デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
13款 社団法人国際聯盟協会
■綱文

第37巻 p.243-248(DK370055k) ページ画像

昭和3年12月27日(1928年)

是日栄一、当協会会長トシテ、当協会阿片委員会ノ議定ニ基キ「阿片及痲薬物取締に関する建議書」ヲ内閣総理大臣田中義一・外務大臣田中義一○兼任・内務大臣望月圭介及ビ司法大臣原嘉道ニ提出ス。


■資料

国際聯盟協会報告(二)(DK370055k-0001)
第37巻 p.243-245 ページ画像

国際聯盟協会報告(二)         (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
当協会内に阿片委員会を組織し、阪谷副会長を委員長として、阿片及痲薬問題につき調査を続け居りたりし処、今般阿片の国内取締に関する決定を見たるに付去二十四日張伯苓氏歓迎懇談会に於て、出席の理事の同意を得、之を内閣総理大臣、外務・内務・司法各大臣へ会長名義に於て建議致置候に付、御承知置被下度、此段報告申上候 敬具
  昭和三年十二月二十七日
                      国際聯盟協会
    渋沢会長殿
(写)
    阿片及痲薬物取締に関する建議書
阿片が帝国にとり有する重要性に顧み、本協会は朝野専門家に嘱して阿片委員会を組織し、予てより阿片及痲薬の問題を諸方面より調査し其病弊の救治及阿片に関する一九二四年の協定、一九二五年の条約が効力発生の場合に於て執るべき措置につき、研究を続け来りたる処、今般阿片及痲薬類の国内取締に関し、別紙の措置に出づるの必要を議定仕候に付、此段及建議候 敬具
  昭和三年十二月廿七日
                国際聯盟協会会長
                    子爵 渋沢栄一
    総理 外務
    内務 司法 各大臣
(別紙)
    阿片及痲薬類の国内取締に関する国際聯盟協会決議
一、内地及新領土に於ける阿片及其他の痲薬類取締の為、阿片中央局又は委員会を設け内閣直属機関とすること。
 理由 我国には阿片及其他の痲薬濫用の弊比較的少なく、又台湾に
 - 第37巻 p.244 -ページ画像 
於ける阿片政策の如きは、世界の範たるに係らず、我国は痲薬に関する限り兎角列強の誤解を受くるは、之れが監督の統一機関なきに因る処尠からず、政府も玆に鑑み曩に阿片及其他の痲薬類に関係ある諸官庁間の連絡委員会なるものを設け、事務上の打合せをなし来れりと聞く。