デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.603-613(DK330074k) ページ画像

大正10年3月10日(1921年)

是日栄一、アメリカ合衆国サン・フランシスコヨリ帰国セル渡辺金蔵ノ来訪ヲ受ケ、カリフォルニア州移民問題ヲ談ズ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK330074k-0001)
第33巻 p.603 ページ画像

渋沢栄一日記 大正一〇年 (渋沢子爵家所蔵)
三月十日 晴 寒
○上略午後三時渡辺金蔵氏来訪ス、米国加州移民問題ニ付種々ノ意見ヲ述ヘラル、蓋シ氏ハ明治四十一二年頃桑港ニ在リテ牛島氏ニ属シテ事業ヲ経営シ、本問題ニハ関係多ク、且其意見モ取ルヘキモノアルニヨリ種々ノ討議ヲ為シ、客春以来ノ経過ヲ示シテ午後五時頃辞去セラレタリ○下略
 - 第33巻 p.604 -ページ画像 


〔参考〕北米合衆国に於ける排日の実状 防長海外協会支部他四団体共編 第一―一五頁(大正一二年)七月刊(DK330074k-0002)
第33巻 p.604-613 ページ画像

北米合衆国に於ける排日の実状 防長海外協会支部他四団体共編
                      第一―一五頁(大正一二年)七月刊
(表紙)
 (別筆)
 大正十二年七月
  北米合衆国に於ける
    排日の実状
         北米合衆国華盛頓州キング郡シヤトル市
                防長海外協会支部
                広島海外協会シヤトル支部
                熊本海外協会シヤトル支部
                華州信濃海外協会
                岡山海外協会シアトル支部

    決議文
現行日米通商条約の主旨に
 「日本国皇帝陛下及亜米利加合衆国大統領は、幸に両国民間に存在する友好親善の関係を鞏固ならしむる事を欲し、而して今後両国間の通商関係を律すべき条規を明確に訂立するは、此の善美なる目的を達するに資すべきを信じ、之が為に通商条約を締結するに決定し」
と有る如く、世界恒久の平和は人類共存の精神に基く正義人道主義によれる国民間の隣善親交の関係に須つや明かなり、而して「此の善美なる目的」の為に締結せられたる本条約は、本年七月十七日を以て満十二年に達すべく、尚ほ予告六ケ月を以て之を改訂し得べき期節に際会せんとす、而して最近我が政府当局の声明するところに拠れば、敢て改訂の意志無く所謂現状維持を以て満足するものゝ如し。
然れども此の間太平洋沿岸各州に於て年々制定せらるゝ排日法、即ち市民たる資格無き外国人に適用する差別的法律は間断無く他の隣州に宣伝せられ、漸次峻厳を極むるに至れり、而して在米廿万の同胞の当然享有すべき権利は勿論存在の自由をも脅追せられ、遂には放逐の運命に遭遇せんとす、而して過去幾星霜を重ねて建設し来れる経済的基礎は、其根底より覆されんとし、日夜不安の念に襲はれつゝあり。斯の如きは国際法より見るも吾等最恵国民として断じて甘受すべからざる差別待遇にして、之れが撤回に対し内国法の保護に由るを得べしと雖も、条約より離れて抗争するときは頗る不利の立場に陥るの止むを得ざるや明かなり。
而して此の日米条約なるものを点検するに、其の主旨の善美なるに反し、内規極めて疎漏欠陥多く、所謂通商航海に関する規定の外、農・工・生産・職業其他最恵国民の享有すべき私権に関する保証無きは遺憾とす、此一大欠陥は常に排日立法者の乗ずるところにして、一日も速に其等を補足改訂せられんことを希望して止まざるもの也。尚之と殆んど同日に締結せられたる日英通商航海条約と比較対照するときは何人と雖も、我が当局は何故に後者の第一条第三項及第四項に於ける「産業・生業・職業其他之等に附帯する一切の事項に付、総て最恵国
