デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
3款 日印協会
■綱文

第36巻 p.29-33(DK360016k) ページ画像

大正5年5月14日(1916年)

是日、当協会総会、上野精養軒ニ開カル。栄一出席シテ演説ヲナス。


■資料

日印協会々報 第六号・第一六〇―一六三頁 大正五年六月 会務記事 日印協会総会(DK360016k-0001)
第36巻 p.29-30 ページ画像

日印協会々報 第六号・第一六〇―一六三頁 大正五年六月
  会務記事
    ○日印協会総会
 五月十四日午後二時、本会は上野精養軒に於て本年度の総会を催し席上来朝中の印度前市長サー・シヤプルジー・ビー・ブローチヤー氏蘭領東印度政府派遣本邦貿易調査官エム・コルソフ氏及び渋沢男爵、河野農商務大臣の出演を請ひ、兼ねて会頭大隈伯爵の会員一同並に公務上京中の地方長官の招待茶話会を開催せり。当日の出席者左の如し
  安部幸兵衛 ○以下百八十四名氏名略
 午後二時半神田男爵座長席に着き、先づ副島理事の大正四年度会務報告あり、次で会計報告は満場一致之を通過して総会を閉ぢ、それより大隈会頭は起つて当日招待の挨拶に始まり、今回日印協会が日蘭協会と合併したるは、彼我国交の親善並に貿易の発展上、衷心喜びに耐へず、今次の大戦に際して印度国民が独逸の甘言に惑はされず、本国政府に忠実なるは印度全体の為めに大なる幸福と云はざるべからず、由来文明は平和の間に発達するものにして、自国の利益の為めに何物をも犠牲に供せんとする独逸の如きは実に世界文明の敵なり、今回の戦争は切実に我等をして平和的努力の必要を教ゆる者なりとの趣旨を論じ、次で渋沢男爵は、貿易は決して戦争にあらず、戦争は甲乙必ず利害の衝突を生ずるものなれども、貿易は大に其性質を異にし、彼我共に利益を享くるものなり、之を日印貿易に見るに、棉花の輸入は日本の紡績業界に大なる利益を与へ、之と同時に輸出国たる印度の農業
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を隆昌ならしめ、印度の富力を増大しつゝありと述べて、日印貿易の追懐談を試み、更に進んで日本工業家の粗製濫造を戒しめ、次にコルソフ氏は和蘭公使館参事官ペーレン氏の通訳を以て日蘭貿易上に於ける希望を述べ、続て前孟買市長サー・シヤプルジー・ビー・ブローチヤー氏は流暢にして熱烈なる口調を以て、日英同盟は独り日本と英国のみならず、広く世界に対して少からぬ利益を与へたり、今次の戦争に於て印度南洋方面の安全を維持するを得たるは全く日本の恩沢なり大隈伯爵は平和説を唱へられたれども、戦争も時に取つては極めて必要にして、若し永く戦争を見ざる時は、人類の腕衰へ、心の緊張を失ふ、現に日本の如きも日清・日露の大戦により今日の隆盛を贏ち得たるなり、予は現時日本の勃興に就て特に興味を感ずるは、文明の歴史あつて以来、東洋人にして海上に覇を唱へたるは日本民族あるのみなりとの意を述べらる。本会評議員頭本元貞氏鄭重に之が通訳の労を取られたり。
 小憩の後別室に於て立食の宴を張り、席上山上曹源氏は印度人には国民思想の根本をなせる極端性なるもの存し、一方に非常なる楽天家及び快楽主義の者あれば、他方に又非常なる厭世家及び禁欲主義の者あり、然るに釈尊は夙に最も厳しき戒律の一として中道の教を説きたりしに拘らず、今や印度国民の生活にはこの思想は全く廃滅に帰したり、故に日印人の接触益々頻繁を加ふる今日、吾人は宜しくこの点に留意し、日印両国人相互に胸襟を開きてこの欠点の存在を警め且つ之が矯正に努めざるからず、是れ日印両国の親善を計る上に於て最も必要の事なりとの所感を述べられ、次で河野農商務大臣は
『諸君、私は今日演説を致すことになつて居りましたが、どうも身其局に当つて居りまして若し諸君の誤解を招くやうなことでも申上げては甚だ宜しくない故に迂闊なことは申上げられませぬから、演説は御免を蒙つた次第であります。どうぞ悪しからず御諒承を願ひます。今日は洵に盛大なる会に臨んで愉快に考へます。之れよりは愈々進んで日印の関係を密接ならしめなければならぬのであります。之は諸君の十分に御承知のことで私が申す必要はありませぬ。私は今日此盛大なる宴席に臨みまして玆に日印協会の万歳を三唱致したいと考へます。』
 とて本会の万歳を唱へ、会衆一同之に和し、斯くて午後五時過歓を尽して散会を告げり。


