デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
8款 聖路加国際病院
■綱文

第36巻 p.174-179(DK360065k) ページ画像

大正4年3月24日(1915年)

是月八日、首相官邸ニ於テ当病院委員会開カレ、栄一出席シ、次イデ是日同ジク首相官邸ニ委員会開カレ、建設敷地ニツキ経過報告アリ、栄一敷地購入ニ関シテ手続一切ノ委嘱ヲ受ク。爾後引続キ当病院ニツキ尽力ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正四年(DK360065k-0001)
第36巻 p.174-175 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
二月九日 晴
○上略三時総理大臣官舎ニ抵リ、国際病院敷地ノ事ヲ談ス○下略
  ○中略。
三月八日 曇又雨
午前○中略総理大臣官舎ニ抵リ、国際病院敷地ノ事ヲ協議ス、後藤・阪
 - 第36巻 p.175 -ページ画像 
谷氏等来会ス○下略
  ○中略。
三月十六日 晴
午前○中略トエスレル氏及阪井氏等ト国際病院ノ敷地ヲ一覧ス、畢リテ高田商会ニ抵リ釜吉氏ニ会見シテ、大平公司ヨリ国際病院ヘ寄附金ノ事ヲ依頼ス○下略
  ○中略。
三月廿四日 半晴
○上略午後二時過、大隈首相ノ邸ニ於テ国際病院ノ委員会ヲ開ク、米人トイルレス氏来会ス○下略
  ○中略。
五月三日 曇
○上略二時過○中略米人トイスラー・阪井徳太郎二氏来リ、病院敷地ノ事ニ付談話ス○下略
  ○中略。
五月七日 晴
○上略午後三時頃事務所ニ抵リ、米人トイスラー氏・阪井氏来会、病院ノ敷地ニ付協議ス○下略
  ○中略。
五月卅一日 晴
○上略午前○中略国際病院ノ事ニ付、阪井徳太郎氏ヨリ調書ヲ送ラル○下略
  ○中略。
六月十八日 晴
午前○中略阪谷・坂井及《(阪井)》トイスレル氏ト、大木伯ノ所有地ヲ一覧ス、国際病院ノ為メナリ○下略
  ○中略。
六月廿三日 晴
(欄外記事)
 国際病院ノ企望セシ麻布市兵衛町山田氏所有ノ地所ニ付、不用ノ旨ヲ松本忠次郎氏ヘ書通ス
  ○中略。
七月十四日 晴
○上略十時総理大臣官舎ニ抵リ国際病院ヘ寄附金ノ事ヲ協議ス、大倉・大橋・高田・阪井ノ諸氏ト各員ノ引受額ヲ協定シテ十一時半散会ス○下略
  ○中略。
七月十七日 晴
○上略三井同族会ニ抵リテ国際病院寄附金ノ事、其他ノ事ヲ依頼ス○下略


集会日時通知表 大正四年(DK360065k-0002)
第36巻 p.175 ページ画像

集会日時通知表  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
三月八日 月 午前十一時 国際病院ノ件(首相官舎)
  ○中略。
三月廿四日 水 午後二時国際病院ノ件(総○以下脱字)

 - 第36巻 p.176 -ページ画像 

中外商業新報 第一〇三七四号大正四年三月九日 ○国際病院設立協議(DK360065k-0003)
第36巻 p.176 ページ画像

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竜門雑誌 第三二二号・第八六頁大正四年三月 ○国際病院委員会(DK360065k-0004)
第36巻 p.176 ページ画像

竜門雑誌  第三二二号・第八六頁大正四年三月
○国際病院委員会 国際病院設立評議員副会長青淵先生及其他評議員諸氏は、三月九日午前十時《(八)》より大隈首相官邸に参集し、同病院の敷地選定其他に関し協議する所ありし由


中外商業新報 第一〇三九〇号大正四年三月二五日 ○国際病院設立協議(DK360065k-0005)
第36巻 p.176 ページ画像

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竜門雑誌 第三二三号・第四九頁大正四年四月 ○国際病院敷地(DK360065k-0006)
第36巻 p.176 ページ画像

竜門雑誌  第三二三号・第四九頁大正四年四月
○国際病院敷地 国際病院設立委員会は三月二十四日午後二時より、永田町首相官邸に於て開かれたり、当日の出席者は大隈委員会長、青淵先生及阪谷両副委員会長以下各委員にして、詮衡委員阪井徳太郎氏より敷地の候補地選定に関する経過報告あり、右購入手続一切は副委員長青淵先生に委嘱することに決定して、午後三時過散会したる由


中外商業新報 第一〇四七二号大正四年六月一五日 ○国際病院の資金(DK360065k-0007)
第36巻 p.176 ページ画像

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竜門雑誌 第三二六号・第七六頁大正四年七月 ○国際病院資金(DK360065k-0008)
第36巻 p.176-177 ページ画像

竜門雑誌  第三二六号・第七六頁大正四年七月
○国際病院資金 青淵先生が設立評議員たる国際病院設立資金として此程築地聖路加病院長トイスラー氏の紹介に依り、米国より三十万円の寄贈ありたり、病院敷地買収に就ては目下地主と交渉中の由なり、尚ほ曩に宮内省より御下賜されたる五万円は、同病院の基本財産とし
 - 第36巻 p.177 -ページ画像 
て永久に保存せらるべしといふ。


中外商業新報 第一〇五〇二号大正四年七月一五日 ○国際病院委員会(DK360065k-0009)
第36巻 p.177 ページ画像

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渋沢栄一書翰 八十島親徳宛(大正四年)一〇月三〇日(DK360065k-0010)
第36巻 p.177 ページ画像

