デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
1款 在米日本人会
■綱文

第33巻 p.392-399(DK330020k) ページ画像

明治45年2月26日(1912年)

是ヨリ先一月十六日、デリンガム移民法修正案アメリカ合衆国議会ニ提出セラル。当会ハ其通過防止ノ運動ヲ栄一等ニ依頼ス。是日栄一、外務大臣子爵内田康哉ヲ訪ヒ、政府ノ方針ヲ質シテ之ヲ当会ニ報ズ。


■資料

東京朝日新聞 第九一四五号明治四五年一月一九日 ○日本移民禁止案 十七日 桑港特派員発(DK330020k-0001)
第33巻 p.392 ページ画像

東京朝日新聞 第九一四五号明治四五年一月一九日
    ○日本移民禁止案
                   十七日 桑港特派員発
米国上院移民委員会は、十六日前議会移民委員長ヂルリングハムの提出せる移民法改正案を通過せり、此法案に依れば、市民たるを得ざる外人の入国を禁止すとの条項あるを以て、日本人は此移民法に依て其入国を禁止さるゝに至るべし


東京朝日新聞 第九一四六号明治四五年一月二〇日 ○排日的移民法案 ▽米国上院委員会通過(DK330020k-0002)
第33巻 p.392 ページ画像

東京朝日新聞 第九一四六号明治四五年一月二〇日
    ○排日的移民法案
      ▽米国上院委員会通過
既報本社桑港特電に依れば、米国上院委員会は、前議会移民委員長ヂルリングハム氏の提出せる移民法改正案を通過せりとのことなるが、ヂルリングハム案と云ふは、文字を書き且読み得るものにあらざれば入国を許さずとか、帰化し得るものにあらざれば入国せしめずとか、其他極めて面倒臭き制限を設けたるものにして、読書(欧洲語・日本語を問はず)を入国条件とせるは、無学者の多き伊太利辺の移民に取りては大国難なれど、日本移民には左程関係を有せず、只帰化し得ざる外人を入国せしめずと云ふに至りては、全く日・清人を指せるものにして、提案者の真意も清人排斥は別に法規存すれば、重に日本人排斥にあるべきが、同案は昨年も移民委員会に提出せられたれど、委員会に於て握り潰されたるに、今年は委員会を通過したるものと見ゆ、読書を入国条件としたれば欧洲人の反対もあるべく、大概本会議を通過することなかるべしと思はるれど、若し上院を通過することあらば下院は造作もなく可決すべく、愈法律となるが如きことあるに於ては日本人の為めに由々しき大事たるべし、外務省へは右に付未だ公報なきも、当局者は到底上院を通過することなかるべしと楽観し居れり


竜門雑誌 第二八九号・第九三頁明治四五年六月 ○合衆国移民法修正案と青淵先生(DK330020k-0003)
第33巻 p.392-393 ページ画像

竜門雑誌 第二八九号・第九三頁明治四五年六月
    ○合衆国移民法修正案と青淵先生
在米桑港日本人の発行に係る「新世界」新聞は、本年三月十七日の紙上に「内田外相と移民案―渋沢男よりの来翰」と題し、左の如き記事を掲げたり、玆に之を転載して読者の参考に資す。
 合衆国上院議会に於けるデリングハム氏提案の『帰化に依りて合衆国市民たるを得ざる外国人の入国を禁ずべし』と云ふ移民法修正案
 - 第33巻 p.393 -ページ画像 
は、排日を意味し、日本国民の権利を侵害し、其結果は日米国交に好ましからざる影響を与ふる事なしとせず、在米日本人会にては諸方面に運動して該議案の通過せざらむ事に勉め、該案の内容及経過等に就き故国各政党及政治家に詳細の通信をなし尽力を請ふ所あり右に対し石橋為之助及国民党よりの返翰は曩に報道せるが、常に在米同胞の為めに満腔の同情を以て諸般の事に尽力せられつゝある渋沢男爵より、今回如左書状到達したり、参考の為左に其全文を掲ぐ
 『貴方一月二十九日附華翰、本月二十日落手、拝読仕候、然るに目下合衆国議会に提出相成候デリングハム移民法修正案の義は、日本国民の権利を侵害するものに付、是が通過を防止するの必要有之候事と御認定相成、貴方に於ても種々御高配被成候へ共、我外務大臣の尽力先以肝要に候処、大臣の帝国議会に於ける御答弁は、言辞頗る曖昧の嫌有之候に付、小生に於て篤と承合、向後一層の苦配可致旨来示の趣一々拝承仕り候、就て今日漸く内田大臣に会見致、貴状も一覧に呈し、伏蔵無く愚見申告候処、大臣の申聞候趣旨は、此件に関して、爾来取扱方決して等閑に付し候とか、又は曖昧に答弁致候事共は無之候へ共、先頃新聞紙に相現はれ候事は、事件の明瞭ならざる際に属せし儀にて、其後数回珍田大使へも打電し、各方面より手配して本案の防止に勉め居候儀にて、今日の所にては大概其目的も相達し、同修正案は多分通過致候様の儀は、有之間敷相信じ候間、安心致呉候様との事に御座候、右は今日午後小生外務省に罷越大臣と会見の節の直話に付、不取敢此段御答申上候(中略)尚ほ本件に付当方に於て尽力すべき儀も有之候はゞ、来示に随ひ如何様にも努力可仕候に付き、御遠慮なく御申越可被下候也(二月二十六日附)
   ○是日ノ栄一ノ日記ニハ外務大臣ト会見ノ記事ナシ。