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民又は人民と同一の基礎に置かる」べき条項を設定し得ざりし理由を問はんと欲するなるべし、凡そ外交の事たる一国民の希望主張なるものは、其国力の背景如何に負ふ所甚大なるべきは言を俟たずと雖も、対英と対米との間に同日我が国力に於て相違ありと云ふを得ず、且又其の主張主義にして、苛も世界平和に資すべき正義人道に基く者とせば、極力之が貫徹に努むべきは我が当局の重大なる義務責任なりと謂ふべし、爾来我が外交は退嬰謙譲のみを保持し、当然享受すべき我が国民の利権をも放棄することは最恵各国に対する利権の消長に影響するのみならず、国際間に於ける一大不祥事たる悪例を留むるものなり之れ豈に在米廿万の同胞の黙視看過すべき所ならんや。此の秋に当り我が支部は各協会本部の聯合を期し、邦家の為且又在留同胞の為一致の歩調を以て、政府当局をして斯かる不完全なる現行日米条約を改訂し、差別的待遇を停止撤回するの方策を樹て、以て其の目的を貫徹せしむべく左の如く決議す。
 現今太平洋沿岸諸州に制定せらるゝ差別的待遇を目的とする排日法律は、吾等在留同胞が多年奮闘努力して建設せる農工商及び其他の事業を根本的に破滅せんとす、故に速かに現行日米通商航海条約を改訂し、其の欠陥を補足して、農・工・製造・生産・職業其他之れ等に附帯する一切の財産権及び邦人に対する待遇を、最恵国民と均等不偏ならしむる事を期す
  右決議す (大正十二年二月廿五日)
  排日の実状
    緒言
 何故に我等在米同胞は日米条約の改締を熱望する乎、如何なれば我等は是れを政府当局に一任する能はずして、直接故国の朝野に訴へざる可らざる乎、此問題に対して我等は、米国に於ける日本人排斥の実情を披攊するを以て最も捷径であると思ふ、而し在米十有五万の同胞が、今日如何なる迫害を受け、如何なる苦境にあるかを窺知せられ、輿論を喚起して以て政府当局を動されん事を故国人士に懇願して已まず。
    排日の由来
 米国に於て最初日本人排斥の叫びを挙げたるは加州に於ける白人労働者の一群なりき、彼等は日本移民の刻苦精励と生活上の不便苦痛を意とせざる忍耐力とを以て、生活劣等・労働低廉の下級人種となし、此儘にして打捨て置かば彼等の一大脅威となるのみならず、遂には米国の文化を破壊するやも知れずと云ふにあり。
 此傾向を看取したる桑港の一市民オードンネルなる者、一八八六年市吏員の選挙に際し盛んに労働者を煽動し、東洋人殊に日本人の排斥を唱へたり、之れ日本人排斥を政治運動の渦中に投じたる初にして、此運動は失敗に終りたりと雖も、之れより加州に於ける排日は漸次其声を高むるに至れり。
 一九〇五年桑港に於て組織されたる亜細人排斥協会《(亜脱)》は其後間も無く一変して日韓人排斥同盟会となり、有名なる煽動家チバイトモアを会
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長とし、同地に於ける英字新聞と論調を一にし、各労働団体と気脈を通じて旺んに同胞の排斥を絶叫し、更に進んで太平洋沿岸各地より遠く英領加奈陀に迄亘りて支部を設け、日本人排斥に悪辣なる手段を廻らし全力を尽し、延ひて桑港に於ける日本人学童問題起り、日本移民の布哇転航禁止となり、続いて英領加奈陀晩香坡に於ける排日暴動となり、遂に日米紳士協約の締結を見るに至り、日本移民は再渡航者及び在米者の老親・妻子を除く外、新に渡米するを絶対に禁止さるゝ事となりぬ。
    加州排日土地法