然れども阿片其他の痲薬原料の輸入を始め、生産薬品の輸出等に関する実際上の運用に至りては、未だ遺憾の点尠しとせず、従て外列強の疑惑を解くを得ず、内政党者流の利用する処となるの惧あり、是全く権威ある統一機関なきに因るものと信ず、故に前記連絡委員会組織の精神を徹底拡充し、内閣直属の阿片中央局、又は常設阿片中央委員会を設け、関係官庁の官吏及民間の学識経験あるものを、其職員又は委員に任命して、阿片其他痲薬類に関する一般的方針を立てしめ、同時に国際聯盟等に提出する報告等の審査に当らしめ、以て統一せる監督の実を挙ぐるの途に出ずべきこと最も緊要なり。現に北米合衆国の如きは、海牙阿片条約の実施に臨み阿片中央局を設け、専ら国内の痲薬取締を励行することゝなし居れり。又一九二五年の寿府阿片条約に基き、今回国際聯盟に於て新に阿片中央委員会は組織せらるゝを以て、此等と相照応して我国に於ても、国内の阿片及痲薬類の取締を統一する阿片中央機関を新設するは、機宜の方策なりと信ず。
二、刑法の改正に際し阿片煙に関する罪を、一般阿片及痲薬類に属する罪として規定せらるゝ様法制審議会に進言すること。
 理由 我帝国の刑法は夙に阿片煙に関する罪を規定して、阿片吸飲の害毒を未発に防ぎ、阿片法の制定によりて阿片は之を政府の専売とする等、夫々取締の方法を講じ居り、幸に国内に於ては阿片及痲薬類濫用の弊風を防止し得たるも、阿片の吸飲の弊害は阿片煙のみに限らざるに付、煙用以外の阿片濫用者に対しても之を処罰するにあらざれば、其目的を達し得らざるべし、而して痲薬類の濫用は、文化民族の一脅威にして、近年漸く其弊風の瀰蔓せんとするの実例を見るに至れり。我国に於ても今日に於て大に之に戒飭を加へざれば、臍を噛むの悔なしとせず、然るにモルヒネ、コカイン及其等の誘導体等の痲薬類に関しては、内務省令によりて之が取締をなすに過ぎず、而かも多くは対外的規定にして、且其の違反行為に対する罰等も、之を阿片に関する断罪に比するときは、甚だしく権衡を失するものあるやの感あり。
 生阿片及コカ薬を原料として製出せらるゝ諸種の痲薬の濫用は先づ欧米に始まり、支那・印度等に波及せり。殊に欧洲大戦後人心の廃頽は益々痲薬の濫用を甚しからしめ、近時北米に於ては其弊風青少年者にも及び、痲薬耽溺者の数実に百万余と称せらる。一九二七年度に於て米国政府が痲薬取締の為、支出せる費用は百十一万弗余の巨額に上れりと云ふ。蓋し痲薬濫用の如きは享楽主義の一表現に外ならず。近時我国に於ける思想は悪化し、青少年者の間に克己の念は益薄らぎ、徒らに欧米の悪弊を追ふの傾向は愈々甚しからんとす然るに一方には欧洲大戦中、医薬自給の為に興れる製薬業は発展して、痲薬類の生産額も亦激増し、其産額は国内の必需量を遥に超過
 - 第37巻 p.245 -ページ画像 
するに至れり。享楽主義の浸淫と痲薬類の汎濫とは、遂に無智の徒を駆りて痲薬の耽溺者たらしめずと誰か保証し得ん。且又モルヒネコカイン等の濫用によりて生ずる害毒は、遥に阿片の吸飲に勝るものあり。故に其弊の未だ起らざるに先ち、痲薬に関する罪を刑法中に明記し、以て国民に警告を与ふるは、時相に徴し最も緊要なりと信ず。
   ○本款昭和三年二月二十五日ノ条参照。