日印協会々報 第一八号 大正五年一二月 印度貿易の過去と将来(本会総会席上に於て) 男爵 渋沢栄一(DK360016k-0002)
第36巻 p.30-32 ページ画像

日印協会々報 第一八号 大正五年一二月
    印度貿易の過去と将来
      (本会総会席上に於て)  男爵 渋沢栄一
 会長、会員及び一堂の閣下諸君。此日印協会の総会に方りまして、私も一言を述べまする光栄を有しましたことを深く喜びます。一般の日印関係に就きましては、只今会頭より頗る意味ある又勇気ある御説を拝聴しまして、最早我々共の申上げることは何にもございませぬ。貿易の関係も理事より先刻数字を挙げて諸君の御聞きに達せられましてございますが、数年の間に丁度此協会の拡大さるゝと同様に日印貿易も大いに発展して参りましたのは洵に喜ばしいことでございます。
 - 第36巻 p.31 -ページ画像 
私は現在此貿易に直接関係を持つて居りませぬが、併し日印貿易最初の関係に就きましては、聊か申上る資格を有して居ります。回顧すれば二十五年前今日此席に居らるゝ会頭大隈伯が外務大臣で御出での時分に、人を印度に派出し何とかして日印の貿易を開きたいと存じまして、私も相当に尽力したのであります。此事に就いては前年の総会に申述べましたことでございますから委しくは申し上げませぬ、略して申しますと、我国当時の貿易と云ふものは、主として輸入を開きたいと云ふので手を著けて行きました。私共が此日印の貿易に対する計劃は寧ろ輸入を目的として大いに貿易を開きたいと希望したのであります。それには即ち印度の棉を日本の紡績事業の原料に致したいと云ふことであつた。其以前は日本の紡績事業は甚だ微々として居つた。加之海運の方も其運びが付かなかつたから、目的は適当であるけれども実務は少しも挙らなかつた。歳移り物変つて先刻貿易の数を承はりますと近年輸入は一億万円以上になつて居ると云ふ。其大多数は即ち棉花の輸入であります。誠に今昔の感に堪へぬ次第であります。
 総体貿易と云ふものは双方の国を益するものであります。日印に就いて云へば、日本も益しますと共に、印度も大いに益するのであります。即ち両者相俟つて共に喜ぶのであります。
 私は常に此の貿易を平和の戦争と人が申すのに強い言葉を以て反対して居ります。貿易は戦争ではござらぬ、戦争と貿易とは全く違ふのであります。勿論或特殊の商業に於ては戦争に類したものがあります即ち日本の東京で云へば兜町とか蠣殻町に株式取引所と米穀取引所と云ふ如きものがある。是等の商売は丁度戦争に似て居る。なぜならば右が勝てば左が負ける、相対して一方が利を得ると一方は失ふ、之は丁度戦争によく似て居る。戦争には両方仕合せだと云ふことは決してありませぬ。一方は仕合せを得れば一方は不幸を受ける。併し一般の商業は之と違ひ、日印の貿易即ち棉を日本に輸入すると云ふことは印度の農業もこれに依つて盛んになると同時に日本の工業も又これに依つて発達して行く、両々相俟つて仕合せである、幸福である。このやり方が即ち国家の富……国家と云ふよりも寧ろ全世界の富を増す方法であります。故に貿易は戦争と違ひますと申したのでございます。
 此際私の頻りに気遣ひますのは、印度の税関が此棉花輸出に課税するといふ噂があることである。これは日本の為めにも印度の為にも大いに憂慮すべきことではなからうかと思つて居ります。唯今理事から報告になつた通り、以前は実に微々たる輸出品であつたのが今年末では七千万と云ふ数字を数へられると云ふ迄に意外に進んで参つた。実にこれは喜ばしいことでありますが、夫れと同時に輸入も又進んで居る。日印協会が各種の方面に力を入れますことは最も希望して止まぬのでありますが、或は陳列品のことにも、又は両方の当業者が団体若くは其他の旅行に就いて相共に交通しまする便宜を与へるとか、各種の方面に是迄も力を入れましたが、私は幸に此の如く段々進歩し来つたる所の日印協会は、尚ほ更に是れ以上の御注意を致されたいと望んで止まぬのであります。一体貿易は第一には運輸、第二には金融、此両点が最も必要であつて、当時棉花の輸入に就いても船と為替と云ふ