 我等は今更排日運動の不合理を説かず、人種的偏見に基く学童問題の是非を論ぜず、等しく是れ合衆国の領土たる布哇より何故日本人のみ自由に合衆本国に渡航し得ざるかに疑念を挟まず、日露戦勝一等国の臣民が北米合衆国に入るは、駱駄が針の穴を潜るよりも猶困難なるに些の異存なしとするも、一九一三年加州に於て制定されたる排日土地法は、法治国たる米国が文明の仮面を着て如何に横暴不法非人道的の悪辣行為を逞ふするかを想はしめたりき。
 従来の排斥運動は一部野心家が民衆に阿諛する卑劣なる叫びとして発せられ、無智なる労働者、悪童等是れに和して暴行をなしたりと雖も、要するに之れ一私人の不法行為の範囲を多く出でず、即ち狂漢の乱暴に類す。
 然るに今や日本人排斥は変人の酔狂にもあらず、無法者の狼藉にも非らずして、実に米国行政府の方針となれり、而も時の我が駐米大使珍田子が事態容易ならずとし、大統領に会見、事情を詳述したる際、大統領ウイルソン氏は是れ純然たる経済問題にして其間何等人種的僻見を意味せず、と云へりしとか、我等は該土地法が経済問題なるか、将た人種問題なるかを知らずと雖も、其動機が在留同胞農夫を掃蕩せんとして起り、実際に於て尠からざる打撃を与へたりしに見て排日的法案と呼ぶに躊躇せず。
 由来加州の地は気候温暖、土地肥沃にして最も農耕に適す、故に此地方在留同胞の多くは農業に従事し、所謂加州の名産たる農産物は同胞農夫に負ふ所少からず、而も農耕の事業は一年半歳の短日月に能く其成功を贏ち得るものに非ずして、少くとも三五年乃至十年の歳月に俟たざる可らず、然るに該土地法は規定して曰はく、帰化し能はざる外国人は絶対に土地所有権なく、其租借期間も亦三年を越ゆるを得ずと、是れ豈同胞農家に取りて一大打撃ならざらんや、誰か又之れを目して我等に同情ある法律といふものぞ。
    一般投票排日案
 排日一派は時勢自党に不利なりし世界大戦中は暫く其声を密め居たるも、隴を得なば蜀を望む、彼等の飽く無き暴虐は大戦終結と共に再び其鋒鋩を現はし来たれり。
 世界大戦終りを告げて間も無き一九一九年、排日運動は加州上院議員フイーラン、インマン等に依りて首唱され、加州排日協会は設立され、在郷軍人団是れが後援となり、ハースト系新聞亦相呼応して、在留同胞の借地権を剥奪する事、日系米国出生児の名義により土地の購
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入を禁ずる事、合衆国移民の入国即ち在留移民の老親、妻子渡米をも絶対に禁止する事、日本人に永久帰化権を附与せざる事、帰化不能の両親による米国出生児には市民権を無効にする事等の議を高唱したり
 是れが為め日本の外務当局にては一九二〇年二月を限り、従来許可し来れる写真結婚を断然禁止して排日運動の緩和を計らんと試みたれど、彼等は更に意とせずして益其勢力を加へ、同年十一月加州総選挙に際し、以前の排日土地法を一層苛酷なるものとしたる法案を一般投票によりて決定し、直ちに其実施を見るに至れり。
 同法の重なる要点を左に挙ぐれば
 一、一九一三年制定の土地法による三年の農業借地権を無効とす。
 一、帰化権無き外国人は、未成年者の財産に対し後見人たる事を得ず。
 一、本法に達反して売買譲与をなしたる不動産は州に没収し、又二人以上共謀にて本法を犯したる時は二ケ年以内の禁錮、五千弗以下の罰金に処す。
 此法一度定まるや、加州に於ける同胞十年の苦心経営に成る農園は故なく没収され、子孫百年の長計を思ふて購入する土地も親として後見管理する事能はず、只州官吏の為すに任する笑止無惨の状、到底虚心坦懐を以て語る能はず。
    排日法対抗運動
