デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

2章 労資協調及ビ融和事業
2節 融和事業
5款 融和事業関係諸資料 2. 雑
■綱文

第31巻 p.740-744(DK310111k) ページ画像

 --


■資料

集会日時通知表 大正一二年(DK310111k-0001)
第31巻 p.740 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年       (渋沢子爵家所蔵)
六月六日(水) 午前十一時半 特殊部落ノ件(華族会館)


集会日時通知表 大正一三年(DK310111k-0002)
第31巻 p.740 ページ画像

集会日時通知表  大正一三年       (渋沢子爵家所蔵)
五月一日(木) 午前八時   喜多貞吉氏記者同行来約(飛鳥山邸)
   ○喜多貞吉ハ中央社会事業協会地方改善部講習会ニ講師トシテ「日本民族発達史」ヲ講ズ。本巻「中央社会事業協会地方改善部」ノ条参照。


(栗須七郎) 書翰 渋沢栄一宛 大正一四年八月一八日(DK310111k-0003)
第31巻 p.740-741 ページ画像

(栗須七郎) 書翰  渋沢栄一宛 大正一四年八月一八日
                     (渋沢子爵家所蔵)
  社会事業協会員今井氏《(栄一墨書)》ハ、本人之履歴・性行承知しある筈に付、早々聞合之上、其人物・行状等取調之上ニて、何分之回答案作成可致事
   八月廿二日
                       大正十四年八月十八日《(別筆朱書)》
                        大阪市浪花区栄町二ノ五十三
                              栗須七郎氏来状
謹啓
時下残暑未だ厳しく御座候
 - 第31巻 p.741 -ページ画像 
今回老台には御病気の為め貴地に御保養なされ候事を仄聞仕り、邦家の為一日も早く御全癒の程を切に御祈り申上候、不肖は未だ拝顔の栄を賜らず候へ共、大正十一年以来、不及乍ら水平運動の一兵卒として東西に駈け廻り、特殊部落と称せられし者の解放のため犬馬の労をとり居る者に有之候、不肖は教を長く三島中州先生に受け、夙に老台の御高徳を蔭乍ら思慕致し居り、且又吾等同族のため御尽粋を賜はりし事に対して、深く感謝致し居るものに有之候
今般御高覧に供せし拙著『水平の行者』は、不肖の生活を通して水平運動を見たるものに有之、斯道の御参考の一助とも相成候へば、幸甚の至とも存じ御送附申上候、何時にても御笑覧候へバ、感謝此事に御座候
先ハ御礼旁々御案内を申述候 敬具
  大正十四年八月十八日
                      栗須七郎
    渋沢栄一老台
           侍史


財団法人中央社会事業協会書類(二) 【記 大阪市浪花区栄町…】(DK310111k-0004)
第31巻 p.741 ページ画像

財団法人中央社会事業協会書類(二)      (渋沢子爵家所蔵)
    記
大阪市浪花区栄町二ノ五十三番地栗須七郎氏に付、中央社会事業協会今井兼寛氏に聞合せたる所、左の答を得たり
一、二松学舎ニ学ブ
一、日露戦争ニ従軍シ、諸所ニ転戦シ、功ニヨリ功六級金鵄勲章ヲ賜ハル
一、大正十一年水平社組織ニ際シ、其経歴・学識・人格等ニヨリ、推サレテ副執行長(南海吉氏執行長)トナリ、爾来其位置ニアリ
一、演壇ニ立テハ時ニ激烈ノ口調アルモ、其人物ハ極メテ温厚篤実ニシテ、国家中心主義(部落民ヲ平民ニ認メラレタルハ明治大帝ノ大御心ニヨルコトヲ強ク信ゼル為メ)ナリ
一、生活ハ勲章ノ年金及著書ノ収入等ニヨリ、極メテ切詰メタルモノナリ
一、水平社ノ中ニテハ、上掲国家中心主義ノ為メ、急進派ニハ喜ハレス、賛否相半ハスルノ状況ナリ
    以上


(栗須七郎) 書翰 白石喜太郎宛 (大正一四年)九月七日(DK310111k-0005)
第31巻 p.741-742 ページ画像

(栗須七郎) 書翰  白石喜太郎宛 (大正一四年)九月七日
                    (白石喜太郎氏所蔵)
                  大正十四年九月七日《(別筆朱書)》
                    栗須七郎氏来状
謹啓
先刻は突然参上、御多忙中の由にて御目にかゝるを得ず甚だ遺憾に存候、実は小生従来運動に忙殺され、且つは世情に疎く、自ら進んで人を訪問した事殆ど無之候処
渋沢閣下とは二松学舎とのゆかりもあり、又
 - 第31巻 p.742 -ページ画像 
閣下が社会事業協会の御世話下さる由承り、不肖を通して水平運動を御理解下さる事ハ、蓋し徒示《(事)》ならざるべしと自信いたし、曩の日拙著二冊を閲覧に供し、今回は柳田氏の仰せにより、順序として白石兄を訪問せよと教へらるゝまゝに伺候したる次第に御座候
閣下には今尚ほ静養中との事、一日も早く御全快遊されん事を祈り申候、何卒貴兄より宜しく申伝へ被下度 敬具
  九月七日
                      栗須七郎
    白石秘書殿
            侍史


集会日時通知表 大正一五年(DK310111k-0006)
第31巻 p.742 ページ画像

集会日時通知表  大正一五年       (渋沢子爵家所蔵)
壱月廿四日(日) 午前九時 喜多貞吉氏来約(飛鳥山)


(今田森之助) 書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一一月一〇日(DK310111k-0007)
第31巻 p.742-744 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。