デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
2節 米国加州日本移民排斥問題
8款 日米協会
■綱文

第35巻 p.611-612(DK350127k) ページ画像

大正15年6月2日(1926年)

是日、当協会名誉会長金子堅太郎、去ル五月三十一日アメリカ合衆国大統領カルヴィン・クーリッジノ行ヘル演説ニ関シ栄一ニ書翰ヲ送ル。


■資料

(金子堅太郎)書翰 渋沢栄一(大正一五年)六月二日(DK350127k-0001)
第35巻 p.611-612 ページ画像

(金子堅太郎)書翰 渋沢栄一(大正一五年)六月二日
                    (渋沢子爵家所蔵)
          (栄一墨書)
          十五年六月九日米国大使之午餐会ニ於テ会見之節回答済
           但当日出淵外務次官と会話ニよれハ来書中之新聞紙ハ余り信用すへきものニ無之由
拝啓、先日拝顔之後米国大使ニも度々面会し種々日米問題に関し懇談致し好都合ニ相運居候処、切抜之如き記事和聖東より電報有之大ニ失望致し早速英文之分米大使ニ郵送致置候、我々か堪忍して国民之激昂を押へ居ニも不係、大統領に於て此之如き言辞を公表するに至りてハ
 - 第35巻 p.612 -ページ画像 
将来之計画も水泡ニ帰すへくと憂慮致候、何れ其内拝顔万々可申上候
                          匆々敬具
                         堅太郎
 六月二日
  渋沢子爵
       閣下
市外 王子飛島山 子爵渋沢栄一殿 急親展
〆 神奈川県 三浦郡葉山町 金子堅太郎

(同封新聞切抜)
    クーリツジ大統領日本を当て擦る
      排斥の屈辱を忍べとや
〔ワシントン卅一日電通発電〕アメリカ大統領クーリツジ氏が本日の招魂祭記念日演説の一節において
 「若しアメリカ合衆国の市民を構成する多種の民族中の一人種が、吾人の中から排斥される境遇に陥つた場合に、直ちにその人種の生国の反動的言論を喚起し、公共的声明となつて現はれる時は、仮令それが事実上政府の公式行動を表示するものでなくとも、この種の誤解は両国の親交関係に影響し、且つ通商上に損傷を与へ、惹いては一般的文明の進展を阻止するものである」
と述べたのは、暗に日本に向つて当擦つたものだと当地消息通は見做して居る



〔参考〕(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 昭和四年(DK350127k-0002)
第35巻 p.612 ページ画像

(阪谷芳郎)日米関係委員会日記 昭和四年
                     (阪谷子爵家所蔵)
 四、六、二八 ブラジル移民排斥予防ノ手段如何、渋沢大人ト談ス不日日米協会有志ト相談ノコト
   ○当日ハ丸ノ内仲二十八号館渋沢事務所ニ於テ渋沢家同族会催サレタリ。右ハ同所ニ於ケル談話ナルベシ。