 前記排日土地法の実施に先ち、同胞農夫の多くは一時的応急策として三ケ年の借地契約を結ぶと共に、将来永く加州に於て農業に従事せんとせば、収穫歩合分配の契約が同法に抵触せずとの法律的見解に基き、農園主と協議の上此方法によりて、農業を継続する途を講じたる所、加州検事総長は此契約を以て該土地法の精神に戻り、帰化不能の外国人が借地農業に従事する事を禁止せる法律と抵触するものなり、との意見書を発表し、日本人と収穫歩合分配契約を結ぶ者は同法の規定により是れを処罰すべしとの訓令を郡検事に発したり、之れによりて農園主等は同胞と収穫歩合分配の契約をなす事を恐れ、在留同胞の農事に従事する途玆に全く杜絶せんとす。
 されば一九二一年に至り此借地権及び収穫歩合分配契約に関する試訴を提起したる所、収穫歩合分配契約は幸にして同胞側の勝訴に帰したりと雖も、加州検事総長は此判決を以て不当とし、合衆国大審院に上告するか又は土地法の改正を企つべし声明したり、借地権に関しては帰化不能の外国人に対し土地所有権を禁止する以上、夫れに対する借地権の禁止は当然なりとし、同訴訟を破棄したるにより日本人は加州に於て農業に従事せんとするも土地を租借する事能はず、三年の借地権亦今や期限満了に近く、同胞農夫は悉く今後の方針に就いて迷ひつゝあり。
 猶同法に依る、土地を所有する株式会社の株券を帰化不能の外国人が所有する事に関しては一九二二年試訴を提起したるに、此試訴も亦帰化不能の外国人が所有権無き土地を代表する株式の取得なるが故に之れを禁ずと云ふ理由の下に同胞側の敗訴となり、延いては一般市場に売買せらるゝ株式・債券等の有価証券をも買ふ能はざるが如き状態
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となれり。
    華州排日土地法
 前述の如く一九二〇年一般投票に依り加州に於ける排日土地法制定に勢を得たる排日党一派は、沿岸各州に相呼応して起ち、アメリカンリージヨン即ち在郷軍人団と相提携して排日協会を設立し、加州排日土地法同様の法律を制定すべき運動を開始したり、華州に於ては同年十一月シヤトル市なるチンダル、グリーンの両人、人民直接立法の形式に依る外国人土地所有権禁止及び借地権制限の法律を制定すべき意志を華州知事に通ずると共に、規定賛成者の署名を集めたりしも、時恰も年末に際し人心多忙に逐はれて斯かゝる問題に立ち入る者少く、賛成署名所定数に達せずして遂に無効に終る。
 而も排日一派は此失敗に屈せず、一九二一年一月華州議会に同一法案を提出して上下院を通過し、州知事の署名に依り其実施を見るに至れり。
玆に於て華州在留同胞は其不法暴虐を憤ると共に、同法中借地権制限に関する条項は現行日米条約、合衆国及び華州憲法の保障に抵触するものなりとの見解を以て一同胞をして試訴を提起し、同条項を無効ならしむると同時に、該法律一時執行停止命令の発給を請求せしめたり。
 同訴訟の争点を大別すれば
 一、借地権とは不動産に属すべきものか又は動産に属すべきものなりや。
 二、借地権に関し米国市民と外国人との間に差別的法律を制定する権能州権中にありや否や。
 三、華州新定土地法は日本人に対し差別的立法なりや否や。
以上三点にあり。
 然るに合衆国地方裁判所は新定華州土地法実施一時停止命令の発給を拒み、同法は現行日米条約、合衆国及華州の憲法に抵触せずとの判決を下せり。
 華州の地は米国中在留同胞の多数なる事加州に次ぎ、地味豊饒にして農業に適する事加州に譲らず、故に同胞の農業に従事する者少からず、而も今や安んじて其業を継続する能はず、森林を拓き荒野を開墾して、或は馬齢薯《(マヽ)》、林檎の特産地となし、或は苺・蔬菜に特有の農園となしたるもの、一朝にして何等因縁無き白人の所有に帰し、多年の苦心も一片の法文に依りて全く水泡と化す、加之、期限を約して租借する事さへ之れを禁止せらる、我等は敢て此地方開拓に貢献したるの功を誇り、殊更に恩を売らんと欲する者に非らず、而も今日此外人土地法の名に依りて為されつゝある暴状は真に排日を具体化したるものにして、我等は到底憤慨を禁ずる能はず。
