デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
12款 財団法人日仏会館
■綱文

第36巻 p.297-300(DK360114k) ページ画像

大正14年5月(1925年)

是月栄一、当会館理事長トシテ先キニ決定ヲ見タル村井吉兵衛別邸ヲ、当会館用トシテ借入ルル件ニツキ、信書ヲ交換シテ賃借条件ヲ相互確認ス。村井ハ来ル六月一日ヨリ三カ年間無料ニテ用立ツベキ旨其他ヲ伝フ。


■資料

(村井吉兵衛)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年五月(DK360114k-0001)
第36巻 p.297 ページ画像

(村井吉兵衛)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年五月 (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓
過般日仏両国文化交換ノ為メ、日仏会館創立ノ御計画ヲ拝承致シ、此企テノ両国学界ニ裨益スル所、頗ル多カルヘキヲ思ヒ衷心慶祝致居候当時復興局ニ用立置候拙者所有ノ洋館ヲ、同会館用トシテ借入度旨御申聞ケ相成リ、幸ヒ同局モ不遠立退ノ都合ト相成居候ニ付、聊カ仏国ニ好意ヲ表スル微衷ニテ、御事業ノ為メ同家屋ヲ御用立テ申上ル事ト致候処、爾後一再ナラス該家屋ノ貸借条件ヲ定メ置度、御同志ニ於テ御希望相成居候由、伝承致候ニ付テハ、該家屋ハ無料ニテ来ル六月一日ヨリ向フ三ケ年間、日仏会館用トシテ御用立申ス事トシ、期限ノ六ケ月前ニ同家屋ノ貸借ヲ継続スルヤ否ヤ、御協定致候事ヲ貴我ノ諒解ト致置度候間、右御承引願上度候、自然之ニ関シ何分ノ御高見御回示被成下候ハヽ幸甚ニ存候、此段奉得貴意候 敬具
  大正十四年五月 日           村井吉兵衛
    日仏会館理事長 子爵渋沢栄一殿
 - 第36巻 p.298 -ページ画像 


日仏会館書類(二) 【(写) 拝復 本月□日付貴翰拝誦、時下益々御健勝奉慶賀候…】(DK360114k-0002)
第36巻 p.298 ページ画像

日仏会館書類(二)           (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝復
本月□日付貴翰拝誦、時下益々御健勝奉慶賀候、陳者先般日仏会館ニ充用スル為メ、貴邸内ノ洋館ヲ拝借致度旨御依頼申出候処、早速御快諾被下御芳志奉感謝候
日仏会館ハ両国文化ノ交換所ニシテ、両国学界ノ接触点ニ有之候処、拝借ノ屋舎ハ結構壮麗ニシテ、高燥幽邃ナル丘上ニ在リ、而シテ其位置帝都ノ中央ト相成居候ヘハ、両国学者ノ会同研鑽ニ便ナル之ニ如クモノ無ク、同志一同ノ満悦トスル所ニ有之候、然ル処従来ノ借料ヲ寛除シ、修繕ニモ多額ノ金員ヲ補助相成候上、更ニ来ル六月一日ヨリ向フ三ケ年ヲ期間トシ、無料ニテ同洋館ヲ貸附セラルヽ事、並ニ期限六ケ月前ニ此貸借ヲ継続スルヤ否ヤヲ協定スル事ヲ、貴我ノ諒解ト致置度旨御照会ニ接シ恐縮ニ堪ヘス、之ニ対シ何等異存無之ハ不及申、寛宏ナル好情ヲ寄セラレ感謝ノ至ニ候、仏国朝野ノ同志モ深ク御好意ヲ感謝致候事ト存候、于玆当会館理事会ヲ代表シ、来示ノ諒解ヲ拝諾シ併セテ深厚ナル謝意ヲ表シ候 敬具
  大正十四年五月 日
               日仏会館理事長
                   子爵渋沢栄一
    村井吉兵衛殿


(村井吉兵衛)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年六月一日(DK360114k-0003)
第36巻 p.298 ページ画像

(村井吉兵衛)書翰 渋沢栄一宛 大正一四年六月一日
                     (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓
過般日仏文化交換ノ為メ、日仏会館創立ノ御計画ヲ拝承致シ、此挙ノ両国学界ニ□《(裨脱)》益スル所、頗ル多カルヘキヲ思ヒ衷心慶祝致居候、当時復興局ニ用立置タル拙者所有ノ洋館ヲ借入度御希望御示シ相成、幸ヒ同局モ不遠立退ノ都合ニ有之候ニ付、仏国ニ対シ聊カ好意ヲ表セントスル微意ニテ、御事業ノ為メ同家屋ヲ御用立申ス事ト致候、就テ御問合越相成候同家屋ノ貸借条件トシテハ、同家屋ハ無料ニテ大正十四年六月一日ヨリ向フ三ケ年間、日仏会館用トシテ御用立申ス事、及ヒ其期限ノ六ケ月前ニ同家屋ノ貸借ヲ継続スルヤ否ヤヲ、御協定スル事ヲ貴我ノ諒解ト致置度候間、右様御了承相願度此段奉得貴意候 敬具
  大正十四年六月一日
                      村井吉兵衛
   日仏会館理事長
    子爵渋沢栄一殿


