デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

2章 労資協調及ビ融和事業
1節 労資協調
2款 財団法人協調会
■綱文

第31巻 p.524-528(DK310083k) ページ画像

大正9年10月2日(1920年)

是ヨリ先、当会事業部長松岡均平・調査部長桑田
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熊蔵相次イデ辞任ス。是日栄一、内務大臣床次竹二郎ト協議シ、地方局長添田敬一郎・元鉄道省経理局長永井亨・内務書記官田沢義鋪ヲ入会セシメ、以テ内部ノ刷新ヲ図ル。


■資料

日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編 第二四三―二四五頁 大正一〇年七月刊 第十編 労資協調運動 協調会(DK310083k-0001)
第31巻 p.525 ページ画像

日本労働年鑑 大正拾年版 大原社会問題研究所編
                       第二四三―二四五頁 大正一〇年七月刊
 ○第十編 労資協調運動
    協調会
○上略
     幹部の更迭と宣言の発表
 協調会成立後、幾何もなく調査部長松岡均平博士の辞任を見たが、爾来事業部長として調査部長を兼ねたる桑田熊蔵博士は、十月に至つて協調会を去るに至り、常務理事谷口留五郎氏亦同時に職を退いた、而して其後任としては、内務省地方局長添田敬一郎・元鉄道省経理局長永井亨・内務書記官田沢義鋪の三氏が協調会へ入つた。かく幹部に異動を生じたる協調会は、此の機会に於て協調会の主義精神を鮮明にし、更に之を徹底せしむるの必要を認めて、所謂労資協調は階級闘争を否認し、人格主義を基調とする社会政策に立つものであることを宣言した。


竜門雑誌 第三八九号・第六六―六七頁 大正九年一〇月 ○協調会の其後(DK310083k-0002)
第31巻 p.525-526 ページ画像

竜門雑誌  第三八九号・第六六―六七頁 大正九年一〇月
○協調会の其後 財団法人協調会の常務理事にして事業部長たりし松岡均平博士は、過般其職を辞してゼノアに開会の国際海員労働会議に政府側委員として出発せるより其後は調査部長桑田熊蔵博士に於て事業部長を兼任し来りたるが、今回桑田博士も亦不適任たるの故を以て辞職したるより、其後任者の選定を要する事となりしが、右に就き青淵先生は左の如く語られたる由、十月三日の東京日々新聞は報ぜり。
 私の口から斯様な事を申すのは如何かと思ふが、全く協調会の事業は振はぬ、弁解ではないが、私の意見としては事業部の活動を望み各会社の人々や労働者とも接触して実際的に研究し、資本家対労働者との協調を図り、又は失業者に対する職業紹介にも骨を折りたいのであるが、事業部長であつた松岡均平博士が去つて調査部長桑田熊蔵博士が之を兼務する事になつたが、同博士は此事業部に重きを置かず調査部と合併した方がいゝとの意見である、併し私は事業部に重きを置いて居るので此処に意見の相違を来し、遺憾乍ら桑田博士の辞職を見るに至つた次第である、そこで博士の後任であるが、元来此協調会は床次内相の申出に依り徳川・大岡両議長、清浦枢府副議長並に私が発起人となり創立したのだから、発頭人たる床次内相に其の選定を依頼した処が、内相はけふの会見にモウ一両日待つて呉れとの事であつた、内相から推薦のあつた上は発起人会を開いて決定する筈であるが、調査部長と事業部長を二人推薦されるか、兼務として一人であるかはまだ不明である云々
然るに同会にては、今回地方局長たりし添田敬一郎氏を推して其後任
 - 第31巻 p.526 -ページ画像 
とし、玆に同氏の就任を見たる由なり


東京日日新聞 第一五八〇二号 大正九年一〇月四日 協調会の善後策 事業部が愈々積極的に活動す(DK310083k-0003)
第31巻 p.526 ページ画像

東京日日新聞  第一五八〇二号 大正九年一〇月四日
協調会の善後策
     事業部が愈々
      積極的に活動す
        きのふ商業会議所に於て内相と渋沢子が鳩首協議
          桑田博士の後任は一両日中に決定
桑田熊蔵博士の辞任によつて、内部に蟠まつてゐた暗闘が遂に表面の事実となつて現はれて来た協調会は、主義綱領ばかりは立派であるがこれに相応する事業は何一つ出来ず、会名にまでうたひ出した労資の協調は、富士紡罷業の際社長たる和田豊治氏から
 明確に仲裁を拒絶されて
手も足も出なかつた如く、今や全く行詰つて何んとか局面展開を策さなければ、其の懐に擁してゐる莫大な資金も二百万円の政府補助金も死金となつて仕舞ふので、当面の責任者は、桑田博士の後任選定を機会に積極的活躍をなすべく協議の末、同協会に対して事実上
 政府を代表せる床次内相
は、一昨日午前中東京商業会議所に於て民間の代表者たる渋沢子と会見し、善後の処置につき種々協議する所があつた、協議の内容に就き渋沢氏は語る
   ○栄一談、前掲ニツキ略ス。