    土地没収の訴訟
 華州に於て土地所有権無き同胞は常に米国市民と協同し、株式会社を組織して土地を購入し又は俗に「土地売買契約」と称し、其契約当初土地代金の一部を支払ひ残金は一定の期間に支払ふ事として、契約取定めと同時に其期間土地を使用し得る方法に依り土地を所有せり、
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右の方法により住宅・農園を所有し又は使用する者州内に於て二百五十六件、之れを類別すれば、シアトル市内にて、住宅・ホテル・商店及び工場百五十七件、シアトル市以外の市街宅地・ホテル・商店及び工場二十七件、農園七十二件あり、之れを時価に見積る時は総額凡そ三百五十余万弗にして、農園地面積五千七百三十七英加なり。
 一九二一年六月、華州排日土地法の実施に先だちて在留同胞は各自合法の手続により土地没収の災厄より逃れ、又は借地期間を延長して此法律実施により蒙る可き損害を未然に防がんとしたるも、一九二二年に至り州内キング郡検事は州の名義を以て左の土地没収訴訟を提起せり。
 一、大久保、荒井土地没収事件
 大久保なる人州内ヴエーシヨン島に於て米国出生市民荒井氏と借地契約を結び合法の手続をなして農業に従事し居たる所、同農園は以前大久保氏が購入開墾して莓耕作をなし居たるものなりとの理由により土地没収訴訟を提起され、遂に没収さるゝに至る。
 二、白河農園土地没収事件
 華州タマスに於ける白河農園会社は日系米国出生児が過半数の株券を所有するものなるが、同人父及び其友人が以前其地を購入したる事実に照らし、一種の偽瞞にして州憲法及び法律違反なりとし土地没収の訴訟を提起さる。
 三、楠見、林土地没収事件
 楠見・林の両人は州内レーキシテーに於て養豚業に従事するものなるが、同氏等がエンタープライス投資会社との借地契約は、華州憲法及び外国人土地法を潜るが為めの仮想的契約なりとの下に、土地没収の訴訟を起さる。
 猶此外にシアトル市に於ける蔦川土地没収事件、宮川土地没収事件州内パスコに於ける喰田土地没収事件等あり、蔦川を除く外の二件は悉く同胞側の敗訴となり、其土地は或は没収せられ又は将に没収せられんとす、而して一郡検事の如き近く土地法違反者として約百名の同胞を告発すべしといふ。
 事態斯の如きを以て我等在留同胞は最恵国民とは云ふものゝ、何時如何なる理由の下に生活上の権利を奪はるゝやも計り難く、戦々兢々日夜不安の念に襲はれつゝあり。
    諸州の排日的立法
 排日党は土地法案に於て其意志を貫徹す可き方法を発見したり、而して彼等は是れを加・華両州に試みて成功したり、今や彼等は破竹の勢を以て全米国各州に向つて此立法宣伝を開始し、仮想敵国日米戦争不可避等の口実を設けて世界大戦終結後無聊に苦しむ在郷軍人団を教唆煽動し、日本人の平和的侵略、恐日論等を捏造して盲目的愛国主義の政治家等を説き、往年支那人に試みたると同様の排斥法案を制定せんとし、先づ其前提たる排日土地法の制定に全力を尽しつゝあり、試に其概要を左に列挙すれば。
□オレゴン州 一九二一年下院を通過し、上院にて無期延期となりしが、一九二三年二月遂に上下両院を通過し、同年五月より実施さるゝ
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事となる。
□アイダホ州 一九二一年下院通過、オレゴン州同様上院にて無期延期となりしが、一九二三年二月両院を通過す。
