デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
15款 ルーヴェン国際事業委員会
■綱文

第37巻 p.395-396(DK370097k) ページ画像

大正15年11月13日(1926年)

是日、ベルギー国日本駐箚特命全権大使バッソン・ピエール、同国皇帝ノ使者トシテ、栄一ヲ飛鳥山邸ニ訪レ、皇帝ヨリ栄一ニ贈ラレタル自署ノ写真ヲ伝達ス。


■資料

竜門雑誌 第四六一号・第六九―七一頁昭和二年二月 白国大使の来訪(DK370097k-0001)
第37巻 p.395-396 ページ画像

竜門雑誌 第四六一号・第六九―七一頁昭和二年二月
    白国大使の来訪
 白耳義大使バツソンピール氏は、十五年十一月十三日午前十時半、白国皇帝陛下のお使として飛鳥山邸に来訪、青淵文庫に於て親しく子爵に白国皇帝自署の御写真を御下賜になつた意を伝へらるゝと共に、種々の談話を交はされた。
大使「子爵には第一に、予てより白国実業界の為め色々御力添を頂き第二にはルーベン大学図書館復興に付て容易ならぬ御尽力を得、第三には最近ストラウス氏来朝の際、種々御世話に相成ましたに就きまして、我皇帝陛下より何か記念になるものを御贈りし度いそれには既に最高勲章も差上げてあること故、此度は自署の御写真をと云ふことになり、私が御使として奉呈に参上致しました。又ルーベン大学の学長も写真を差上げ度いと云ふことでしたから共に持参仕りました」
子爵「いやどうも有難く拝領致します。ルーベン図書館のことに付ては私は何も出来ませず、古市(公威)男爵の驥尾に附して御手伝をしたのに過ぎません」
大使「四・五年前、私はお孫さんの御婚礼の折に此方へ参つたことがあります」
子爵「よく憶へて居りませんが其孫と思ひます。三年ばかり横浜正金銀行に勤め、其銀行の用務で倫敦に参つて居りましたが只今は此方へ帰つて居ります。子供も出来ました。私は六十一年前白耳義へ参り皇帝に拝謁しました、それは私単独でなく徳川民部大輔のお伴をし仏国の博覧会へ行つた折のことで、幸ひ私は民部公子のお伴として御陪食の光栄を得ました。其時のレオポルド皇帝陛下の御言葉を、今でもよく記憶致して居ます。それは民部公子に申されたお言葉でありますが、民部公子は当時十四か五の少年であ
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りましたから「よくおちいさいのに遠い処へ来られました。欧洲の学問をすると云はれますのは結構なことであります。白耳義では何を見られましたか」と尋ねられ「リエージで製鉄所を見て大きいものだと思ひました。又ガラスの製造所を見ましたが珍らしいものであると感じました」と民部公子が答へられると「リエージの製鉄所を見たのはよいことをせられた。仏国に留学せられるなら鉄を盛んに製する国は富み、鉄を多く用ゆる国は強いと云ふことがお判りになるでせうが、貴方が日本へお帰へりになり沢山鉄を使ふ様にせられねばならぬ。そして鉄を買ふのであつたら、白耳義のものをお買ひ下さい。白耳義は小さな国であるが鉄は自慢の産物で、其原料も沢山あつて安いのであります」と頻りに鉄に対する注意を喚起せられました。私達日本人は当時商人を甚だしく卑しんで居りましたから、皇帝自らが斯様な商業の宣伝をせられるのを、不思議に考へたのでありますが、今にして思へば成る程と肯くのであります。実際皇帝の仰せの通りで感嘆する外はありません」
大使「只今子爵御話の皇帝の御言葉通り、白耳義は小さな国であるが鋼鉄は少くありません。日本が今日鉄を沢山用ゆる様になつたのは、子爵の御力ではありませんか」
子爵「私も白国皇帝の御言葉に従ひ、日本で鉄を生産することは原料の関係から困難であつても、出来る丈け沢山使用する国になる様に努力致しましたが、――私も日本の明治維新が今五年程後れて居たら、仏蘭西在留の時期も長くなり、自然通訳なしで御話が出来るようになつたかも知れませぬけれども、誠に僅かな間でしたから単語を多少知つた程度に止りました、此点は常に残念だと思つて居ります。――併し日本としてはあの様な変化があつて、今日に到つたのでありますから、只今斯様な御恩遇に接することの出来るのを、有難い次第であると喜んで居ります」
大使「子爵は中々仏語をよく話されます。御修学になつたのですか、そして御読めになりますか」
子爵「機会もなく、先生もなかつたので読めません。たゞ小学校の本にヂヤンと云ふ子供がお祖母さんに育てられ、兵隊になることを書いたものがあります。それが稍読める位でありまして、動詞の変化が多いから覚へられません」
大使「閣下が仏語の書物に御興味がおありでしたら差上げませう。最近白耳義の美術史を通俗に書いた本が二巻出版せられて、私が持つて居りますからお貸致しませう。一般的に書いてあります。此十五日に赤十字社大会へ御出席になりますか」
子爵「いゝえ出る都合にはなつて居りませぬ」