デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
3款 日米関係委員会
■綱文

第33巻 p.634-635(DK330095k) ページ画像

大正11年10月4日(1922年)

是日、当委員会主催アメリカ合衆国前国務次官エ
 - 第33巻 p.635 -ページ画像 
フ・ビー・ルーミス及ビジェー・ピー・アイリッシュ大佐歓迎晩餐会、東京銀行倶楽部ニ開カル。

栄一病気ノタメ出席セズ。


■資料

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一一年(DK330095k-0001)
第33巻 p.635 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 大正一一年
                    (阪谷子爵家所蔵)
 十一、十、四 銀行クラフニテ日米関係委員、ルーミス氏及アイリシ氏ヲ招待ス、渋沢氏欠席ニ付、金子氏座長タリ、高等委員説ヲ論ス、アイリシ氏ハ賛成ナリ
   ○本章第五節所収「其他ノ外国人接待」大正十一年十月十二日ノ条参照。


(増田明六)日誌 大正一一年(DK330095k-0002)
第33巻 p.635 ページ画像

(増田明六)日誌 大正一一年 (増田正純氏所蔵)
十月四日 木 雨
子爵ニハ加養ノ為メ引籠《(続カ)》キ飛鳥山邸ニ在リテ静養
定刻出勤
午後六時日米関係委員会ニ於テ、桑港日米協会々長ニシテ、ウヰルソン大統領ノ際国務次官タリシ 《(原本欠字)》ルーミス氏及桑港ニアリテ多年親日ノ張本トシテ在留同胞ニ依リテ厚キ尊敬ヲ受ケツヽアル 《(原本欠字)》アイリツシユ氏(両氏ハ先般来々遊中)歓迎晩餐会アリ、子爵御不参ノ為メ金子子爵坐長ト為リ、食事後歓迎ノ辞ヲ陳ヘ、又両氏特ニアイリツシユ氏ヨリ、日米親善ノ必要並排日不当論アリ、十時解《(散脱)》ス
○下略


竜門雑誌 第四一三号・第五四頁大正一一年一〇月 ○ルーミス氏及アイリツシユ氏招待会(DK330095k-0003)
第33巻 p.635 ページ画像

竜門雑誌 第四一三号・第五四頁大正一一年一〇月
○ルーミス氏及アイリツシユ氏招待会 日米関係委員会にては、十月四日午後六時より東京倶楽部《(銀行脱カ)》に於て、今般来朝の米国前国務省次官ヱフ・ビー・ルーミス氏及び親日主義者として知られたるゼー・ピー・アイリツシユ大佐を主賓とし、宮岡恒次郎氏・芝間崙吉氏を陪賓とせる歓迎晩餐会を開催したるが、当日は前記四氏の外、主人側より井上準之助・一宮鈴太郎・服部金太郎・大倉男・金子子・団琢磨・添田寿一・串田万蔵・阪谷男・目賀田男及び服部文四郎・増田明六・小畑久五郎諸氏出席したる由なるが、青淵先生には風邪の為め出席せられざりしと云ふ。