デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
7款 大日本平和協会
■綱文

第35巻 p.517-519(DK350086k) ページ画像

大正4年10月14日(1915年)

是ヨリ先、栄一渡米ヲ決ス。仍ツテ是日、当協会及ビ在日米人平和協会ヨリ成レル日米関係調査委員会ノ主催ニヨリ送別午餐会帝国ホテルニ開カル。栄一出席シテ答辞ヲ述ブ。当協会ハ栄一ニ当協会ノ意見伝達ノコトヲ託ス。


■資料

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年(DK350086k-0001)
第35巻 p.517 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○九月十六日、受松井外務次官公文照会(政合送第四七〇号四年九月十五日付)阪谷副会長宛
 第五回米国平和会議ニ本部委員参列方希望申入ノ件(桑港十月十・十一・十二ノ三日間)
 右ニ付珍田大使来状(八月五日付公第二一三号加藤外務大臣宛)並Arthur D. Call (Acting Secretary of American Peace Society, Colorado Building, Washington D. C.)ヨリ珍田大使ヘ来状(八月四日付)同封(写)
○九月十六日、例会、ボールス、添田、福岡、堀越、渡瀬、山本、為貝、道又
 一、桑港米国平和会ニ付外務次官ヘ答、大隈会長ヨリ謝状(意見ヲモ述ブ)ヲ右会ニ送ルコト
 一、佐竹氏ノ後任ハ森村、原、赤星、古河諸氏ノ内ヲ選ブ事
 一、ウード来状ノ件
 一、ヲスボルン(ニユージーランド新聞記者)ナポレオン、レース(ブラジル紳士)ストージ(牧師)諸招待ノコト
 一、渋沢男米国行ニ付会用ヲ託スルコト
 一、戦後ニ如何ナル進歩アリヤノ談話、今度ハ文明上ニハ何ニモ無カルヘシ


渋沢栄一 日記 大正四年(DK350086k-0002)
第35巻 p.517 ページ画像

渋沢栄一日記 大正四年          (渋沢子爵家所蔵)
十月十四日 曇
○上略正午帝国ホテルニ於テ平和協会開催ノ送別会ニ出席ス、阪谷男・金子子等ノ演説アリ、余モ一場ノ答辞ヲ述フ○下略


(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年(DK350086k-0003)
第35巻 p.517-518 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正四年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○十月十四日、ホテル午餐、渋沢男渡米ニ付、日米問題調査委員其他
 - 第35巻 p.518 -ページ画像 
会合ス、金子子爵ヨリ両国ニテHigh Commission ヲ命ズルノ説アリ、当日出席者渋沢、金子、添田、阪谷、宮岡、福岡、福田、山本(邦之助)、山本、為貝、村上、ガージナー、ボールス、クレメントジヤリング、スタンホルド、ウイクレー等諸氏ナリ、男ニ決議ヲ託ス
○十月廿二日受
 宮岡来状、同氏ヨリ渋沢男渡米ニ付、バトラー氏宛書面写渋沢男ニ送ル○下略
○十月廿三日、渋沢男渡米ニ付過日(十四日)ノ決議文ヲ託ス
   ○本資料第三十三巻所収「第三回米国行」同日ノ条参照。


東京日日新聞 第一三九八五号大正四年一〇月一〇日 ○二次日米関係調査会(DK350086k-0004)
第35巻 p.518 ページ画像

東京日日新聞 第一三九八五号大正四年一〇月一〇日
    ○二次日米関係調査会
大日本平和協会及在日米人平和協会にては来る十四日正午より帝国ホテルに於て、先般特設したる日米関係調査会の第二回を開催し、本月下旬渡米すべき渋沢男を招待して日米両国の懸案(特に二重国籍・帰化法・土地法・教育其他重要問題)に就て研究し、且同男に伝言をも依頼する筈にて当日は左の委員出席すべしと
 △金子子、渋沢男、阪谷男、目賀田男、新渡戸博士、添田博士、姉崎博士、寺尾博士、井深博士、中野武営、山本邦之助、林包明、堀越善重郎、尾崎行雄、渡瀬寅次郎、高田博士、松浦伯、箕浦勝人、江原素六、早川千吉郎、大橋新太郎、鎌田栄吉、福岡秀猪、宮岡博士、島田三郎(以上日本人側)
 △ボールス、ケネデー、クレメント、フレザー、ガーヂナー、オルトマンス博士、ブース、ブレーク、デーリング博士、ゲリー、ヘルプス、スタンフオード、ウヰツクリー、ヱラー、クローズ、其他数氏(以上米人側)


