デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
3款 日印協会
■綱文

第36巻 p.29-33(DK360016k) ページ画像

大正5年5月14日(1916年)

是日、当協会総会、上野精養軒ニ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

日印協会々報 第六号・第一六〇―一六三頁 大正五年六月 会務記事 日印協会総会(DK360016k-0001)
第36巻 p.29-30 ページ画像

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日印協会々報 第一八号 大正五年一二月 印度貿易の過去と将来(本会総会席上に於て) 男爵 渋沢栄一(DK360016k-0002)
第36巻 p.30-32 ページ画像

日印協会々報 第一八号 大正五年一二月
    印度貿易の過去と将来
      (本会総会席上に於て)  男爵 渋沢栄一
 会長、会員及び一堂の閣下諸君。此日印協会の総会に方りまして、私も一言を述べまする光栄を有しましたことを深く喜びます。一般の日印関係に就きましては、只今会頭より頗る意味ある又勇気ある御説を拝聴しまして、最早我々共の申上げることは何にもございませぬ。貿易の関係も理事より先刻数字を挙げて諸君の御聞きに達せられましてございますが、数年の間に丁度此協会の拡大さるゝと同様に日印貿易も大いに発展して参りましたのは洵に喜ばしいことでございます。
 - 第36巻 p.31 -ページ画像 
私は現在此貿易に直接関係を持つて居りませぬが、併し日印貿易最初の関係に就きましては、聊か申上る資格を有して居ります。回顧すれば二十五年前今日此席に居らるゝ会頭大隈伯が外務大臣で御出での時分に、人を印度に派出し何とかして日印の貿易を開きたいと存じまして、私も相当に尽力したのであります。此事に就いては前年の総会に申述べましたことでございますから委しくは申し上げませぬ、略して申しますと、我国当時の貿易と云ふものは、主として輸入を開きたいと云ふので手を著けて行きました。私共が此日印の貿易に対する計劃は寧ろ輸入を目的として大いに貿易を開きたいと希望したのであります。それには即ち印度の棉を日本の紡績事業の原料に致したいと云ふことであつた。其以前は日本の紡績事業は甚だ微々として居つた。加之海運の方も其運びが付かなかつたから、目的は適当であるけれども実務は少しも挙らなかつた。歳移り物変つて先刻貿易の数を承はりますと近年輸入は一億万円以上になつて居ると云ふ。其大多数は即ち棉花の輸入であります。誠に今昔の感に堪へぬ次第であります。
 総体貿易と云ふものは双方の国を益するものであります。日印に就いて云へば、日本も益しますと共に、印度も大いに益するのであります。即ち両者相俟つて共に喜ぶのであります。
 私は常に此の貿易を平和の戦争と人が申すのに強い言葉を以て反対して居ります。貿易は戦争ではござらぬ、戦争と貿易とは全く違ふのであります。勿論或特殊の商業に於ては戦争に類したものがあります即ち日本の東京で云へば兜町とか蠣殻町に株式取引所と米穀取引所と云ふ如きものがある。是等の商売は丁度戦争に似て居る。なぜならば右が勝てば左が負ける、相対して一方が利を得ると一方は失ふ、之は丁度戦争によく似て居る。戦争には両方仕合せだと云ふことは決してありませぬ。一方は仕合せを得れば一方は不幸を受ける。併し一般の商業は之と違ひ、日印の貿易即ち棉を日本に輸入すると云ふことは印度の農業もこれに依つて盛んになると同時に日本の工業も又これに依つて発達して行く、両々相俟つて仕合せである、幸福である。このやり方が即ち国家の富……国家と云ふよりも寧ろ全世界の富を増す方法であります。故に貿易は戦争と違ひますと申したのでございます。