渋沢栄一書翰  八十島親徳宛(大正四年)一〇月三〇日  (八十島親義氏所蔵)
○本文略ス
  十月三十日              渋沢栄一
    八十島親徳様
         梧下
○中略
 国際病院寄附金之取纏め方、及日曜学校之大会ニ係る寄附金募集之事、阪井氏ヘ御打合被成、阪谷・中野両氏ニ承合之上相運候様、御申通し可被下候
○下略
  ○栄一、大正四年十月二十三日渡米ス。右及ビ以下収録セル書翰・日記ハ旅中ノモノナリ。


渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛(大正四年)一〇月三一日(DK360065k-0011)
第36巻 p.177 ページ画像

渋沢栄一書翰  阪谷芳郎宛(大正四年)一〇月三一日  (阪谷子爵家所蔵)
○上略
出立前種々心配せし国際病院ヘ之寄附金募集之件と、日曜学校大会之後援寄附金之件ハ、中野氏と御協議相成、阪井氏ニ奔走方御依頼被成一方ハ是非とも総額拾五万円ニ満つる様致度、又日曜学校之方も五・六万円ハ必要ニして、其内壱万円余ハ本年ニ払込相成候様いたし候都合ニ御心配被下度候、殊ニ日曜学校之方ハ米人も小崎・鵜飼・川澄之諸氏も、頻ニ老生出立前被申聞候義ニ付、徳義上何とか致し遣し申度と存候、御高配可被下候
○中略
  十月三十一日当賀
                      渋沢栄一
    阪谷芳郎様
        梧下
 尚々琴子其他御一同ヘ宜御伝声可被下候也
阪谷芳郎様 渋沢栄一 親展
春洋丸船中ニ於て 十月三十一日

 - 第36巻 p.178 -ページ画像 

渋沢栄一書翰 阪谷芳郎宛大正四年一一月八日(DK360065k-0012)
第36巻 p.178 ページ画像

渋沢栄一書翰  阪谷芳郎宛大正四年一一月八日      (阪谷子爵家所蔵)
  (別筆)
 「御一覧ノ上ハ小生ヘ御戻ヲ乞
    八十島君 芳郎」
拝啓、航海中極而平安にて一回之船疾もなく、今日ハ桑港到着之筈ニて〓行中、地方を認め候とて乗客甲板上ニ喧噪いたし候有様ニ候
貴方御渾家御清適同族一同も無異消光と遥祝仕候
今回之渡米理由、桑港着之上新聞社員之需ニ応シテ発表候方可然と頭本氏とも打合、別紙写之通り邦文にて老生起草、頭本氏翻訳いたし、今日上陸早々各新聞ニ発表之都合ニ御坐候、此写ハ御覧済ニて穂積ニも御廻し被下、最終ニ八十島へ御示相成、竜門雑誌ニ記載いたし候様御取計可被下候
先状にも申上候神宮奉賛会米国各地方ニ於る献金勧募之事ハ、既ニ布哇ニてハ有田領事及地方之富豪四・五名会同ニて詳細ニ説明致し候而将来充分之尽力いたし呉候筈ニ引合申候、桑港其他米国之各都市ニても同様取扱可申ニ付、領事ある地方ハ向後本会より前段之趣旨御含ニて書通被下度候
曾而御相談せし国際病院へ之寄附金取纏方阪井ニ御申談被下、尚一段之御心配有之度候、又日曜学校大会之事も中野氏と御協議被下候様頼上候
○中略
  大正四年十一月八日
             春洋丸航海中之船室ニ於て
                      渋沢栄一
  阪谷芳郎様
      梧下
 今回も穂積へ出状不仕候、御伝声可被下候、船中之乗客ニ邦人多く日々雑談にて何等韵事等無之候、極而通俗的航海ニ御坐候也
「東京市小石川区原町」 阪谷芳郎様 平信親析
十一月八日 春洋丸船中にて 渋沢栄一


渋沢栄一 日記 大正四年(DK360065k-0013)
第36巻 p.178-179 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正四年        (渋沢子爵家所蔵)
十二月一日 晴
午前七時起床、頃日来ノ風邪未タ全ク愈ヘスシテ入浴スルヲ得ス、洗面衣装ヲ整ヘテ日記ヲ編成ス、午前九時頃ヨリ新聞社員多ク来リテ種種ノ質問アリ○中略午後一時、国際病院ノ件ニ関シトエスレル氏ヨリノ案内ニ応シテ一倶楽部ニ抵リ午飧ス、食卓上主賓ノ演説アリ、商業会議所会頭シスロー氏及商工組合長モルガン氏等来会ス、余モ一場ノ謝
 - 第36巻 p.179 -ページ画像 
詞ヲ述フ○下略
  ○中略。
十二月六日 朝来快晴
午前七時半起床入浴シテ朝飧ヲ食シ後日記ヲ編成ス、華盛頓ハ市街ノ装飾モ市人ノ往来モ紐育ニ比スレハ極テ質素ニシテ且静穏ナリ、午前二・三ノ来人アリ、十一時半珍田大使来ル、直ニ同伴シテ大統領謁見ノ為ホワイト・ハウスニ抵リ、武・正・重遠・頭本氏ヲ合セテ五名謁見ノ事アリ、相坐シテ日本国交親善《(米)》ノ事又ハ国際病院ノ事ヲ談ス、辞シ去リテ国務省ニ抵リランシング国務卿ニ面会シ種々ノ意見ヲ述フ○下略



〔参考〕中外商業新報 第一〇七三九号大正五年三月九日 ○国際病院進捗 予期以上の醵金(DK360065k-0014)
第36巻 p.179 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。