協調会事業一斑 協調会編 第一一―一二頁 大正一二年六月刊(DK310083k-0004)
第31巻 p.526 ページ画像

協調会事業一斑 協調会編  第一一―一二頁 大正一二年六月刊
    四、事務分担
 本会創立の当初に在りては事務の分担を庶務部・事業部・調査部の三部に分ち、常務理事三名中庶務部長として谷口留五郎氏、事業部長として松岡均平博士、調査部長として桑田熊蔵博士之に当り、庶務部に於ては庶務及会計、事業部に於ては主として宣伝及労働争議、調査部に於ては、社会政策に関する一般の調査を担任し、別に分課を定めず、事務員も亦僅々三四十名を以て日常の事務を処理し来つたが、着着整備の域に進むと共に、時勢の推移に伴ひ漸次拡張を図り会務の発展を期しつゝあつた際、会々大正九年十一月初任の部長三氏の辞任となり、新に添田敬一郎・永井亨・田沢義鋪の三氏常務理事に就任するに及んで、玆に部を別ちて総務部・第一部・第二部となし、総務部長に添田敬一郎氏、第一部長に永井亨氏、第二部長に田沢義鋪氏之に当り、更に総務部に庶務・会計・情報の三課を、第一部に調査・労務の二課を、第二部に教務・社会の二課を設け、各課に専任課長を置き、之と共に事務員も必要程度迄増員した。 ○下略


竜門雑誌 第三九二号・第二〇―三六頁 大正一〇年一月 ○局面転回を要する八大問題 財政=経済=外交=思想=教育=労資協調=富豪=国民生活(青淵先生)(DK310083k-0005)
第31巻 p.526-528 ページ画像

竜門雑誌  第三九二号・第二〇―三六頁 大正一〇年一月
    ○局面転回を要する八大問題
      財政=経済=外交=思想=教育=労資協調=富豪=国民生活
                      (青淵先生)
 - 第31巻 p.527 -ページ画像 
 本篇は青淵先生の談話として雑誌「実業之世界」十月号に掲載せるものなり。(編者識)
○中略
    労働問題
△階級闘争と温情主義 労資協調問題と云ふ事は、現に其関係から協調会等も造られて居るので、私が造つた訳ではないが、現在理事者の一人であります。労資協調と云ふ内には社会政策と云ふ事も含んで居るので、私は資本主と労働者との調和が甚だ必要だと思つて、大正五年に経済界を退く際にも、経済界は退くけれども、資本と労働との調和に就いては今後も微力を尽して見たいと云ふ事を、懇意の人には話をして置いた。良い智慧もなけれども、微力其処に及び得られるならば幸福であると思つたのであります。此事は単に実業家のみに関係するものでなくして、政治上に於ても甚だ必要なものである。
 夫で一昨年協調会が出来て、自分は副会長として今も尚ほ微力を尽して居るが、怎うもなかなか六ケしいので、先日も私が甚だ注意が足りないと云ふ事が出た。大分間違つた所も出て居つたので、敢て弁解はしませぬが、怎うも学者連中が遂に十分に一致をし得ないで、今度は学者でない方がやつて見やうと云ふので、地方局長であつた人が入つて、一つ骨を折つて呉れる事になりました。成べくは協調会として其目的は完全でなくても、是非達せしめたいと思つて居たので、其辺に異議はないものと思つたが、怎うしても自分等の意見では不可ないと云つて、最初先づ松岡さんが去り、次いで桑田・谷口の両氏が共に辞退されて、余儀なく此処に至つたのでありまして、協調会は店開き後、経営が未だ其緒に就いたと云ひ切れないので、私共関係者として十分なる意見を述べる事は此際憚り多いやうでありますが、私の意見としては資本・労働の関係、又は地主と小作人の関係、或は使ふ人と使はれる人との関係は、怎うしても協同調和に依らなければならぬ。階級戦を覚悟してやる事は間違つて居ると思ふ、のみならず其覚悟を以て進む時は事を害する事が多く、却つて利益を損し平和を破る、夫で是非温情を趣意としなければならない、温情と云ふ言葉は語弊を生ずるが、温情と云つても、一方の者が一方に与へるものを云ふのではなく、私の温情と云ふのは互に温めると云ふので、双方の情を以て事をすると云ふ意味にならなければ不可ない。即ち之が協調である。
 而して今の協調会が、労働争議に立入つて、総て労働争議をなからしめるやうにしやうと云ふ迄の事が出来るものではないけれども、併し乍ら資本と労働者の関係が、先づ協調会に最も必要の多いものであるから、資本側に此処に注意をして欲しいと云ふ所があれば、忠告をしなければならぬし、又労働者の行為が唯資本主苛めのみにあるならば、さう云ふ者には自ら悟らせるやうにしなければならぬ。
 人格を認めて貰ひたいと云ふ事は尤もであるが、人格を認めると云ふ事は我儘を許すと云ふ意ではない。我儘をして寝て居て給金を沢山取りたいと云ふやうな事は夫は労働者の誤りである。労資協調と云ふ言葉は独り会社と其処に働く職工とのみに就いて云ふのではなく、広い意味で所謂社会政策を包含して居るのであるが、労資協調と云ふ事
 - 第31巻 p.528 -ページ画像 
を狭い範囲に解釈しても適当である、即ち協調会其ものがさう云ふ意味で造くられて居るのであるが未だ其緒に就きませぬ。併し我々の意思は其緒に就かないと云つて止む訳ではなく、唯単に緒に就かしむるのみならず、其効果を十分に現はしたいと思つて居るのであります。
○下略