デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
7款 大日本平和協会
■綱文

第35巻 p.537-538(DK350093k) ページ画像

大正8年6月19日(1919年)

是日、当協会役員等東京銀行倶楽部ニ会シテ、朝鮮騒擾事件ニ付懇談ス。栄一出席シテ、金子堅太郎、海軍中将八代六郎ト共ニ、閣僚ヘノ忠言ヲ依頼サル。


■資料

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正八年(DK350093k-0001)
第35巻 p.537 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正八年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○八年六月十九日、銀行クラブニテ六時ヨリ十一時マテ会談ス、ボールス、石坂、川上三氏招待、渋沢、金子、阪谷、八代、佐々木、服部出席ス、金子、渋沢、八代三氏ヨリ閣員ニ忠言ヲ託ス、略解決ノ見込アリト金子氏ノ話アリ、若シ聞カレザレバ更ニ方法ヲ講ズルコト
 ボールス氏ニ米国上院ノ決議トナラザルヨウ注意ス、石坂ヨリ、ミツシヨン調査員派遣トナラザルヨウ注意アリ、金子、ボールスヨリハウス氏ニ書面ヲ出スコト
    結論トシテボールス氏等希望
 日本人ニ於テ同情発表ノコト、救助金寄附ノコト
 鮮人首領ト交渉会談ノコト
 右ハ時機ヲ待ツコト
 又行政方針ヲ文治ニ改ムルコト、外交上ニ於テ米国筋ノ模様並上海仮政府注意ノコト
   ○帰一協会ニ於テモ進言ノコトヲ決議セリ。第三編第一部第六章学術及ビ其他ノ文化事業中「帰一協会」大正八年五月二十六日ノ条参照。
   ○集会日時通知表(大正八年)ニハ六月二十三日内閣総理大臣原敬訪問ノコトヲ記セリ。上掲ノ用件カ。


集会日時通知表 大正八年(DK350093k-0002)
第35巻 p.537 ページ画像

集会日時通知表 大正八年 (渋沢子爵家所蔵)
六月十九日 木 午後六時 ギルバート・ボールス氏招待会(銀行クラブ)
   ○中略。
八月廿七日 水 午前十時 鮮于〓氏来約(飛鳥山邸)
 - 第35巻 p.538 -ページ画像 

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正八年(DK350093k-0003)
第35巻 p.538 ページ画像

(阪谷芳郎)大日本平和協会日記 大正八年
                 (阪谷子爵家所蔵)
○八年七月七日、三月以来ノ騒擾ニヨリ焼毀セラレタル朝鮮ニアル教会堂再建義捐金募集ニ金五十円寄付申込(日本基督教同盟会幹事代理岡崎義孝ノ来状ニ対シテ)
   ○中略。
○八年七月二十二日、夜電話阪井徳太郎氏ニ金子・渋沢二氏ノ如キ名ヲ以テ意見ヲ発表シ、米国上院ノ排日的(山東問題ニ付テ)論者ノ誤論ヲ駁シテハ如何云々
   ○中略。
○八年八月二十五日、鮮干〓来訪《(鮮于〓)》ス、児島中将添書持参、十月国際聯盟会議ノ際ニ於ル一騒キ計画ノ風説ニ付其予防策ヲ斎藤総督ニ申出度添書ヲ求ム、依テ一書ヲ認メ同人ニ託ス、八月廿六日銀行クラブニテ鮮ヲ水野総監○錬太郎ニ引合ス、同所ニテ渋沢男ニ口頭紹介シオキタリ
○八年八月廿六日付ニテ、朝鮮再度騒擾ノ虞アルニ付長文ノ意見書ヲ草シ、児島惣次郎(陸軍中将朝鮮憲兵司令官)ニ贈ル、同氏来状(鮮干〓持参)ニ答フ(二枚次ノ丁ニアリ)○阪谷書状写二枚略ス
   ○中略。
○八年十一月九日、新聞加州知事ステフエンス氏排日法案ノ為ニ議会召集ヲ拒絶ス云々



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK350093k-0004)
第35巻 p.538 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年        (渋沢子爵家所蔵)
四月八日 小雨 寒
○上略四時過又事務所ニ抵リ鮮人鮮干〓氏来話ス○下略