デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
6款 国際平和義会日本支部
■綱文

第36巻 p.157-159(DK360061k) ページ画像

明治44年12月7日(1911年)

是日、国際平和義会日本支部発会式、帝国ホテルニ挙ゲラル。栄一出席シ、其会頭ニ選バレ、就任ノ辞ヲ述ブ。十一日、当支部主催晩餐会開カレ、栄一出席ス。翌四十五年一月十六日、当支部理事員会、日本倶楽部ニ開カル。同ジク出席シ、将来ノ経営ニ関シテ協議ス。


■資料

竜門雑誌 第二八三号・第四三頁明治四四年一二月 ○国際平和義会日本支部の成立(DK360061k-0001)
第36巻 p.157-158 ページ画像

竜門雑誌  第二八三号・第四三頁明治四四年一二月
○国際平和義会日本支部の成立 国際平和義会々頭ジヨン・ウヱスレー・ヒル氏は、先に来朝以来屡々青淵先生と会し、同会日本支部設置に関する意見を交換し、爾来先生にも尽力せられたる処なるが、機熟して愈去十二月八日午後三時半帝国《(七)》ホテルに於ける会合に於て其成立を告げたり、来会者は米国大使ブライアン氏、会頭ヒル博士、マツコレー博士、青淵先生及び阪谷・神田・菊池の三男爵、其他五十余名にして、阪谷男座長席に着き、佐藤顕理氏より前回の報告ありたる後、役員及び会の宣言書案等を議事に附して、原案の通り可決したり、役員選挙は曩に選ばれたる役員予選委員の提出せる原案其の儘にして、当選者は左の如くなりき。
  会頭    青淵先生  副会頭  菊池大麓
  名誉副会頭 阪谷芳郎
  会計監督  青淵先生  会計主任 矢野恒太
  専任幹事  佐藤顕理
  名誉幹事  本多庸一  神田乃武
  理事    箕浦勝人・徳富猪一郎・矢野恒太・郷隆三郎・中島久万吉・渡辺亨・福島太明・稲田周之助・松山忠二郎・矢部廉・伊達源一郎・高木信威・佐々木多門・山崎俊彦・杉村広太郎
右選任終るや、米国大使は立つて一場の演説を試みたり。
 余は諸君が如何の主義綱領を保持せるかを知らず、然れども諸君の主義が此処に見えたるヒル博士と同じき平和主義なりとせば、誠に堅実なる主義なりと言はざるべからず、蓋し博士は米国大統領タフト氏と極めて親密なる交際あり、従て博士の説く処はタフト氏の意
 - 第36巻 p.158 -ページ画像 
見を示すものと見るを得べし、平和といへばとて、日米両国間の平和の如きは今言ふを要せず、両国間の平和なる関係は動かざること山の如く、長へなること海の如ければなり、之を外にして別に努力を致すべきは階級間の平和、商工業上の利害を異にせる者の間の平和なり、此等の平和を顧ずして、如何ぞ、能く国際の平和を期し得んや、余は大使として日本に留らん間は、独り米国政府の代表者として米国の為に力を尽すのみらなず、日米両国の為となるべき一切の事物に関しては、日本の為にも亦米国の為に尽すと同じ力を尽さんことを期す、云々
と述べたるが、是れブライアン大使が日本に来りて初めて行へる所の演説なり、平和義会の首途に斯ばかり好祝辞あらんやとて阪谷男爵謝辞を述ぶ、之に次で青淵先生就任の辞を述ぶ。
 平和は何人も之を愛好する所、実業界に在る余に於ては殊に然り、思ふに平和を計ると云ふことに二義あり、一は坐して平和を祈るもの、他は積極的に平和を計るものにして、事々物々進歩して止まざる今日の社会にては、平和事業は必ず此の積極的のものならざる可からず、ヒル博士の説く所余の意見と一致せり、之れ予が自ら揣らす、暫く会頭の任に就く所以なり云々。
と述べ尚之より二・三報告ありたる後散会したり。
  ○前回ノ会合ノ記事見当ラズ。


東京日日新聞 第一二五八三号明治四四年一二月八日 ○国際平和議会(DK360061k-0002)
第36巻 p.158 ページ画像

東京日日新聞  第一二五八三号明治四四年一二月八日
    ○国際平和議会
七日午後三時半より、帝国ホテルに於て米国紐育国際平和義会支部設立に関する第二回報告会を開き、阪谷男主宰のもとに渋沢・神田・菊池の三男、新任米国大使ブライアン氏以下五十有余の出席者あり、専務幹事佐藤顕理氏趣意書を朗読し、尚諸般の報告をなし、満場一致の上、支部の事業として通信・研究・出版・講演・仲裁・人事救済・外賓接待・英語実習・会計の各部を設置し、且つこれが実行を期することゝし、左の諸氏を役員に選定し、席上大使ブライアン氏及び渋沢君の平和演説あり、五時散会せり。
 △会頭 渋沢男△副会頭 菊池男△名誉副会頭 阪谷男△専務幹事 佐藤顕理△名誉幹事 本田庸一・神田乃武△会計 渋沢男△会計主任 矢野恒太△理事 箕浦勝人・徳富猪一郎・矢野恒太・郷隆三郎・中島久万吉・渡辺亘《(マヽ)》・福島太明・稲田周之助・松山忠二郎・杉村広太郎・矢部廉・伊達源一郎・高木信威・佐々木多門・山崎俊彦
因に大橋新太郎・馬越恭平・服部金太郎諸氏は、支部設立基本金として各百五十円を寄附せり。
  ○第一回報告会ノ記事見当ラズ。


東京日日新聞 第一二五八七号明治四四年一二月一二日 ○平和義会晩餐会(DK360061k-0003)
第36巻 p.158-159 ページ画像

東京日日新聞  第一二五八七号明治四四年一二月一二日
    ○平和義会晩餐会
今回国際平和義会日本支部成立を告げたるに付、十一日午後七時半より帝国ホテルに晩餐会を開き、渋沢男・近藤男・阪谷男・金子子爵・
 - 第36巻 p.159 -ページ画像 
英米両国大使出席、ヒル博士は過般来朝以来、深厚なる同情を得て意外にも早く支部の組織を見、名誉会頭に松方侯、会頭に渋沢男を戴くに至れるを感謝し、桂公爵よりは平和義会の成立に対する祝辞を寄せ英米両大使より一場の挨拶ありて九時過散会せり


竜門雑誌 第二八四号・第七七頁明治四五年一月 ○平和義会の晩餐会(DK360061k-0004)
第36巻 p.159 ページ画像

竜門雑誌  第二八四号・第七七頁明治四五年一月
○平和義会の晩餐会 国際平和義会日本支部成立を告げしに付き、十二月十一日午後七時半帝国ホテルに晩餐会を開き、青淵先生・金子子・菊池男・阪谷男、英米両国大使等出席、ヒル博士は過般来朝以来、深厚なる同情を得て意外にも早く支部の組織を見、名誉会頭に松方侯、会頭に青淵先生を戴くに至れるを感謝し、桂公よりは支部の成立に対する祝辞を寄せ、英米両大使より一場の挨拶ありて、十二時頃散会したりと云ふ。


渋沢栄一 日記 明治四五年(DK360061k-0005)
第36巻 p.159 ページ画像

渋沢栄一 日記  明治四五年     (渋沢子爵家所蔵)
一月十六日 晴 寒
○上略午前十時日本倶楽部ニ抵リ、平和義会ノ理事員会ヲ開キ、将来ノ経営ニ関シテ種々ノ協議ヲ為ス、佐藤顕理・郷隆三郎、其他数名来会ス○下略