□モンタナ州 一九二一年殆んど満場一致にて下院を通過、一九二三年上院を通過す。
□テキサス州 一九二一年上下両院各別個の排日土地案を通過したるが、其後両院協定会にて折衷案を通過し直ちに実施を見るに至る。
□ネブラスカ州 一九二一年下院を通過したる排日土地法案を、上院にては一般外国人と改めて下院の協賛を得て法律となる。
□アリゾナ州 一九二一年排日土地法に関する憲法修正案を通過し、更に一九二三年排日土地法案の通過を見るに至る。
□コロラド州 一九二一年排日土地法案に関する憲法修正案通過。
□ルイジヤナ州 排日土地法案に関する憲法修正案通過(一九二一年)
□ニユーメキシコ州 一九二一年排日土地法案に関する憲法修正案通過。
□デラウエア州 一九二一年外国人土地所有禁止法案通過直ちに実施
 猶華州にては一九二三年二月、米国出生日系未丁年子女の土地所有は在留同胞の為め信託所有する者と認むる事、及地主が排日土地法を犯したる時の処罰に関する非常識極まる修正案を通過したり。
    肉迫しゝある排日
 斯くて各州制定の外人土地法は日本人をして農園より駆逐しつゝあり、労働者は久しき以前より組合の規定を以て多くは同胞の加入を許さず、随つて労働の領域は著しく制限され、排斥を実現せらる、現に全米に亘り約四百万の会員を有する米国労働総聯盟の如き憲章を以て帰化権なき者の加盟を拒めり、我等在留同胞の頭上高く一般的に被ひかゝれる排日の暗雲既に斯の如し、然らば是れより各種営業其他に関する排日の実状に移らん。
 在留同胞は歳月の経ふるに従ひ、殊に労働方面に於て制限さるゝ為め自然の順序として、洋食店・洗濯業・理髪業・ホテル・小商店等漸次独立営業に着手するに至れり、然るに白人等の追従を許さゞる勤勉努力と此国の風俗習慣に叛く営業振りとは、米国市民の忌む処となり多少排斥の声を聞かざるには非ざりしも、其当時同胞の同業者少なかりしを以て、加州辺に於ける悪童労働者等の暴行を外にしては左したる事もなくして打過ぎたり、而して世界大戦は起り、米国は空前の好景気を現出するや、雑貨商・ホテルを始め其他各方面への同胞の発展は実に目覚しきものあり、其儘大戦終結に至り、戦後の反動漸く起り先の好況は一変して不景気となると共に、白人同業者の反抗運動亦起り、華州シアトル市の如き従来余り排日の声を聞かざりし所にても、遂に市会はホテル・雑貨商・洋食店・青物市場等より同胞を排斥せんとする市令の制定を試みたり、然し反対者多くして其儘立消へとなり只古物商・質屋・桂庵・球場等の営業鑑札下附を同胞に拒めり。
 されば同胞当業者は試訴を起して、古物商・桂庵は其権利を回復したるも、質屋は今猶係争中にあり、球場は遂に同胞側の敗訴に終る、而して一九二二年より同胞温室業者に打撃を与へんとする市場内花屋
 - 第33巻 p.611 -ページ画像 
問題起り、更に一九二三年に入りては同胞雑貨商排斥問題起れり、猶是れと前後してオレゴン州議会にも質屋・球場等の営業鑑札を同胞に下附せざる法案提出され直ちに下院通過を見たり。
 此外加州ホワイトポイントに於ける同胞経営温泉場没収事件あり、華州ヤキマ同胞農夫放逐事件あり。
 ホワイトポイント事件は加州在住の一同胞同所に於て温泉場を経営せんとするも、斯かゝる営業に関し日米条約に何等の明文も無きを以て之れを許可する能はずとし、加州検事総長は其土地没収の起訴を為したり、而して此法律的解釈を拡大せんか遂にはホテル・洋食店・洗濯屋・理髪業を初め現在同胞の従事しつゝある営業の多くは皆其権利を奪はるゝに至らんといふ。
