デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
2款 日露協会
■綱文

第36巻 p.12-14(DK360003k) ページ画像

明治44年9月26日(1911年)


 - 第36巻 p.13 -ページ画像 

是日、当協会実業家招待寄付金勧誘ノ打合会華族会館ニ開カル。栄一出席シテ来賓ヲ代表シテ挨拶ヲ述ブ。二十九日、当協会寄付金募集委員会、坂本町東京銀行倶楽部ニ開カレ、栄一出席ス。是ヨリ後屡々会合ヲ重ヌ。


■資料

渋沢栄一 日記 明治四四年(DK360003k-0001)
第36巻 p.13 ページ画像

渋沢栄一 日記 明治四四年         (渋沢子爵家所蔵)
九月二十六日 雨 冷
○上略 午後五時華族会館ニ抵リ日露協会設立ニ付寄附金ノ依頼アリ、寺内伯・後藤男其正副会長トシテ種々ノ事情ヲ述フ、食後九名ノ委員ヲ定メテ別室ニ於テ評議セシニ決定セス、更ニ来ル二十九日ヲ以テ委員会ヲ開キ議決スルトシテ散会ス
○下略
   ○中略。
九月二十九日 雨 冷
○上略 午前十時銀行倶楽部ニ抵リ、日露協会寄附金募集ニ付委員会ヲ開ク、近藤・豊川・添田・高田等ノ諸氏来会スルモ、三井・三菱二家ノ出金額決定後ニ於テ更ニ評議スヘキ事ト決定ス○下略
   ○中略。
十月二十六日 晴 冷
○下略 午前九時半阪本町銀行集会所《(坂本町)》ニ抵リ日露協会寄附金ノ事ニ関シ、益田・豊川・近藤・添田・浜口ノ諸氏ト協議ス○中略 三時事務所ニ於テ○中略 清野長太郎氏来リ日露協会寄附金ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
十一月二日 晴 寒
○上略 十時半後藤男爵ヲ麻布自邸ニ訪ヘ、清野・田中二氏ト共ニ日露協会寄附金ノ事ヲ談話ス○下略
   ○中略。
十一月九日 晴 寒
○上略 午後一時第一銀行ニ抵リテ午飧シ、後、後藤男爵ノ来訪ニ接ス、日露協会寄附金ノ事ヲ談ス○下略
   ○中略。
十一月十三日 晴 寒
○上略 十二時第一銀行ニ抵リテ午飧シ、直ニ銀行集会所ニ抵リテ後藤男爵ト共ニ日露協会寄附金ノ事ヲ協議ス○下略
   ○中略。
十二月五日 晴 寒
○上略 岩崎久弥氏ヲ事務所ニ訪ヘ、日露協会寄附金ノ事ヲ談ス○下略


東京日日新聞 第一二五一一号 明治四四年九月二七日 日露協会招待会(DK360003k-0002)
第36巻 p.13-14 ページ画像

東京日日新聞 第一二五一一号 明治四四年九月二七日
    ○日露協会招待会
日露協会にては廿六日午後五時華族会館に都下の重なる実業家招待会を催せり、来会者は主人側より寺内会長・後藤副会長、倉知・田中・清野・中田の諸氏出席、来賓側よりは
 - 第36巻 p.14 -ページ画像 
 花房義質子・渋沢栄一男・高橋是清男・近藤廉平男・添田寿一・加藤正義・豊川良平・岩原謙三・益田孝・日比谷平左衛門・団琢磨・浅野総一郎・浜口吉右衛門・根津嘉一郎・志村源太郎・原六郎・村井吉兵衛・野沢源次郎・中村是公・高田慎蔵・馬越恭平、池田謙三井上角五郎・大倉粂馬氏
等主客合せて三十六名にして、寺内会長は日露両国親交の必要より説き起して同協会設立の趣旨に及び来会者の入会並に寄附金を希望し、之れに対して渋沢男より来賓を代表して一応の挨拶あり、更に晩餐の席上寺内会長は再び謝辞を述べ渋沢男亦之れに答へ、寄附金の件に関しては協議の結果九名の委員を挙げて之れに任し八時過ぎ散会したり


竜門雑誌 第二八一号・第四五頁 明治四四年一〇月 ○日露協会の協議会(DK360003k-0003)
第36巻 p.14 ページ画像

竜門雑誌 第二八一号・第四五頁 明治四四年一〇月
○日露協会の協議会 九月二十九日正午銀行集会所に於て青淵先生・近藤男・添田寿一・豊川良平・浜口吉右衛門諸氏会合し、日露協会基金寄附に関する件に付き協議したる由。