デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
8款 聖路加国際病院
■綱文

第36巻 p.179-181(DK360066k) ページ画像

大正4年9月1日(1915年)

是日、当病院建設日本側委員会会長大隈重信ハ、アメリカ合衆国ロックフェラー研究所長ウィリアム・エッチ・ウエルシュ一行ノ歓迎トルドルフ・ビー・トイスラーノ送別トヲ兼ネ、華族会館ニ於テ午餐会ヲ催ス。栄一出席ス。


■資料

集会日時通知表 大正四年(DK360066k-0001)
第36巻 p.179 ページ画像

集会日時通知表  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
九月一日 水 正午半 トイスラー氏送別会(華族会館)


竜門雑誌 第三二八号・第八一頁大正四年九月 ○ウ博士歓迎会(DK360066k-0002)
第36巻 p.179-180 ページ画像

竜門雑誌  第三二八号・第八一頁大正四年九月
○ウ博士歓迎会 国際病院建設日本側委員会々長大隈伯爵は、過般来朝せしロツクフヘラー研究所長ヘンリー・ウエルシユ博士一行の歓迎と、国際病院建設に関する要務を帯びて渡米せしトイスラー博士の送別を兼ね、九月一日午後〇時三十分より華族会館に招待して、午餐会
 - 第36巻 p.180 -ページ画像 
を催したり、出席者は、主賓たるウエルシユ、バツトリツク、トイスラーの三博士の外、青淵先生、一木内相、高田文相、松井・久保田両次官、井上知事、奥田市長、後藤・阪谷各男爵を首め、左記各実業評議員六十余名にして、定刻直に食堂を開き、デザート・コースに入るや、大隈伯爵は起ちて一場の挨拶を兼ね、大要左の意味の演説を為したり。
 今回ウエルシユ博士一行が、博士諸君と共にロツクフエラー研究所管轄の病院を、支那に建設する計画を以て渡航の序、我国を訪問せられ、玆に一堂の下に歓談を交ゆるの機会を得たるは、余の最も欣幸とする所、此崇高なる目的に対しては、更らに敬意を表すると共に深く遠来の労を謝せざるを得ず
 支那に於ける医薬救療の機関に就ては、夙に吾人の意を致せし所、仍つて曩に同仁会を起し、今や同病院は北京に於て孜々本事業の為め努力しつゝあるが、此国際病院を東洋に建設するに於ては、日本は欧米殊に米国に於ける上下の多大なる賛同の下に、着々進捗しつつあり、而して之に関する要務を帯びて、近く帰国の途に上らんとするトイスラー博士を、此堂に迎へて聊か送別の意を表す
次で新渡戸博士の通訳にて、ウヱルシユ、トイスラー両博士の慇懃なる謝辞あり、別室に於て更に歓談を交へて二時過散会したり。
 三島日銀総裁、井上正金頭取、岩崎・三井両男、安田・大倉・中野・大橋・団・朝吹・豊川・志村・志立・新渡戸・坂井氏等


(阪谷芳郎) 大日本平和協会日記 大正四年(DK360066k-0003)
第36巻 p.180 ページ画像

(阪谷芳郎) 大日本平和協会日記  大正四年
                     (阪谷子爵家所蔵)
○九月一日華族会館午餐 トイスラー氏渡米ニ付送別、外ニロツクフェラー・インスチチュートノウエルシ氏・フレキサー氏一行招待(支那医学校設立委員)
  Dr. William H Welch, Dr. Simon Flexner and Dr. Wallace Buttrick


AN INTERPRETATION OF THE LIFE OF VISCOUNT SHIBUSAWA by KYUGORO OBATA. p.207. Nov., 1937.(DK360066k-0004)
第36巻 p.180-181 ページ画像

AN INTERPRETATION OF THE LIFE OF VISCOUNT SHIBUSAWA by KYUGORO OBATA p. 207. Nov., 1937.
           CHAPTER X
      INTERNATIONAL ACTIVITIES
...... In Washington, an audience with President Wilson was granted to the Viscount, and the President's intercession on behalf of Dr. Teusler of St. Luke's International Medical Center whose cousin was Mrs. Wilson, was to the Viscount a sacred trust which he felt must be fulfilled at any cost. Dr. Teusler was in America at this time busily engaged in raising subscriptions for the building fund of the institution and knew that in the previous year the Viscount, the chairman of the Japanese Advisory Council of St. Luke's International Medical Center, had received in behalf of the institution the gift of fifty thousand
 - 第36巻 p.181 -ページ画像 
 yen from the Imperial Household. President Wilson was no doubt informed of these intimate relations between Dr. Teusler and the Viscount.
  …………



〔参考〕集会日時通知表 大正四年(DK360066k-0005)
第36巻 p.181 ページ画像

集会日時通知表  大正四年      (渋沢子爵家所蔵)
五月三日  月 午後三時  トイスラー、阪井両氏来約(兜町)
  ○中略。
五月七日  金 午後四時半 トイスラー、阪井両氏来約(兜町)
  ○中略。
五月卅一日 月 午前十時  国際病院の件にて阪谷男及阪井氏と御会合(商業会議所)
  ○中略。
六月十八日 金 午前九時  国際病院ノ件(東京クラブ)
  ○中略。
七月十四日 水 午前八時  大隈伯御訪問(早稲田)
        午前九時  国際病院ノ件(総理大臣官邸)



〔参考〕集会日時通知表 大正五年(DK360066k-0006)
第36巻 p.181 ページ画像

集会日時通知表  大正五年      (渋沢子爵家所蔵)
五月三十日 火 午前十時 国際病院ノ件ニ付阪井徳太郎氏
  ○中略。
八月廿九日 火 午後三時 トイスラー氏来約(兜町)



〔参考〕中外商業新報 第一〇九一〇号大正五年八月二五日 ○国際病院設立準備会(DK360066k-0007)
第36巻 p.181 ページ画像

中外商業新報  第一〇九一〇号大正五年八月二五日
○国際病院設立準備会 大隈侯を委員長に、渋沢・後藤両男を副委員長とする東京国際病院日本人側設立準備委員会は、来る九月早々永田町首相官邸に於て開会の筈なるが、此程帰来せる米国側委員築地聖路加病院長トイスラー氏も出席の上、米国に於ける諸般の準備に付、種々報告する由にて、該院長は廿四日午後、常務幹事坂井徳太郎氏を訪問せり