〔参考〕国際知識 第八巻第一一号・第一―四頁昭和三年一一月 阿片条約批准せらる(DK370055k-0002)
第37巻 p.245-248 ページ画像

国際知識 第八巻第一一号・第一―四頁昭和三年一一月
    阿片条約批准せらる
 海牙の阿片条約に就ては、本誌の本年四月号に一言して置いたが、右条約だけでは阿片の取締を為すに不充分になつたので、一九二三年五月の国際聯盟第五回委員会の席上米国委員は、阿片産物が医薬用・学術用以外の目的の為に、不当に使用せらるゝことを防ぐ為に、生阿片の生産を制限することを提議し、委員会は右の提案及聯盟が既に採択したる方針を実行する為、一、阿片煙膏の使用が一時的に許容せらるゝ国の政府、二、痲薬類の製造国及其原料の生産国を招請し、二つの会議を開くことを理事会に勧告した。かくて第一及第二の阿片会議は、一九二四年十一月寿府に於て開かれたのであるが、第二会議は其属地及領域(租借地又は保護領を含む)に於て、阿片煙膏の使用が認められて居る国、即ち日・英・支・仏・葡・蘭・暹の七ケ国より成り約一ケ月を費して阿片協定を作つた、其要点は左の一、阿片(生阿片及煙膏)の輸入販売及分配は、之を政府の独占とすること、二、未成年者に対する阿片の販売禁止、煙膏の売店及煙館の数を制限し、煙灰の売買を禁止すること、三、阿片の輸出通過及積換に関しては、吸引用阿片を輸入する地方よりの輸出を禁止し、通過積換は輸入国政府の発給したる証明書なき限、之を認めざること、四、其他不正取引の取締の為にする各国関係官庁主任官の間の、直接通信及相互援助等である、第二会議は四十余国の代表者より成り、一九二五年二月に条約を作成した、本会議の主唱者である米国は、第一会議の協定を微温的なりとし会議より脱退し、阿片と最も縁故深き国の一なる支那も、これをよい機会として脱退せるは誠に遺憾である。今条約の要点を掲ぐれば、一、原料たる生阿片及コカ葉に付ては、其生産分配及輸出の有効なる取締を確保する為に法規を制定すること、二、薬品の国内取締に関しては其製造輸出入販売につき許可制度を採用せしむること、三、国際取引に関しては輸出入許可制度の原則を定め、輸出許可証の発給は輸入許可証の提出を要件とし、第三国に於ける通過積換も亦、輸出許可証の謄本の提出を必要とし、其他保税倉庫及自由港に関する規定尚締約国と非締約国との間の取引には事情の許す限、締約国に於て本条約を適用すること、五、理事会の任命する任期五年の委員を以て構成する常設中央委員会の設置、六、本条約の解釈又は適用に関し紛議の生じたる場合は、紛争国は理事会の任命する専門機関に意見を求むること、尚解決せざる時は常設国際司法裁判所に附託すべきことであ
 - 第37巻 p.246 -ページ画像 
る。さて以上の二条約には、各補足的の議定書が附いて居るが、其内容の説明は略するとして、此二条約が実施さるゝに於ては阿片・痲薬類の国際的取締は、従来に比し歩を進むること疑ない、特に常設中央委員会が出来て猶ほ、国際聯盟委任統治委員会の如く公平無私の立場から独立に行動し、締約国が送付する各種痲薬類の輸出入、製造、在庫品、消費高の統計に依り、過度の数量が何れかの国に集積しつゝあること、又は該国が不正取引の中心となるの虞あることを断定するに至る場合には、委員会は聯盟事務総長を通じて当該国の説明を求め、又説明が相当の期間内に与へられざるか不充分なる場合には、委員会は右に関し締約国や理事会の注意を喚起し、又諸国に対し物質の新なる輸出が為されざる様勧告することが出来るから、可なり効能があることゝ思はれる。
 右二条約の内、前者は既に実施せられて居つたが、後者は効力発生の為に要する定則数の批准を得なかつたから、実施せられなかつたが我国が這回右二条約を批准したるが為に、人道的基礎に立脚し各国民の社会的道徳的福祉の増進を目的とする条約が発効することゝなつた阿片の条約位とは言へ、又時に或は之が為に却て迷惑を感ずる人もあるであらうが、然し条約発効の鍵を握る立場にあつた我国が、此条約に生命を与へたことは、従来支那内地に於ける日本人の売薬商は、概ね阿片及モルヒネに関係を有せざるなしと称せらるゝまでに、極めて密接の利害関係を有する物件の取締に関する条約を批准し、去る十月一日支那に於ける阿片及痲酔剤取締令を発布したる、政府の勇断を賞讃せざるを得ぬ。
