デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
3款 日印協会
■綱文

第36巻 p.79-80(DK360033k) ページ画像

大正15年8月28日(1926年)

是ヨリ先、インド実業家アール・ディー・タタ死去ス。是日、当協会会頭栄一ノ名ヲ以テ弔電ヲ発ス。


■資料

日印協会書類 (一)(DK360033k-0001)
第36巻 p.79 ページ画像

日印協会書類 (一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  大正十五年八月廿八日
                      日印協会
    子爵渋沢栄一殿
拝啓、愈御清栄奉賀候、陳者本日左記電報に接し申候に付、不取敢本会々頭の名儀を以て弔意を遺族宛架電致置候間、左様御承知被成下度候、先は右御通知旁得貴意候 敬具
  『アール・デー・タタ氏廿六日巴里ニテ逝去ス』
 - 第36巻 p.80 -ページ画像 


〔参考〕大日本紡績聯合会月報 第四一八号・第三二頁 昭和二年六月 印度故アール・デイ・タタ氏記念教育資金(DK360033k-0002)
第36巻 p.80 ページ画像

大日本紡績聯合会月報 第四一八号・第三二頁 昭和二年六月
    ◎印度故アール・デイ・タタ氏記念教育資金
印度孟買の豪商、故アール・デイ・タタ氏は今より凡そ三十五年の昔日印貿易の幼稚時代に当つての有力なる後援者であつて、日本郵船会社の孟買航路開設を初め、印棉の輸入其他貿易の発展に対し忘れることの出来ぬ人である。昨年六月仏国巴里で客死せられたが、孟買では故人が生前社会的各種の事業に尽瘁せられた功績を記念せんが為め、記念教育資金募集の企図があつた。之を聞いて我国に於ても故人と眤懇の間柄にある帝国棉花の横尾氏、東洋紡績の庄司氏、内外綿の武居氏の三君が専ら斡旋の労を取り夫々醵金を試みた処、故人と友交関係の厚かつた渋沢子爵や児玉正金頭取や大日本紡績聯合会を初め、各方面の旧知友より意外に多数の共鳴者を得、其の額凡そ印貨三万五千留比(邦貨約金弐万八千円)に達したるを以て、近々全部の取纏を了し孟買へ送金する筈だと云ふ。
近時日印間の貿易関係大に発展し、将来も尚益々隆盛ならんとする時に方つて、日印両国の有力者間に此の如き温き情誼の存することは近来の美挙と云ふべく、今後両国の国交上にも少からぬ好結果を齎すものと思はれる。因にアール・デイ・タタ氏は、先年日本政府より日印貿易に貢献した功を頌して勲三等に叙せられた程の大の日本贔負の人である。