中外商業新報 第一〇五八九号大正四年一〇月一〇日 ○日米関係調査会 渋沢男を招待(DK350086k-0005)
第35巻 p.518 ページ画像

中外商業新報 第一〇五八九号大正四年一〇月一〇日
    ○日米関係調査会
      渋沢男を招待
大日本平和協会及在日米人平和協会に於ては、来る十四日正午より帝国ホテルに於て先般特設したる日米関係調査委員会の第二回を開催し本月下旬渡米の渋沢男を招待して日米両国の懸案特に二重国籍・帰化法土地法・教育其他重要問題に就てに就て研究し、且つ同男に伝言をも依頼する筈にて、当日は左の委員諸氏を出席すべしと
  ○前掲ト同ジ、略ス。


東京日日新聞 第一三九九〇号大正四年一〇月一五日 ○日米研究会午餐会(DK350086k-0006)
第35巻 p.518-519 ページ画像

東京日日新聞 第一三九九〇号大正四年一〇月一五日
    ○日米研究会午餐会
日米両国平和協会員に依り組織せられたる日米事情研究会《(関係調査委員会)》にては、今回渋沢男の渡米を機として二重国籍問題を初め日米両国間の懸案となり居る諸問題に就て会員の意向を纏め、之を米国の有力者に対して、益日米両国の親善を図ることゝなり、十四日正午より帝国ホテルに渋
 - 第35巻 p.519 -ページ画像 
沢男を主賓として午餐会を催し、金子子、福田秀猪、宮岡恒三郎氏等《(宮岡恒次郎)》を初め日米平和協会員出席し、種々協議する所ありたり


中外商業新報 第一〇五九四号大正四年一〇月一五日 ○渋沢男送別会(DK350086k-0007)
第35巻 p.519 ページ画像

中外商業新報 第一〇五九四号大正四年一〇月一五日
    ○渋沢男送別会
大日本平和協会及在日米人平和協会より成る日米関係調査委員会主催の渋沢男渡米送別会は、十四日正午より帝国ホテルに開会、一同午餐を共にしたる後金子子爵開会の辞を述べ、渋沢男の答辞あり、ガジナー、阪谷男、宮岡諸氏の挨拶ありたる後、日米関係調査会日本側の意見を渋沢男より米国側に伝言することゝし、午後三時散会したるが、当日の出席者左の如し
△日本側 金子子爵、堀越善重郎、村上直次郎、宮岡恒次郎、阪谷芳郎男、福岡秀猪、添田寿一、早川千吉郎、松浦伯、新渡戸稲造、山本邦之助、福田錠二
△米人側 ホールスー、デイリング、クレメント、スタンホード、ガチナ、ウツクレー


竜門雑誌 第三三〇号・第八〇―八一頁大正四年一一月 ○両協会の青淵先生送別会(DK350086k-0008)
第35巻 p.519 ページ画像

竜門雑誌 第三三〇号・第八〇―八一頁大正四年一一月
○両協会の青淵先生送別会 大日本平和協会及在日米人平和協会より成る日米関係調査委員会主催の青淵先生渡米送別会は、十月十四日正午帝国ホテルに於て開かれたり。金子子爵開会の辞を述べ、青淵発生の答辞ありたる後、日米関係調査委員会に於ける日本側の意見は、青淵先生より米国側に伝へて貰ふことを依頼して、午後三時散会したる由。
   ○在日米人平和協会ハ明治四十四年富山接三及ビアメリカ合衆国人Blake及ビFrazerノ三人ニテ設立シタルモノニシテ、大日本平和協会ノ補助別働隊ノ働ヲナシ、大日本平和協会ノ事業ヲナス毎ニ之ニ参加シタルモノナリ。(富山接三談話筆記ニ拠ル)