 此際私の頻りに気遣ひますのは、印度の税関が此棉花輸出に課税するといふ噂があることである。これは日本の為めにも印度の為にも大いに憂慮すべきことではなからうかと思つて居ります。唯今理事から報告になつた通り、以前は実に微々たる輸出品であつたのが今年末では七千万と云ふ数字を数へられると云ふ迄に意外に進んで参つた。実にこれは喜ばしいことでありますが、夫れと同時に輸入も又進んで居る。日印協会が各種の方面に力を入れますことは最も希望して止まぬのでありますが、或は陳列品のことにも、又は両方の当業者が団体若くは其他の旅行に就いて相共に交通しまする便宜を与へるとか、各種の方面に是迄も力を入れましたが、私は幸に此の如く段々進歩し来つたる所の日印協会は、尚ほ更に是れ以上の御注意を致されたいと望んで止まぬのであります。一体貿易は第一には運輸、第二には金融、此両点が最も必要であつて、当時棉花の輸入に就いても船と為替と云ふ
 - 第36巻 p.32 -ページ画像 
ことに聊か私共力を添へましたのでございます。今日はそれぞれの道は附いて居りますけれども、併し其当時と較べれば貿易の盛んになつた程完全に船と金融が具備されて居るかと云ふに、当業者たらざる私は詳しく存じませぬが、殊に戦争に対して船腹が不足であると云ふことに就いては最も注意して、出来能ふべくんば日印協会に於ても玆に注意して欲しい。其向き向きの当業者に注意を促すことを怠らぬやうに致し度うございます。又第二には今申上げましたる両国の貿易に対する、例へば課税の程度、輸出税を課する、輸入税を課する、之に就いては当局者も注意は怠らぬでありませうが、此協会の如きは進んで之を防ぎ得べきものは防ぎ、止め得べきものは止めると云ふことに十分なる力が欲しいことゝ思ひます。
 尚私は此場合に本協会が注意して欲しいのは、輸出の盛んになるに就いて輸出者の心得方でございます。えて雑貨の商売などには少し景気が宜しいと、夫れに乗じて所謂粗製濫造と云ふことになり易い。唯今会頭の御説の通り、競争は必要なものである。それも固より善意の競争は好む所でありますけれども、併し悪意の競争は早く之れが防禦を講じなけば相成らぬと思ひます。故に競争には褒むべきものと嫌ふべきものと二者あることは諸君御諒知の通りである。今申す粗製濫造などは或る場合には全体の信用を損じ衰運を来すといふことになる。斯る場合は当協会は十分に注意を加へて其筋に向ひ、又其当業者に向つて憚からず忠告等も致されたいものと思ひます。二十四五年前に日印貿易を企てた当時を回想しますと実に夢のやうで、其当時は印度貿易を論ずるものは殆んど寥々として暁天の星の如き有様であつたのであります。此日本と印度の関係は貿易上に於ては新しうございませうけれども、宗教上から言へば数千年の関係を持つて居る。日本に居りながら今迄は甚だ関係が薄かつたのが、今日此時運を見るに至つたのは実に長生きは致したいもので、先刻会頭は老人は殺されても宜しいと仰せられたが、私も老人の一人であるが、どうぞ殺されること丈は御免を蒙りたいと思ふ位に考へます。斯る喜ばしい場合に於て、尚ほ将来に対しての苦言を呈しますは、これは所謂老人の婆心と申しませう。今申した希望は日印協会員たる者はお互に注意したいのでございますが、どうか互に注意して全体の力を以て悪いことは直し、足らぬことは補ふやうに致し、益々日印両国の為めに世界文明の為めに、総てが幸福を享くるやうに致したいと思ひます。
   ○右ノ英訳文ハJOURNAL OF THE INDO-JAPANESE ASSOCIATION No. 17, April, 1917.ニ掲ゲラレタリ。


中外商業新報 第一〇八〇六号 大正五年五月一五日 日印協会の総会(DK360016k-0003)
第36巻 p.32-33 ページ画像

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東京日日新聞 第一四二〇四号 大正五年五月一六日 日印協会の総会(DK360016k-0004)
第36巻 p.33 ページ画像

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