デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
3節 国際団体及ビ親善事業
17款 日波協会
■綱文

第37巻 p.405-411(DK370100k) ページ画像

大正13年2月4日(1924年)

是日、日波協会設立発会式、華族会館ニ挙行セラル。栄一臨席シ其発起人ニ列ス。翌十四年三月ニ到リ、当協会評議員トナリ、在任歿年ニ及ブ。


■資料

竜門雑誌 第四二六号・第五〇頁大正一三年三月 ○日波協会設立発会式(DK370100k-0001)
第37巻 p.405 ページ画像

竜門雑誌 第四二六号・第五〇頁大正一三年三月
○日波協会設立発会式 後藤新平子・目賀田種太郎男・川上俊彦氏等の発起にかゝる日波協会設立発会式は、二月四日午後二時半より華族会館に於て、平山成信氏司会の下に開催せられ、駐日波蘭公使パテツク氏・青淵先生を始め、官民有志六十余名の出席あり、名誉会頭にパテツク氏を、会頭に目賀田男を、幹事に川上俊彦・大橋新太郎・志村源太郎・倉知鉄吉諸氏を指名して承諾を得、式後茶話会を開き、会頭目賀田男の挨拶に次ぎ、パテツク大使の答辞あり、四時散会せる由。


日波協会設立趣旨並ニ規約 第一―一六頁大正一三年四月刊(DK370100k-0002)
第37巻 p.405-409 ページ画像

日波協会設立趣旨並ニ規約 第一―一六頁大正一三年四月刊
                      (日露協会所蔵)
    日波協会発会式次第
大正十三年二月四日午後三時半、華族会館ニ於テ日波協会発会式ヲ挙行ス、其概要左ノ如シ
先ヅ平山成信氏座長ニ選バレテ、座長席ニ就キ開会ヲ宣シ、直チニ規約議事ニ入ル、阪本釤之助氏ヨリ規約第四条ノ終身会費ノ件ニツキ質問アリ、男爵目賀田種太郎氏ヨリ、本件ハ追テ考慮ノ上適当ニ決定シタキ旨動議アリテ、一同異議ナク賛成ス、其他ノ条項ニ就キテハ規約草案ノ通リ、満場一致ヲ以テ可決セリ、尋テ平山座長ハ規約ニヨリ会頭ノ選挙ヲ諮リ、男爵目賀田種太郎氏満場一致ヲ以テ会頭ニ推薦セラル、仍テ目賀田会頭ハ平山座長ニ代リテ会頭席ニ就キ、別記ノ如キ開会ノ趣旨ヲ述ベ、副会頭ノ推薦ハ後日ニ譲リタキ旨ヲ諮リタルニ、子爵後藤新平氏ヨリ右ハ会頭ニ一任致シテハ如何トノ動議アリ、一同異議ナク賛成ス、次ニ会頭ハ規約ニ依リ本邦駐箚波蘭公使パテツク閣下ヲ名誉会頭ニ推薦シ、尚幹事ニ左記諸氏ヲ指名シタルニ、満場一致ヲ以テ賛同ス、是ニテ議事ヲ終リ別室ニ於テ一同茶菓ノ席ニ就キ、別記ノ如キ会頭及名誉会頭ノ祝辞アリテ午後五時散会セリ。
  会頭             男爵 目賀田種太郎
  名誉会頭              スタニスラス・パテック
  幹事
             (イロハ順)
                    大橋新太郎
                    川上俊彦
                    田中清次郎
                    内山岩太郎
 - 第37巻 p.406 -ページ画像 
                    倉知鉄吉
                    ヘンリー・ザニエフスキー
                    志村源太郎
                    清野長太郎
  発起人氏名(イロハ順)
                    伊東米治郎
                 男爵 伊集院彦吉
                    子爵石黒忠悳
                 子爵 石井菊次郎
                    石井光次郎
                    石村誠一
                    犬塚勝太郎
                    井田守三
                    稲畑勝太郎
                    スタニスラス・パテツク
                    タデウス・ハルトレ
                    堀啓次郎
                    堀内謙介
                    徳川頼貞
                    東郷茂徳
                    ステフアン・ルビエンスキー
                    大橋新太郎
                    大谷光瑞
                    渡辺直達
                    川上俊彦
                    川島信太郎
                    金谷範三
                    米内光政
                    田中都吉
                    田中清次郎
                    竹下勇
                    中島正武
                 伯爵 内田康哉
                    内山岩太郎
                    倉知鉄吉
                    山脇正隆
                 子爵 牧野伸顕
                 侯爵 前田利為
                 男爵 松井慶四郎
                    松平恒雄
                 男爵 船越光之丞
                    藤山雷太
                 子爵 後藤新平
                 侯爵 小村欣一
 - 第37巻 p.407 -ページ画像 
                    蘆田均
                 男爵 安保清種
                    阪本釤之助
                    ヘンリー・ザニエフスキー