 又ヤキマ事件は米国内務卿の訓令に依り、同地ワバト土人保留地内に於て農業に従事しつゝある同胞は立退かざる可らざるに至れり、蓋し該訓令には同保留地に於て農業に従事する者は米国市民殊に在郷軍人を以て第一とし、帰化不能なる同胞は立入る事を許さずと云ふにあり、其裏面には在郷軍人団の活躍ありて、同地に異常の発展を為したる同胞農夫を駆逐せんが為めなる事今や隠れもなき事実となれり。
 元来ワバト土人保留地はセージブラツシ(艾の一種)の疎生したる砂漠に等しき不毛の荒野なりしが、十数年来漸次同胞の入込みてより荒野は化して良畝となり殊に林檎・芋等の名産地として其名全米国に知らるゝに至り、随つて同胞農家の発展著しきものありしが、内相の訓令一度出でゝ又其地に留まる能はず、涙を飲んで十年奮闘の思ひ出多き地を立退かんとす、而も種々なる事情に依り容易に立去る能はずして逡巡すれば、在郷軍人団の如き市民大会を開きて即刻立退きを迫る、其暴虐無法言語に絶すといふも亦過言に非らず。
 猶最近加州ローサンゼルスに於て排日一派が同胞に立退きを迫り、其住宅に放火したる暴行事件あり、加州に於ては排日運動一般に悪化し来たり、放火暴行の報頻々として伝はる、更にオレゴン州に於ける同胞労働者移住妨害事件あり、南部央州メドフオード附近なる一果実園にては従来白人労働者を雇傭し居たりしが、成績常に思はしからざる為め、同胞労働者を加州方面より呼寄せ白人に代らしめんとしたる所、同地は在郷軍人団及び白衣団と称する米国特有の秘密結社が勢力を有し、排日的色彩濃厚なる所の事とて、商業会議所を始め市民一同一斉に起つて同胞移住に反対の運動を開始し、遂には州知事に迄強硬の申請をなすに至りしを以て、市当局は同果実園会社に警告して同胞労働者呼寄せを一時見合せしめたるにより僅に事無きを得たり。
    帰化訴訟
 排日運動は、固より人種的僻見に基く固陋なる感情の発露なりと雖も、其形となりて現はるゝや現在にては多く法律上の制限となり、而して「帰化し得ざる国民」の語に依りて区別せらる、されば我等にして若し此国に帰化し得るとせば、当然現在の排日的法律は悉く無効とならざるを得ず。
 然るに従来同胞の帰化権は一種の疑問となり居り、現行帰化法は自由白人並にアフリカ人に帰化を許すとあり、日本人は黒白両人種の間
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に介在するものとして帰化証を得たるあり或は拒絶さるゝ者ありて一定せず、是れに依りて小沢帰化訴訟事件は起れり。
 布哇在住小沢孝雄氏は一九一四年ホノルル合衆国地方裁判所に帰化の申請を為したる所、弁論数回の後却下されしを以て、更に桑港なる巡回控訴院に控訴したり、然るに同控訴院は一件書類に就き審議したるも判決を下すを避けて、是れを合衆国大審院に回送したり、爾来五年有余、在留同胞は帰化訴訟委員会を組織し、資金を募りて百方同訴訟を援助し其勝訴を祈りたりしが、一九二二年十一月大審院は判決を下して。
 日本に於て出生したる日本人種は白人種中に包含せられず、仍而帰化権を有せず。
とし、遂に我等の敗訴となりて帰化不能の語に依る凡百の排日的法律は更に其暴威を増すに至れり。
    日米条約の不備
 従来在米同胞は帰化不能者として漠然たる差別的待遇を受けたりと雖も、各州実は其見解を異にして一定せず、只其州の規定に依りて帰化権の有無を論議し来たれるのみなりしが、今や帰化不能の語は消す可らざる同胞面上の烙印となれり。
 されば加州土地法中、合衆国市民たり得る外国人と云ひ、華州土地法中、誠心誠意合衆国市民たらんと欲して其意志を発表したる外国人とあるも、我等は遂に其中に入る能はず、而して夫れ以外の外国人は米国政府と当該外国人の本国との間に存在する現行条約の規定に依りてのみ不動産又は不動産上の権利を保有使用する事を得と云はれ、又は只土地を所有するを得ずと規定さるゝのみにて何等其他に言及されずと雖も、我等は此国に於て既に合衆国市民と同様の保護を受け或は夫れに向つて抗争す可き権利無き事明かとなれり、果して然らば我等在米同胞の依頼する所只日米通商条約の外になし。
