デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2017.12.19

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
8款 聖路加国際病院
■綱文

第36巻 p.181-184(DK360067k) ページ画像

大正6年1月26日(1917年)

是ヨリ先、当病院建設寄附金募集終ル。是日、東京銀行集会所ニ報告会ヲ開キ、席上栄一ヨリ募集ノ経過及ビ会計報告ヲナス。翌二十七日、栄一宮内省ニ出頭、波多野宮相ニ同ジク寄附金募集経過並ニ御下賜金ノ取扱ニツキ報告シ、更メテ御礼執奏方ヲ依頼ス。爾後引続キ当病院ノ為ニ尽力スル所多シ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正六年(DK360067k-0001)
第36巻 p.181-182 ページ画像

渋沢栄一 日記  大正六年      (渋沢子爵家所蔵)
一月二十六日 晴 寒
○上略正午銀行集会所ニ抵リ、国際病院ノ寄附金終了報告会ヲ開キ、食
 - 第36巻 p.182 -ページ画像 
卓上ニテ報告演説ヲ為ス、米国大使・後藤内務大臣等来会ス○下略
  ○此ノ報告会席上ニ於ケル栄一ノ報告演説ノ記録及ビ寄附金募集ノ経過記録ハ、国際病院再度ノ火災ニヨリ、全部焼失セリトノ事ナリ。
  ○募金額ハ大約十万円ナリ、前掲「青淵先生関係事業調」(雨夜譚会編)参照。


集会日時通知表 大正六年(DK360067k-0002)
第36巻 p.182 ページ画像

集会日時通知表  大正六年      (渋沢子爵家所蔵)
一月廿六日 金 正午 国際病院ノ件(銀行集会所)
○中略。
三月三日 土 午前十時 聖路加病院築地敷地検分、トイスラー・阪谷男ト御一所


竜門雑誌 第三四五号・第一〇九頁大正六年二月 ○国際病院寄附金締切(DK360067k-0003)
第36巻 p.182 ページ画像

竜門雑誌  第三四五号・第一〇九頁大正六年二月
○国際病院寄附金締切 別項記載の如く国際病院建設費寄附金は、略略予定額に達したるを以て一先づ締切ることゝし、評議員会副会長たる青淵先生・阪谷男爵・後藤男爵の名に於て、一月二十六日正午より銀行集会所に関係諸氏を招待して報告会を開きたり。青淵先生より寄附金募集の経過並に会計報告あり、之に対し米国大使ガスリー氏は謝辞に兼て将来の希望を述べ、次にトイスラー氏は米国に於て約八十五万円の寄附金を得ること、並に今後百万円募集の見込なる旨を述べ、大倉男爵の謝辞ありて午後二時散会せりといふ。


竜門雑誌 第三四五号・第一〇四頁大正六年二月 ○青淵先生の宮相訪問(DK360067k-0004)
第36巻 p.182 ページ画像

竜門雑誌  第三四五号・第一〇四頁大正六年二月
○青淵先生の宮相訪問 国際病院建設に付ての日本人側評議員会副会長たる青淵先生には、一月二十七日午前十前三十分波多野宮相を宮内省に訪問せられ、同病院建設に関し其敷地購入資金として、予て寄附金募集中の所、予想以上の多額に上りしを以て諸般の経費を差引き、之に曩に御下賜の五万円を加へ、合計十五万八千余円を同月二十六日米国側代表者たる聖路加病院長トイスラー氏に交附せる顛末、並に前記御内帑金御下賜に付、更めて御礼執奏方を依頼せられて退出せられたりとなり。


中外商業新報 第一一一七八号大正六年五月二〇日 ○国際病院敷地決定(DK360067k-0005)
第36巻 p.182 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕AN INTERPRETATION OF THE LIFE OF VISCOUNT SHIBUSAWA by KYUGORO OBATA. p.222. Nov., 1937.(DK360067k-0006)
第36巻 p.182-183 ページ画像

AN INTERPRETATION OF THE LIFE OF VISCOUNT SHIBUSAWA by KYUGORO OBATA p. 222. Nov., 1937.
         CHAPTER X
      INTERNATIONAL ACTIVITIES
......He was now ready to start on the return journey. He wanted to take in New Orleans and thence to proceed toward
 - 第36巻 p.183 -ページ画像 
 Los Angeles. Just on the verge of his departure a telegram reached the Viscount. It was a message sent by Dr. R. B. Teusler of New York, requesting the Viscount to be present at the gathering of the American Advisory Council of St. Luke's International Medical Center. His attendants, including the physician in charge, agreed that it was not wise for the Viscount to go back to New York. But he set his mind to go and took the train for New York to be on time.
  Needless to say that Dr. Teusler was exceedingly pleased to have the Viscount present on this occasion.
  ……………



〔参考〕集会日時通知表 大正七年(DK360067k-0007)
第36巻 p.183 ページ画像

集会日時通知表  大正七年      (渋沢子爵家所蔵)
五月十六日  木 午前十一時 トヰスラ、阪井氏来約(兜町)
  ○中略。
六月廿二日  土 午後三時  トイスラー氏来約(兜町)
  ○中略。
十一月十九日 火 午後六時半 阪井徳太郎氏主催
               ウード氏招待会(ホテル)(略服)
  ○中略。
十一月廿五日 月 午後〇時半 ウード博士招待午餐会



〔参考〕集会日時通知表 大正八年(DK360067k-0008)
第36巻 p.183 ページ画像

集会日時通知表  大正八年      (渋沢子爵家所蔵)
六月三日   火 午後三時半 聖路加病院ヨリ御案内(同病院)
  ○中略。
十一月二十日 木 午後三時  金子子主催トイスラー談話会(華族会館)



〔参考〕集会日時通知表 大正一〇年(DK360067k-0009)
第36巻 p.183 ページ画像

集会日時通知表  大正一〇年      (渋沢子爵家所蔵)
二月廿五日 金 午前十一時 トイスラー氏兜町ニ来約
  ○中略。
四月廿一日 木 午後四時半 トイスラー氏ノ依頼ニヨリ歌舞技座《(伎)》ヘ御出向
  ○中略。
六月八日  水 正午    国際病院評議員会(銀行クラブ)
  ○中略。
六月廿八日 火 午後七時半 トイスラー氏ヨリ御案内(東京クラブ)



〔参考〕集会日時通知表 大正一一年(DK360067k-0010)
第36巻 p.183 ページ画像

集会日時通知表  大正一一年      (渋沢子爵家所蔵)
七月六日 木 午後三時 トイスラー氏来約(兜町)



〔参考〕集会日時通知表 大正一二年(DK360067k-0011)
第36巻 p.183-184 ページ画像

集会日時通知表  大正一二年      (渋沢子爵家所蔵)
二月十三日 火 午後四時  国際病院ノ件ニ付阪井徳太郎氏ト御会談(兜町)
 - 第36巻 p.184 -ページ画像 
  ○中略。
三月三日  土 午後三時  トイスラー氏来約(兜町)
  ○中略。
三月十六日 金 〇時半   聖路加病院評議員会(トイスラー氏宅)
  ○中略。
五月八日  火 午前十一時 ミスター トイスラー来約兜町