                    佐藤尚武
                 男爵 目賀田種太郎
                 伯爵 溝口直亮
                    宮川船夫
                 子爵 渋沢栄一
                    志村源太郎
                    重光葵
                    下村宏
                 男爵 平山成信
                    平沼騏一郎
                    広田弘毅
                    ミハエル・モシチッキー
                    清野長太郎
                    ゼダノウイチ
    日波協会規約
第一条 本会ハ日波協会ト称シ之ヲ東京ニ置ク
第二条 本会ハ波蘭ノ学術及事情ノ研究ヲ奨励シ、且ツ日波両国ノ交誼ヲ増進スルヲ目的トス
第三条 本会ノ会員ハ左ノ三種トス
     一 通常会員
     一 特別会員
     一 名誉会員
      通常会員ハ本会ノ目的ニ同意シ、会員二名以上ノ紹介ヲ以テ入会ヲ申込ミ、会頭ノ承諾ヲ経タルモノトス
      特別会員ハ本会事業ヲ翼賛シ、一時ニ金五百円以上ヲ醵出シ会頭ノ承諾ヲ経、入会シタルモノトス
第四条 通常会員ニシテ一時ニ金六拾円ヲ納ムルモノニ対シテハ、終身会費ヲ徴収セス
第五条 本会ニ左ノ役員ヲ置ク
     一 会頭 一名
     一 副会頭 二名
     一 名誉会頭 一名
     一 評議員 若干名
     一 幹事 若干名
     一 主事 一名
     一 事務員 若干名
    会頭開会趣旨
波蘭ハ欧洲新興諸国中、文化ノ程度最モ高ク、又商工業隆盛ニシテ、其国民ハ進取ノ気象ニ富ミ、益々発展ノ域ニ進ミツヽアルハ余ノ深ク信ズル所ナリ、特ニ最近彼ノ国ノ我国ニ対スル関係ハ頗ル良好ニシテ
 - 第37巻 p.408 -ページ画像 
先年締結セラレタル日波通商条約モ、近々批准セラレントスル情勢ニアリ
惟フニ此際両国民ノ交誼ヲ増進シ、彼我通商貿易ノ進展ヲ助長スルニ努ムルハ、最モ機宜ニ適シタル所置ナリ
爰ニ幸ニ各位ノ賛同ヲ経テ、今日ノ開会ニ到リタルハ御同慶トスル処ナリ、此敬重ス可キ目的達成ノ為メ、各位ノ賛同ヲ得ン事ヲ望ム
    会頭祝辞
今日玆ニ余ハ名誉ヲ以テ、興起シタル波蘭国ノ優尚ナル代表者ヲ歓迎スルノ光栄ヲ有ス
由来波蘭ハ剴切ナル愛国ノ精神ト、又文化ニ於ケル高潔ナル思想トヲ以テ宇内ニ聞エタリ
世界大戦ハ人道上悲惨ヲ極メタリト雖、波蘭ノ興隆ニ資セル所アリシハ、蓋シ当然ニ受ク可キ結果ナリ、既往ニ於テ波蘭ノ地理的地位ガ、日波間ノ通商ヲ制限セシコトアリシハ遺憾トスル所ナリ、然リト雖幸ニ今此不利ヲ排クヲ得タリ、即チ「ダンジク」自由市ノ設置ハ、大ニ波蘭ニ接スルノ途ヲ開クニ至レリ、該市ノ隆昌ハ固ヨリ波蘭ニ多大ノ関係ヲ有スルヲ以テ、日波両国ノ貿易促進ニ貢献スル所大ナルベシ
惟フニ此事情ニ従ヒ、波蘭ハ欧洲ノ中心ニ在ルヲ以テ、極東ヲシテ交誼ト経済関係ニ於テ、欧洲ト連絡セシムルニ至便ナル地位ヲ有ス、今杯ヲ挙ゲテ新タニ日波協会ノ名誉会頭ニ就カレタル閣下ニ祝意ヲ表シ大ニ将来ニ嘱望スベキ協会ノ繁栄ヲ祝ス
    名誉会頭祝辞
会頭閣下並ニ諸君
諸君ハ一方ニ於テ、先ヅ波蘭ノ独立問題ニ関スル日本ノ態度ガ、如何ニ崇高且仁慈デアツタカ、又他方ニ於テ波蘭ガ日本トノ友誼関係ヲ、如何ニ重要視シテ居ルカハ、篤ト御了知ノ事デアリマス
而シテ政治家ノ使命ハ、理想ト綱領トニ基イテ将来ニ至ル迄、国ノ生命ト国際関係ノ発展トヲ善導スルニアリマス
既ニ日波両国間ニハ、政治的関係ハ確立セラレ、今ヤ経済関係設立ノ秋トナリマシタ
両国ハ之ニ必要ナル一切ノ要素ヲ具有シテ居リマス、即チ相互ニ必要ナル富ガアリ、其ノ交易ニ任ズル所ノ路ガアリ、又両国民ハ尊重恭敬善意ヲ以テ励マサレタル所ガアリ、最後ニ玆ニ御臨席ヲ忝クセル日本 皇帝陛下ノ波蘭ニ於ケル第一回特命全権公使トシテ、彼地ニ声望高ク尊敬セラレタル川上俊彦閣下ガ一方ヲ代表シテ締結セラレタル日波通商条約ニ依リテ、両国ハ結合セラレテ居ルノデアリマス
本日ハ斯カル事情ノモトニ、日波両国間ノ実際的友誼関係ノ確立、及ビ発展並ニ商業関係ノ躍進ヲ目的トスル、日波協会ガ設立セラルヽ紀念スベキ日デアリマシテ、誠ニ重要且意義アルコトハ何人モ容易ニ了解シ得ル次第デアリマス、又本日ノ重要ナル事ハ、玆ニ多数名士ノ御臨席ヲ忝クセル事、及ビ本協会ガ之等名士ノ手ニヨリテ管理サルヽ事ヲ思フ時、尚其大ヲナスノデアリマス
日本ノ如キ繁栄且世界ニ高キ位置ヲ占ムル国トノ関係ハ、既ニ述ベラレタル波蘭ノ使命遂行ヲ援助スルモノタルヤ、甚ダ明白デアリマス
 - 第37巻 p.409 -ページ画像 
嘗テ波蘭ニ設立ヲ了セル日波協会ハ、今ヤ日本ニ同意義ノ協会ガ設立セラレタ事ヲ知ツテ、狂喜スル事ト存ジマス
在日本波蘭公使館ニトリテハ、本日ハ其存在ノプログラムト目的ノ一部ガ、実現セラレタルノ日トシテ忘ルベカラザルモノデアリマス
成功ハ羽翼ト新シキ力トヲ与ヘルモノデアリマシテ、正ニ本日ハ吾等ノ事業継続ニ、新精力ヲ供スルノデアリマス
私ハ愛国的性質ノ満足ノ意味ヲ離レテ、閣下並ニ諸君ノ手ヨリ私ニ授ケラレタル此顕職ニ対シ、個人トシテ衷心ヨリ名誉ト心得、感謝スル次第デアリマス
私ハ玆ニ日波協会ノ繁栄ト発展ヲ期シ、併セテ吾協会ノ設立ニ好意ト努力トヲ致サレタル、名声高キ子爵後藤新平閣下、男爵目賀田種太郎閣下並ニ川上俊彦閣下ノ健康ノ為メニ祝杯ヲ挙ゲマス
(奥付)
             東京市麹町区内幸町一ノ三
             日露協会内
                    日波協会
                    電話青山二九二七
   ○右書ハ菊判十六頁仮綴ノモノナリ。
   ○当協会ノ役員ノ大部ハ日露協会ノ役員タリ。又事務所モ日露協会内ニ置ケリ。昭和五年四月十二日ニ到リ日波協会ハ其事務所ヲ南洋協会内ニ移転セリ。(「男爵目賀田種太郎」第六八六頁)