〔参考〕渋沢栄一書翰 埴原正直宛(明治四五年)二月二五日(DK330020k-0004)
第33巻 p.393-394 ページ画像

渋沢栄一書翰 埴原正直宛(明治四五年)二月二五日 (西野恵之助氏所蔵)
拝啓、爾来益御清適御坐可被成、欣慰之至ニ候、然者玆ニ一書を以て御紹介申上候ハ、西野恵之助と申人ニて、東京ニ成立せる帝国劇場会社之専務取締役として、創立以来独力担当致候ものにて、小生も同様之関係を有し居候ニ付、別而懇親ニ相交り候処、此度欧米旅行思ひ立先以て米国へ罷越候間、貴地参上之際ニハ、大使館へ御伺可申ニ付、何卒御引見被下、相当之便宜御与へ被下候様拝願仕候
其後日米両国之親交ハ、御厚配ニよりて追々適順ニ相進候事と存候、然るニ頃日桑港日本人会より之報道ニハ、目下米国議会ニ現れたる排日議案ハ、頗る懸念すへきものニ付、是非我外務当局者ニ於て充分尽力いたし、消滅ニ帰し申度と申越候、右ニ付而ハ、いまた御本省へ相伺不申義ニ付、事実ハ明了ニ無之候得共、小生等ハ数年来一意両国之親善ニ努力致居候も、何分其効薄くして、時々右等之苦々敷風聞のミ聞込候ハ、実ニ歎息之涯ニ御坐候、此上とも当局諸賢ニ於て御苦配之程祈上候義ニ御坐候
本邦実業界之近状及社会之出来事等まて、西野氏ハ稍通暁致候間、御聞取可被下候、右添書まて、匆々如此御坐候 敬具
 - 第33巻 p.394 -ページ画像 
  二月二十五日 渋沢栄一
    埴原賢台
        坐下



〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第一四七―一五六頁昭和七年二月刊(DK330020k-0005)
第33巻 p.394-398 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕経済評論 第一二巻一六号・第四―五頁大正元年一二月五日 新大統領を歓迎す 男爵渋沢栄一(DK330020k-0006)
第33巻 p.398-399 ページ画像

経済評論 第一二巻一六号・第四―五頁大正元年一二月五日
    新大統領を歓迎す
                   男爵 渋沢栄一
 - 第33巻 p.399 -ページ画像 
自分は、タフト氏と三回、ローズヹルト氏とも一回面会せしことあるも、ウヰルソン氏には一度も面会せしことなし、然れども従来新聞紙の報道並に知人等より得たる限りの材料を以て判断すれば、ウヰルソン氏は二候補者中人格最も高潔なりしを信じ、此人の当選を深く慶賀す、我国は合衆国と特殊の沿革を有する上、貿易上の最大顧客として年々其額の増加しつゝあるは今更言ふ迄もなきが、此友邦の大統領として人格高潔の紳士の当選せしは何よりの事なり、ローズヹルト派進歩党の政綱の詳細は未だ知らざるも、知り得る限りにては西洋流に目的の為には手段を選ばずとの主義を以て熾に活動しつゝあるが如く、東洋流の道徳標準を以てせば、如何にも腑に落ち兼ぬる次第もありたるなり、然るに流石物質的なる米人にも尚正義の観念は消失せず、遂にウヰルソン氏の当選を見るに至りたるは、自分等の如き東洋道徳思想に固まりたるものより見れば、頗る人意を強うするものあり、就ては我政府に望む所は、近時着々我国移民の該地に於て成功し、又移民労力効験の優良争ふべからざる成績に鑑み、当局者は宜しく今後適当の機会を以て合衆国政府と交渉し、本邦人が同化性に欠けたりとの米国人の攻撃を排除するに努むべきなり、而して邦人をして自由に該地に渡航するを得せしめ、彼我の国交を益々敦厚にし国富の増進を図るに尽力せんことを望むに堪へず云々