 つらつら国際条約成立の迹を見るに、締約国の内では批准に敏にして、其実行に粗なるものと、なかなか批准はやらぬが効力が発生したとなれば、徹底之に忠なるものと二類ある様である、今日ではソーでもないが、二十有余年前までは日本人は約束を守らぬとか、商業道徳にかけては支那人に劣るとか、ナンとかカンとか外国人に言はれたもので、遺憾ながら吾人も亦之を反証することが出来なかつた、が然し我国が国を開き外国と条約を結びてより、未だ曾て其条約に違背した例を聞かない、或日本の学者は講演を依頼せられて外国に行つた際、談偶日本人の信用に及んだ時に、日本国が曾て国際条約に違ひしことなきを引証し、個人の組成する国家なる以上、日本人の信用も亦国家の如くならざるべからざるも、封建の余弊が一般的訓練を欠きしが為に、未だ個人の信用が国家のそれの如くならざる場合あるを遺憾とするを述べて、先方の人を納得せしめ得たと言ふことを、或会の席上で同学者が日支両国相違の一として、一米人に話して居るのを側聞した
 成程支那人の商業上約束を守るのは確なものだ。此頃こそ約束した注文品を受取らぬなど言ふことを、新聞紙上に散見する様だが、是は我国に対する不買とか排貨とか言ふので、副因が手伝ふて居るのであるから、一概に言へぬが然し支那人の信用は、支那国が不平等条約廃棄などゝ、正面より出る所に比較すると、正に雲泥の差があると言ふことが出来やう。此点から言ふと支那の国家と言ふものは、必ずしも支那人の集積にあらずと言ふの外ないのであらう、支那が国際条約に
 - 第37巻 p.247 -ページ画像 
違ふことを苦にせざるは、既に第十九世紀初に於ける遣口でも明であつて、一八五六年の英清戦争は実に清国が、一八四二年の英清通商条約を破つた為に起つたのである、情況変更に依り条約を廃棄し得るなどの考と、我国が開港場の外国居留民に対する家屋税に就て、忍び来つた所と比照するときは、我国の国際条約遵守は寧ろ本能的にあらざるかと思はれる。唯後進国の悲哀と言はうか、人道的問題に関する条約になると、概ね被働的である、自ら提唱することを敢てせざるは勿論、代表者を送りて条約会議に参加する場合に於ても、進んでやるよりも、ひつかゝるなからんことを維希ふ如く、成るべく積極的には出ぬ状態である。筆者が曾て国際聯盟の人道問題に関する一諮問委員会に於ける帝国の代表たりし際、日本の批准が遅るる申訳を三回も引続きて、為さゞるを得ざりし有様は、余り恰好のよかりしものにあらざりしと共に、問題が問題だけに日本の真価を疑はしむる嫌あるに想到し、斯る経験は後の我代表に味はせたくなきものと痛感するのである幸に一九二四・五年の阿片会議に於て、我代表の所言が常に議場を指導したりし次第は、代表の選考宜しきを得たると共に、之に関する我国の施設が他を首肯せしむるに足る結果と慶賀に堪えぬ。
 前述せる如く、従来支那奥地への日本人の進出は、売薬商を先駆とし、而して此等の商人で阿片・モルヒネに関係を有せざるものなしと言ふ有様であつた、当局でもむかしはいざ知らず最近に於ては、此等商人の行為が我通商の発展に裨益する所なきのみならず、却て之を妨ぐるものなりと考へつゝも、時に寛仮したる場合もあり、虚偽の表示を以てする阿片痲薬類の対支輸出が、如何に真摯なる本邦人の通商を阻害したるや知るべからず、幸に世人も近時一般に此弊毒を感知したるは、遅れたりと雖亦宜しきを得たるものである。第九回聯盟総会は九月二十四日の会議に於て、第五委員会に於ける英代表の提案、即ち極東に於ける阿片吸飲問題調査の為、特別委員会任命の件を大多数を以て可決せるを始め、斯方面の注意が極東に集注せんとする場合に、条約を批准し取締令を制定し、内外我に備へあるは誠に愉快なる至であつて、聯盟常任理事国の一たる我国は、斯る人道的・社会的方面の事業に関しては引ずらるゝよりも、少損を忍びて彼等に先んじ、指導的地位に立つこそ、軈て我国の信用を増高し帝国の外交に裨益するものたるを信ず。本協会亦阿片及痲薬類の濫用が人類に及す害毒の深刻なるに鑑み之が匡救に着眼し、学識経験両方面に渉り、斯界の権威者に嘱して、曩に会内に阿片委員会を設け目下研討中にあり、此際此時阿片条約発効の報を聞く、際会にあらずして何ぞ。(三、一一、五、奥山)
   ○是年栄一、四月下旬以降自邸ニ於テ専ラ療養ニ努メ、七月下旬ニ及ンデ恢復ス。第七十六回以後第八十二回ニ至ル理事会左ノ如シ。栄一出席セズ。
     回数  月日     会場    議決 要項
   第七十六回 五月十二日  当協会   一、昭和二年度会計決算他
   第七十七回 五月二十九日 〃     一、支那問願に対する本協会の態度
   第七十八回 六月十三日  〃     一、常務につき
   第七十九回 六月二十六日 〃     一、対支出兵に関し協会代表に
 - 第37巻 p.248 -ページ画像 
訓電他
   臨時    七月十二日  工業倶楽部 一、永井松三他歓送迎会
   第八十回  十月二十三日 当協会   一、御大典に際し賀表捧呈の件
   第八十一回 一月十九日  工業倶楽部 一、第十三回聯合会本協会主席代表に関する件他
   第八十二回 四月十三日  当協会   一、昭和四年度予算