(日波協会)書翰 渋沢栄一宛大正一四年二月一四日(DK370100k-0003)
第37巻 p.409-410 ページ画像

(日波協会)書翰 渋沢栄一宛大正一四年二月一四日 (渋沢子爵家所蔵)
  大正十四年二月十四日
                 日波協会会頭
                  男爵 目賀田種太郎[印]
    子爵 渋沢栄一閣下
拝啓、陳者来ル二月二十七日(金曜日)午後三時ヨリ華族会館ニ於テ本会第一回定時総会ヲ別紙次第書ニ依リ開催致候間、御出席被成下度此段御通知申上候 敬具
 追テ波蘭公使閣下及公使館員参会可有之候
  御出席ノ有無来ル二十三日迄ニ御一報願上候
(別紙)
    日波協会第一回総会次第書
一、会頭開会ノ辞
一、名誉会頭ノ辞
一、幹事会務報告
一、副会頭推薦
一、評議員推薦
一、名誉会員推薦
一、欧洲北海航路開展ニ関スル提案
一、会頭閉会ノ辞
一、名誉会頭ノ辞
一、茶菓
一、散会
 - 第37巻 p.410 -ページ画像 
             以上
    議案
波蘭国ハ世界大戦ノ余復興ノ功業全キヲ告ゲ、其高尚ナル愛国ノ熱情美術的思想ノ優越ナル又通商交通ノ上ニ於テ、中欧ノ要枢ヲ占ム、復興以降財政ノ整理其他施設尠カラズ、日波両国通商発展上我国ノ立場トシテ、欧洲北海航路ノ開展ヲ策スルノ最急ナルヲ認ム、仍テ本議案ヲ提出ス
      欧洲北海航路延長ニ関スル説明書
一、日波両国ノ輸送計画
○中略
二、日波両国重要輸出入品
○中略
三、波蘭ノ貨幣制度
○中略
四、波蘭国波日商業会議所ノ設立
○下略

