調査に依れば、焼失家屋二千百二十四戸にて、外警察署・郵便局・高等女学校・私立九星女学校・小学校盲学校・幼稚園・税務署・九星火薬庫・安田銀行・共栄銀行・両羽銀行・魚市場・米沢新聞社・米沢日報社・山形万朝社、郷社向子神社外神社五、寺院十七、劇場三焼失せり、死者男六、女二、計八にして、負傷者は取調中なり、女学校及小学校に安置し在りたる御真影は、無事市役所内に奉遷するを得たり、罹災者に対しては市役所其他より炊出米を給与し、警察暑は仮事務所を市役所内に設け、且つ署員分担を定め、罹災民の救助、家財の保護等に従事せり



〔参考〕中外商業新報 第一一一八三号 大正六年五月二五日 ○大火傷者 市参事会を開き救助法協議(DK310065k-0003)
第31巻 p.419 ページ画像

中外商業新報  第一一一八三号 大正六年五月二五日
    ○大火傷者
      市参事会を開き救助法協議
 ▽総損害六百万円
米沢市に於ける重軽傷者にして開業医に就き治療を受け居る者、男六十二名、女七名、赤十字救護班にて治療をなし居る者、男九名、女四名、計八十二名にして、中消防手九名あり、又警察官吏にして類焼に罹りし者署長以下三十一名あり、警察署の書類は司法、高等、体刑に関するものゝ外皆焼失す、総損害額は約六百万円ならん、市役所・警察署に於ては、引続き罹災民の救助に従事し、尚廿三日市参事会を開き、今後に於ける救助の方法に付き協議せり(野村属発廿四日午前六時内務省着電)