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ことに聊か私共力を添へましたのでございます。今日はそれぞれの道は附いて居りますけれども、併し其当時と較べれば貿易の盛んになつた程完全に船と金融が具備されて居るかと云ふに、当業者たらざる私は詳しく存じませぬが、殊に戦争に対して船腹が不足であると云ふことに就いては最も注意して、出来能ふべくんば日印協会に於ても玆に注意して欲しい。其向き向きの当業者に注意を促すことを怠らぬやうに致し度うございます。又第二には今申上げましたる両国の貿易に対する、例へば課税の程度、輸出税を課する、輸入税を課する、之に就いては当局者も注意は怠らぬでありませうが、此協会の如きは進んで之を防ぎ得べきものは防ぎ、止め得べきものは止めると云ふことに十分なる力が欲しいことゝ思ひます。
 尚私は此場合に本協会が注意して欲しいのは、輸出の盛んになるに就いて輸出者の心得方でございます。えて雑貨の商売などには少し景気が宜しいと、夫れに乗じて所謂粗製濫造と云ふことになり易い。唯今会頭の御説の通り、競争は必要なものである。それも固より善意の競争は好む所でありますけれども、併し悪意の競争は早く之れが防禦を講じなけば相成らぬと思ひます。故に競争には褒むべきものと嫌ふべきものと二者あることは諸君御諒知の通りである。今申す粗製濫造などは或る場合には全体の信用を損じ衰運を来すといふことになる。斯る場合は当協会は十分に注意を加へて其筋に向ひ、又其当業者に向つて憚からず忠告等も致されたいものと思ひます。二十四五年前に日印貿易を企てた当時を回想しますと実に夢のやうで、其当時は印度貿易を論ずるものは殆んど寥々として暁天の星の如き有様であつたのであります。此日本と印度の関係は貿易上に於ては新しうございませうけれども、宗教上から言へば数千年の関係を持つて居る。日本に居りながら今迄は甚だ関係が薄かつたのが、今日此時運を見るに至つたのは実に長生きは致したいもので、先刻会頭は老人は殺されても宜しいと仰せられたが、私も老人の一人であるが、どうぞ殺されること丈は御免を蒙りたいと思ふ位に考へます。斯る喜ばしい場合に於て、尚ほ将来に対しての苦言を呈しますは、これは所謂老人の婆心と申しませう。今申した希望は日印協会員たる者はお互に注意したいのでございますが、どうか互に注意して全体の力を以て悪いことは直し、足らぬことは補ふやうに致し、益々日印両国の為めに世界文明の為めに、総てが幸福を享くるやうに致したいと思ひます。
   ○右ノ英訳文ハJOURNAL OF THE INDO-JAPANESE ASSOCIATION No. 17, April, 1917.ニ掲ゲラレタリ。


中外商業新報 第一〇八〇六号 大正五年五月一五日 日印協会の総会(DK360016k-0003)
第36巻 p.32-33 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

東京日日新聞 第一四二〇四号 大正五年五月一六日 日印協会の総会(DK360016k-0004)
第36巻 p.33 ページ画像

東京日日新聞 第一四二〇四号 大正五年五月一六日
    ○日印協会の総会
日印協会にては既報の如く十四日午後二時より上野精養軒に於て総会を開催したるが、会頭大隈首相、河野農相、渋沢男、神田乃武男、孟買市長ブローチヤー氏を初め目下上京中なる各地方長官等二百五十余名出席、副島理事の会務報告あり、終つて大隈首相は起つて
   ○演説要旨前掲ニ付略ス。
と述べ、次に渋沢男の演説あり、ブローチヤー氏次で起ち
   ○演説要旨前掲ニ付略ス。
とて大隈伯の平和論を説破し、夫より別室に於て立食の饗応あり、河野農相日印協会の為め万歳を三唱し五時散会せり