デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
13款 社団法人国際聯盟協会
■綱文

第37巻 p.179-181(DK370037k) ページ画像

昭和2年11月11日(1927年)

是日栄一、当協会会長トシテ、芝区愛宕山ノ東京中央放送局ヨリ、第九回平和記念日ノ記念講演ヲ放送ス。


■資料

集会日時通知表 昭和二年(DK370037k-0001)
第37巻 p.179 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年        (渋沢子爵家所蔵)
十一月十一日 金 午後二時二十分 放送局へ御出向


社団法人国際聯盟協会会務報告 昭和二年度 同協会編 第四四頁昭和三年五月刊(DK370037k-0002)
第37巻 p.179-180 ページ画像

社団法人国際聯盟協会会務報告 昭和二年度 同協会編
                       第四四頁昭和三年五月刊
 - 第37巻 p.180 -ページ画像 
 ○十五、対内宣伝
    ○国際講座(JOAKラヂオ放送)
○上略
十一月十一日 休戦記念日に就て 渋沢栄一氏
○下略
   ○尚、当協会ノ主催ニヨリ、当日東京朝日新聞社ニ於テ「世界大戦休戦第九週年記念大会」開催セラレタリ。栄一ハ出席セズ。


竜門雑誌 第四七一号・第一〇六―一〇八頁昭和二年一二月 ○青淵先生説話集其他 休戦記念日に就て(DK370037k-0003)
第37巻 p.180-181 ページ画像

竜門雑誌 第四七一号・第一〇六―一〇八頁昭和二年一二月
   ○青淵先生説話集其他
    休戦記念日に就て
 私が只今紹介された渋沢栄一であります。昨年の今月今日も、国際聯盟協会の会長として、此場所から、平生の所信と希望の一端とを述べて、大方の御賛同を請ひましたが、実に歳月は流るゝが如くで、玆に世界大戦の第九年目の休戦記念日を迎へ、私も八十八歳となりまして、相替らずの繰言は、殊に御聞き苦しうございませうが、暫時の御辛抱を願ひます。
 皆様も御記憶の如く、世界の大戦は、大正三年六月二十八日墺国の皇儲皇妃が、セルビヤ人の為に暗殺され、其結果、墺国とセルビヤとの国交が険悪になり、再三の外交上の交渉も効を奏せずして、遂に両国開戦の已むなきに立至り、それが導火線となつて、一方独逸は墺国に味方し、他方英・仏・白の諸国はセルビヤを援け、其他の国々も、双方に分れて加勢することゝなり、我が国も英・仏側に加担するに至つて、殆ど世界を挙げて、四ケ年有余相争うたのであります。幸に大正七年十一月十一日に休戦条約が成立し、八年六月ヴエルサイユで平和条約が出来ましたが、其条約には、劈頭第一に国際聯盟規約なるものを掲げて、「締約国は戦争に訴へざるの義務を受諾し、各国政府間の行為を律するの原則を確立し、且厳に条約上の義務を尊重し、以て国際協力を促進し、各国間の平和安寧を完成せんが為に、此国際聯盟を協定す」と定められました。即ち国際紛争を平和的に処理すると云ふことから、更に一歩進んで、締約国は戦争に訴へぬと云ふ義務を持つことになつたので、従来学者間の理想とのみ見做されて居つた国際聯盟なるものが、玆に実現するに至りました、是れは実に驚歎すべき世界の大進化であります、それから大正十年十一月には、米国大統領ハーデイング氏の発議に依つて華府会議が開かれ、海軍比例限定などの条約が出来ましたが、是れ亦嘗てなかつた進展であります、私は日米両国親善の為には、十余年前から微力を尽し来つた関係もあり、殊に華府会議の結果は、直に世界の治乱にも影響するものと考へました処から、私自ら進んで渡米して会議の模様を注視しましたが、幸に円満に協定が成立して、一安心したのであります。而して其際に取残された問題を議する為に、本年六月米国大統領クーリツヂ氏の主催で、ジユネヴアに於て日・英・米三国の会議が開かれましたが、今回は満足の協定を見ることを得なかつたのは、皆様と共に頗る遺憾とする所であります。
 - 第37巻 p.181 -ページ画像 
 そこで私は、昨年の今日も此場所から陳べました所の忠恕と云ふことに就て、更に繰返して申上げたいと思ふのであります。凡そ個人間にもせよ国際間にもせよ、忠恕敬愛の念がなかつたならば、到底協調して行くことは出来ぬのでありまして、此忠恕敬愛と云ふものは、譬へて申さば、機械のきしるのを止める油のやうなものであります、喋喋と申述べますのは、或は無用の弁を弄するの誹もありませうが、私は元来、凡そ道徳と経済とは一致すべきものである。我々人類が社会共通の大法則の下に生息する以上は、単に其身又は其国の利益のみを主として、他人他国の利害を顧みないと云ふことは、正当の道理ではないと思うて居るのであります。況や他を傷害してまでも、自己の利益を図らんとするが如きは、一大罪悪であつて、自然の制裁を受けねばならぬものと信ずるのであります、既に東洋の聖人孔子は、己の欲せざる所、人に施すこと勿れと誡めて居ります。又西洋の先哲にも、同様の誨があると云ふことを聞いて居りますが、誠に今回のジユネヴア会議に就て見ましても、若し三国が国際間の法則を自覚し、忠恕敬愛に重きを置いて、銘々自国の都合ばかりを主張することなく、所謂共存共栄で行かうと思うたならば、自ら交譲妥協の余地があつたであらうと思ふのであります。苟も此忠恕敬愛の心掛がなければ、仮令幾回国際会議を開いても効果がないのみならず、却て各国の間に種々なる不平不満を生ずるの虞があるのであります、故に私は陸海の軍備縮少よりは、先ず自己の心の軍備縮少が根本的必要であると信ずるのであります、人類が自己の利益の為には、兵力に訴へても慾望を達せねば止まぬと云ふ、自我の観念を棄てぬ限りは、真正の平和は望まれぬのであります。
 そこで問題は、各国国民の考を此方面に導き、輿論即ち国民の力を以て、濫りに兵力を用ひ、戦争に依つて慾望を逞くするが如きことのないやうにせねばなりませぬ。然しながら、彼の王陽明の申した通り山中の賊を平ぐるは易く、心中の賊を平ぐるは難いのであります。実に近来世相を観ては、老人の私などは、唯々憂苦に堪へませぬので、衷情已むを得ずして此繰言をなすのでありますから、どうぞ皆様も、此休戦記念日に於て、大戦惨禍の記憶を新にして、心の軍備縮少に努め、世界の平和に御貢献下さることを、希望する次第であります、これで私の御話を終ります。
        (十一月十一日東京放送局にてのラヂオ講話)
   ○右資料ニハ「休戦記念日」ノ名ヲ用ヒタレドモ前例ニヨリ綱文ニハ「平和記念日」ノ名ヲ採レリ。