 然るに日米条約の規定に依れば、両締盟国の人民は居住及び商業上の借地権を承認すれど、農業等の為めの借地権に関しては何等の規定あるを見ず、故に華州検事総長タムソンの如きは主張して曰はく、
 日米条約締結当時、両締盟国間に農業に関する借地権を与ふる意思ありしか否かは明かならずとするも、之れを日本法律の規定に見るに日本国内にては外国人に対し土地所有権及び借地権に関し差別的法律あるが故に、日米条約締結当時に於ては同条文中に記載せる事項に限り土地貸借を認容せるものと認む可き理由あり。
と、又曰はく、
 現行日米条約の規定によれば農業用地の所有及び借地権に関しては何等明確なる規定明示せられず、従つて普通法の解釈により日米条約は農業用地の借地権を保障したるものに非らずとするを以て至当なりとす、之れを一九一三年制定せる加州土地法規定に見るに、米国に帰化し能はざる外国人に対し三ケ年の借地権を与へたり、当時米国々務省と日本外務省との間に取換はされたる顛末文書に徴するに、同法律は条約に抵触するものに非らずとの見解両国当局の一致する所となれるものゝ如し。
 - 第33巻 p.613 -ページ画像 
と、タコマ市合衆国地方裁判所判事クツシマンも亦同様の意見を発表して、日米条約に於ける不動産に関する規定は現行条約第一条に規定せる物権に限られたるものにして、農業用土地権は一切之れを含まざるものと断定せり。
 此の他桑港地方裁判所判事ヅーリングの意見にも、日米条約の規定は日本国民に対し農園又は其利権の取得・占有・譲与の権利に就いては何等の保障あるなし、とあり、同じく判事モーローも曰はく、日本人は日米両国間の条約に規定なき限り加州内に於て不動産の取得・所有又は譲与をなし能はざる所の外国人なり、本官の見る所を以てすれば現行日米条約中には此件に関し何等規定無きが如し、と。
猶加州よりの土地法に関する試訴弁護の為め合衆国大審院に出廷したる弁護士マーシヤルも曰はく、
 加州外人土地法第二条に、第一条の規定に該当せざる外国人なりと雖も、当該外国人の所属国と合衆国との間に締結せられたる条約の規定により、特殊目的の為め土地及び土地に関する利権の享有を許可せられたる者は此限りに非らず、其他の外国人は然らずとあり、然し予は現行日米条約上日本人に対し第二条の権利特典を承認せられありと断定するものにあらず、と。
 是を以て是れを見れば我等在米同胞に取りて日米条約の不備なる事明白なり、然らば此日米条約の保障の下に我等は安んじて何を托する事を得ん、現行条約改締の必要実に玆にあり。
    条約改締の必要
 斯くて排日派は百尺竿頭猶一歩を進め、米国憲法を修正して米国出生日系子女より市民権を剥奪せんとする議は、議員ジヨンスに依りて唱へられ、又下院移民委員会は日本移民の絶対渡航禁止案を可決したり、而して更に南米ブラジルに於ける日本移民に迄も干渉せんとするに至りては到底常識を以て判断する能はざれど、之れ顕然たる事実にして、猶又支那苦力を布哇に輸入し以て同胞を甘蔗園より駆逐せんと苦肉の陋策をさへ廻らしつゝあり。
 世界一等国民と称する同胞の米国に於ける現状已に斯の如し、而も故国政府は之れを熟知しつゝ、何等の方策にも出でずして粗漏遺算多く、徒らに排日一派に乗ぜらるゝ現行日米条約を其儘再び継続せんとす、此条約改締如何は延いて在米同胞の死活問題なり、諸君の兄弟姉妹は今米国に於て生死の境を彷徨す、一片の義気あらば希くは起つて日米条約改締の叫びを挙げられん事を、四千哩の此方より遥かに切望す。(終)