渋沢栄一書翰 控 村井吉兵衛宛 大正一四年六月二五日(DK360114k-0004)
第36巻 p.298-299 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 村井吉兵衛宛 大正一四年六月二五日 (渋沢子爵家所蔵)
(別筆・太字ハ朱書)
大正十四年六月二十五日付村井吉兵衛氏宛総長親書原稿
拝啓、追日向暑之候賢台益御清適之条奉賀候、老生義客冬より持病之
 - 第36巻 p.299 -ページ画像 
喘息にて今尚ほ籠居致候へとも、頃日来稍軽快ニ付近々外出も出来可申候間御省念可被下候、偖先般ハ特別之御厚意を以て、壮麗完備之御邸宅を臨時日仏会館として御貸与被成下、老生等当事者一同之感謝ハ申上候迄も無之、仏国官民関係之人々も共ニ喜悦致居候趣ニ御坐候、御邸宅向後之措置ニ付而ハ、先頃貴翰に接し候ニ付、古市男爵より本会を代表して御答致置候得共、畢竟平素国家公共之事に御注意深き御精神之流露と別而感佩仕候、依而重複なから老生よりも御挨拶旁拝謝之意を表し度、匆々如此御坐候 敬具
  大正十四年六月二十五日
                      渋沢栄一
   村井吉兵衛様
          研北


(日仏会館)議事録(DK360114k-0005)
第36巻 p.299 ページ画像

(日仏会館)議事録(財団法人日仏会館所蔵)
    報告
四、村井吉兵衛氏ヨリ当会館用トシテ、其所有ノ洋館ヲ本年一月末ヨリ無料ニテ借用シ居リタル所、同氏ハ更メテ本年六月一日ヨリ向フ三ケ年間、同家屋ヲ無料ニテ貸附セラレタリ
   ○右ハ大正十四年六月二十七日評議員会ニ於ケル報告ナリ。栄一出席ス。



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一五年(DK360114k-0006)
第36巻 p.299 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一五年 (渋沢子爵家所蔵)
一月十二日 曇 軽寒
午前七時起床、入浴、朝飧ヲ畢リ、木島孝蔵氏ノ来訪ニ接シ、日仏会館ノ事ニ関シ仏国大使館トノ交渉及仏国ニ於テ買入ルル家具等ニ付談話ス、又会館家屋ノ事モ吉兵衛氏死去ニ付テハ、貞之助氏ト交渉ノ要アルニ付注意ヲ与フ ○下略
   ○中略。
一月二十三日 快晴 寒
○上略 午前十一時半永田町日仏会館ニ抵リ、古市・富井其他ノ理事等ト共ニ、村井貞之助氏ト家屋借入ノ件ニ付、村井吉兵衛没後ノ取扱ニ付協議ス ○中略 食後村井氏ヲ訪ヒ未亡人ニ会見シテ会館ノ事ヲ談ス ○下略



〔参考〕集会日時通知表 大正一五年(DK360114k-0007)
第36巻 p.299 ページ画像

集会日時通知表 大正一五年 (渋沢子爵家所蔵)
一月四日 月 午前十時 故村井吉兵衛氏邸へ御出向
   ○中略。
一月八日 金 午前十時半―十二時 故村井吉兵衛氏告別式(同氏邸)
   ○中略。
一月廿三日 土 午前十一時半 村井貞之助氏ト御会見(日仏会館)



〔参考〕財団法人日仏会館第二回報告(自大正一四年四月一日 至大正一五年三月三一日) 第一頁刊(DK360114k-0008)
第36巻 p.299-300 ページ画像

財団法人日仏会館第二回報告(自大正一四年四月一日 至大正一五年三月三一日) 第一頁刊
    一、会員
○上略
 - 第36巻 p.300 -ページ画像 
一、理事村井吉兵衛氏ハ一月二日○大正一五年 突然長逝セラレタリ、同氏ハ当会館用トシテ所有ノ家屋ヲ貸与シ大ニ創立ヲ援助セラレ、又常ニ本館ノ事業ニ好意ヲ寄セラレタリ、悼惜措ク能ハス、葬儀ノ際ハ花環ヲ捧ケテ弔意ヲ表セリ。