デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
4款 支那留学生同情会
■綱文

第36巻 p.88-93(DK360042k) ページ画像

明治44年12月25日(1911年)

是ヨリ先十月、清国ニ第一次革命起リ、本邦在留同国学生、学資ノ杜絶ニヨリ困窮スルモノ多シ。

是日栄一、近藤廉平等数人ト共ニ発起シテ、支那留学生同情会ヲ設立シ、其委員トナル。寄付金四万六千円ヲ集メテ、右学生ニ貸与ス。


■資料

竜門雑誌 第二八四号・第七六―七七頁 明治四五年一月 ○支那留学生同情会創立(DK360042k-0001)
第36巻 p.88 ページ画像

竜門雑誌 第二八四号・第七六―七七頁 明治四五年一月
○支那留学生同情会創立 清国動乱以来本邦在留支那学生にして学費杜絶し廃学の已む可からざるものあるに同情し、今回青淵先生、高橋近藤の各男及三島子、益田孝・中村是公・豊川良平・大倉喜八郎・古市公威・古河虎之助・石渡邦之丞等の諸氏発起人となり支那留学生同情会を設置し、青淵先生、近藤男、益田・豊川の二氏を委員として左の規約の下に学費を貸与すべく、既に去る二十八日迄に如左合計四万五千円の寄附金を得たりと云ふ。
○下略


竜門雑誌 第二八六号・第六六頁 明治四五年三月 ○支那留学生同情会の実況(DK360042k-0002)
第36巻 p.88 ページ画像

竜門雑誌 第二八六号・第六六頁 明治四五年三月
○支那留学生同情会の実況 支那留学生同情会は清国動乱勃発当時青淵先生、近藤男、益田・豊川・山本(条太郎)白岩(竜平)の諸氏発起の下に留学生救助の目的にて成立せしが、其当時は官私費六千人の多数なりしも漸次帰省者を出し、十二月中の在留者僅に五百人内外に減少せり、内品行方正にして貸費の資格を有するものに付其調査を一切各関係学校長及管理者に委任せし結果として、貸費を為したるは十二月分に於て二百四十人、一月分三百二十四人、二月分二百七十四人なりしが、十二月は一人に付き金十円、一月以降は一人に付金二十円の割合にて貸費せり、而して留学生の身元を省別すれば、湖南・広東以外十五省に亘り、又学校別にすれば東京官私立五十一校、地方官私立六校を算せり、但し同情会の救済を受けざるものは僅に百名内外に過ぎず、即其大多数は本国より送金なく、帰省又困難にして、全く同情会の為に無事留学し得たるものなり、右の顛末は支那公使館及び各学校とも協議の上、外務省を煩はし支那各地所在の日本領事を経て其父兄に伝達せしめたるに、昨今父兄より感謝の書状頻々として来り、国交上貢献する処尠なからずと云ふ。


日華学会二十年史 砂田実編 第一一―二一頁 昭和一四年五月刊(DK360042k-0003)
第36巻 p.88-93 ページ画像

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