デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
1節 外遊
2款 中国行
■綱文

第32巻 p.614-615(DK320030k) ページ画像

大正12年6月15日(1923年)

是日栄一、馬越恭平ト謀リ、大正三年渡支記念会ヲ浜町常盤屋ニ催シ、席上追懐談ヲナス。


■資料

竜門雑誌 第四二二号・第五九―六〇頁 大正一二年七月 ○大正三年渡支記念会(DK320030k-0001)
第32巻 p.614 ページ画像

竜門雑誌  第四二二号・第五九―六〇頁 大正一二年七月
○大正三年渡支記念会 青淵先生には、大正三年五月二日馬越恭平氏等十二名の諸氏と共に支那旅行の途に上られ、六月十五日帰京せられてより、本年は恰も十週年に相当するより、青淵先生には馬越恭平氏と相胥り、六月十五日午後六時より浜町常盤屋に於て記念会を催したるが、当日の出席者は同一行の一員たりし渋沢武之助・明石照男・増田明六・野口米次郎諸氏、並に支那各地に於て一行の為め特に斡旋せる小田柿捨次郎・石井徹・角田隆郎・実相寺貞彦・小田切万寿之助・野村竜太郎・神田正雄・松本健二郎・倉知鉄吉・尾崎敬義・白岩竜平諸氏にして、席上青淵先生・馬越恭平氏等の追懐談あり、十時散会せりと云ふ。


(増田明六) 日記 大正一二年(DK320030k-0002)
第32巻 p.614-615 ページ画像

(増田明六)日記  大正一二年   (増田正純氏所蔵)
六月十五日 金 晴
定刻出勤
今日ハ大正三年支那旅行より帰京したる十年目ニ相当するので、予て子爵と馬越氏と打合ハされ(中間の労増田取扱)当時支那にて種々一行の為ニ斡待《(マヽ)》し呉れたる人を、子爵の名を以て常盤家に招待した
来会者は賓客野村竜太郎(前満鉄社長)倉知鉄吉(前中日実業副総裁)小田切万寿之助(正金取締役)松本健二郎、小田柿捨次郎(前上海三井物産支店長)石井轍(前上海郵船支店長)白岩竜平(前日清汽船重
 - 第32巻 p.615 -ページ画像 
役)実相寺貞彦(前北京正金支店長)角田隆郎(前日清汽船漢口支店長)神田正雄(前朝日新聞北京特派員)尾崎敬義(前中日実業取締役)の十一氏、主人側としてハ当時の一行渋沢子爵・馬越恭平・渋沢武之助・明石照男・野口米次郎及小生の六人、合計拾七名にて、席定まるを待て子爵及馬越氏の両氏席を離れ末坐ニ出で、代表として子爵より鄭重に挨拶を陳べ、尚献酬を廃して単に乾杯を為すニ止むべしと子爵の乾杯あり、一同之に応し、余興として蘆洲の講談二席ありて、其間支那時局問題に時を移し、歓を尽して十時散会
○下略
   ○栄一ノ挨拶筆記ヲ欠ク。

渋沢栄一伝記資料 第三十二巻 終