会員関係書類 【大正十四年三月十九日《(別筆・朱書)》 日波協会々頭男爵目賀田種太郎氏来状】(DK370100k-0004)
第37巻 p.410 ページ画像

会員関係書類              (渋沢子爵家所蔵)
             大正十四年三月十九日《(別筆・朱書)》
             日波協会々頭男爵目賀田種太郎氏来状
拝啓
愈々御清穆慶賀仕候、陳者去ル二月二十七日本会第一回定時総会ニ於テ、別記諸氏ヲ本会評議員ニ推薦ノ事ニ満場一致ヲ以テ決定相成候ニ就テハ、今後共何分ノ御援助相仰度、此段御通知旁々得貴意候 敬具
  大正十四年三月十九日
                 日波協会会頭
                   男爵 目賀田種太郎
    子爵 渋沢栄一閣下
   ○別記ヲ欠ク。


会員関係書類 【(写) 承諾書 貴会評議員タルコトヲ承諾致候也】(DK370100k-0005)
第37巻 p.410 ページ画像

会員関係書類               (渋沢子爵家所蔵)
(写)
    承諾書
貴会評議員タルコトヲ承諾致候也
  大正十四年三月二十四日
                      渋沢栄一
    日波協会
    会頭男爵目賀田種太郎殿


青淵先生職任年表(未定稿) 昭和六年十二月調 竜門社編 竜門雑誌第五一九号別刷・第二二頁 昭和六年一二月刊(DK370100k-0006)
第37巻 p.410 ページ画像

青淵先生職任年表(未定稿)昭和六年十二月調竜門社編
              竜門雑誌第五一九号別刷・第二二頁
              昭和六年一二月刊
    大正年代
 年  月
一四  三 ―日波協会評議員―昭和六、一一。
 - 第37巻 p.411 -ページ画像 


〔参考〕男爵目賀田種太郎 同伝記編纂会編 第六八四―六八五頁昭和一三年六月刊(DK370100k-0007)
第37巻 p.411 ページ画像

男爵目賀田種太郎 同伝記編纂会編 第六八四―六八五頁昭和一三年六月刊
 ○第九章 第十節 日露協会と日波協会
    第二項 日波協会
 大正十二年春、波蘭より帰朝されたる公使川上俊彦氏は、日露協会副会頭たる先生を訪ねて、同公使在任中、首都「ワルソー」に於て、日波両国親善関係助長の為、波日協会の設立せられたるを告げ、日本に於ても同様の目的を有する協会を設立したき旨を述べて、先生の助力を請ふ所があつた。先生は喜んで之に賛同し、其の計画に着手せられ、同年十一月に至り、日波協会設立の議が決定し、先生及び川上公使等の指導の下に、設立の準備を進められたる結果、翌十三年二月四日、華族会館に於て発会式を挙げ、先生は出席会員の満場一致を以て会頭に推薦せられた。此時に当り同協会は駐日波蘭公使を名誉会頭とし、伯爵後藤新平・子爵鍋島直和・男爵平山成信・川上俊彦・倉知鉄吉・志村源太郎・田中清次郎・清野長太郎等の諸氏を役員とし、会員五十余名を有してゐた。尋で大正十四年二月二十七日には、同協会第一回定時総会が会頭たる先生司会の下に華族会館に於て開かれた。
 先生が同協会会頭の職に在ること、其の薨去に至る迄二年有半に過ぎなかつたが、而かも此の間終始日波両国間の親善の増進、及び経済関係の発展に尽されたことは洵に多大であつた。即ち常に波蘭公使始め同公使館員と相会して懇親を厚うし、又屡々我が国汽船会社・銀行貿易業等の代表者を招致して、波蘭地方と我が国との経済関係進展策を研究し、之れが目的達成の為に、「バルチツク」海及び黒海に達する直通航路開始に関し、政府に建策せられたこともあつた。又従来我が国民に余り顧みられなかつた波蘭地方の、実情を紹介せんが為に、「波蘭事情」若くは「バルチツク海及び黒海方面諸国の経済事情」等の小冊子を作成配布せらるゝ等、当時既に大分健康を害せられてゐたに拘はらず、能く協会の為に尽力せられた。
○下略