デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
4節 国際記念事業
5款 其他 8. ベルトロー百年記念会
■綱文

第38巻 p.554-558(DK380057k) ページ画像

昭和2年10月25日(1927年)

是日、ピエール・ユージェン・マルセラン・ベルトロー生誕百年記念式、日本工業倶楽部ニ催サル。栄一其発起人ノ一人トシテ出席シ、司会者トナル。


■資料

集会日時通知表 昭和二年(DK380057k-0001)
第38巻 p.554 ページ画像

集会日時通知表 昭和二年           (渋沢子爵家所蔵)
十月十一日 火 午後四時 ベルトロー博士記念式打合会(東京会館)
十月廿五日 火 午後四時 ベルトロー百年祭(日本工業クラブ)


ベルトロー百年記念会書類(DK380057k-0002)
第38巻 p.554-555 ページ画像

ベルトロー百年記念会書類           (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
拝啓、時下益々御清穆之段奉慶賀候、陳者本年十月廿五日は仏国故ベルトロー先生誕生満百年に相当り候に依り、各国の協賛を求め其の際巴里に於て数日に渉る式典を挙行し、且故先生の記念として巴里に化学会館を建設するの計画有之候に付、本邦に於てもこれに賛同することとし、当時故先生令息ルネ・ベルトロー博士来朝の筈に有之候へば十月廿五日を期し別記次第書の通り記念会を挙行し、且相当の資金を右化学会館建設費に醵出し、以て故先生の偉績を頌すると共に国交親善に資することゝ致し度候間、何卒御賛成被成下度此段御依頼申上候
                        敬具
 - 第38巻 p.555 -ページ画像 
  昭和二年九月 日
      発起人 (イロハ順)
          井上準之助      近重真澄
          大倉喜八郎   子爵 大河内正敏
          大島義清       団琢磨
          高松豊吉       丹波敬三
       子爵 曾我祐邦       松原行一
       男爵 古市公威    男爵 藤田平太郎
          出淵勝次       粟屋謙
          阿部寿準       桜井錠二
          木村久寿弥太  子爵 渋沢栄一
       男爵 四条隆英       鈴木梅太郎
    (宛名手書)
    子爵 渋沢栄一閣下
追而
御醵出金は来る十月十五日迄に左記へ御振込被下度候
     記
 東京市京橋区山城町六番地ベルトロー百年記念会
                       安田勝
                    振替貯金東京六九、四九四番
 又は
 東京市麹町区有楽町藤田銀行東京支店ベルトロー百年記念会口座
(印刷物)
    ベルトロー先生 百年記念式 挙行次第
      昭和二年十月二十五日午後四時
                 於日本工業倶楽部
 一司会                  子爵 渋沢栄一
 一式辞      内閣総理大臣 外務大臣 男爵 田中義一
                  帝国学士院長 桜井錠二
              日仏協会理事長 男爵 古市公威
               日仏会館理事 子爵 曾我祐邦
 一講演                  ルネ・ベルトロー博士
                    理学博士 松原行一
 一化学会館建設醵金贈呈          男爵 藤田平太郎
 一謝辞               仏国大使 ド・ビイー
                             以上


中外商業新報 第一四九六四号 昭和二年一〇月一六日 ベルトロー博士百年祭で 巴里に建つ記念化学会館 博士の令息来朝を機として廿五日歓迎会に醵金を贈る(DK380057k-0003)
第38巻 p.555-556 ページ画像

中外商業新報 第一四九六四号 昭和二年一〇月一六日
  ベルトロー博士百年祭で
    巴里に建つ記念化学会館
      博士の令息来朝を機として
        廿五日歓迎会に醵金を贈る
化学界の恩人、仏国のマルスレン ベルトロー博士の百年祭が巴里で行はれ、これと同時に仏国巴里に記念化学会館が建設されるので、世
 - 第38巻 p.556 -ページ画像 
界各国より記念事業に醵金するので、日本の政界・学界・実業界でも醵金を募集中であつたが、二・三日中に同博士の令息ルネ ベルトロー博士が来朝するので、これを期とし田中首相・渋沢子・桜井帝国学士院長・古市日仏協会理事長・曾我日仏会館理事其他が発起となり、来る廿五日午後四時から工業倶楽部で、ベルトロー先生百年記念式を挙行すると同時に、前記ルネ ベルトロー博士の講演もあり、此席上松原行一博士の手で日本からの醵金を贈呈することゝなつた


東京朝日新聞 第一四八八八号 昭和二年一〇月二六日 ベ氏百年記念式 学界の偉人を追悼してきのふ盛大に挙行(DK380057k-0004)
第38巻 p.556 ページ画像

東京朝日新聞 第一四八八八号 昭和二年一〇月二六日
  ベ氏百年記念式
    学界の偉人を追悼して
      きのふ盛大に挙行
近代文明を基礎づけた化学界の偉人マルスラン・ベルトローの百年記念式が廿五日午後四時日本工業クラブホールで盛大に挙行された、出席者約五百名、外人側から仏国大使外三十名、最近帰朝の石井子爵の顔が外人の中に変つて見えた、司会者渋沢子爵あいさつしてペ氏の略歴を述べ、続いて水野文相・田中首相、ペ氏の偉業を賛へ、西園寺公中橋商相・山本農相の式辞代読、桜井学士院長・古市日仏協会理事長曾我子爵の式辞、仏国大使ド・ビイー氏の謝辞で閉会した


中外商業新報 第一四九七四号 昭和二年一〇月二六日 いさをし永へに 化学界の恩人 ベルトロー氏百年記念式 きのふ盛大に(DK380057k-0005)
第38巻 p.556-557 ページ画像

中外商業新報 第一四九七四号 昭和二年一〇月二六日
  いさをし永へに
    化学界の恩人
      ベルトロー氏百年記念式
        きのふ盛大に
十九世紀の文明に化学研究の新発表をなして、今日の世界文化の基礎を作つたフランスのベルトロー氏の誕生百年記念式は、廿五日午後四時から丸の内日本工業クラブで行はれた、定刻司会者渋沢子爵はベルトロー氏の
 功績を称へての挨拶をなし、田中総理大臣・西園寺公・商工大臣・農林大臣の式辞代読、水野文相のベルトロー氏の学界貢献談、学士院長桜井博士の化学と世界文化、日仏協会理事長古市男・同理事曾我子の仏語式辞があつて、日本へ来朝の途中目下上海で病床の人となつてゐる故人の令息ルネ・ベルトロー博士の電文朗読、理博松原行一氏の一時間余に亘るベルトロー、大使ド・ビイー氏《(マヽ)》の挨拶あり、七時閉会した、なほ化学会館へ日本からの寄附金が
 各方面から目下約一万円程集まつてゐるのを、ド・ビイー大使を通じて送附の筈
 フランス本国では政府主催で、廿四・五の両日各方面の学者が参列盛大な百年祭が執り行はれ、世界各文明国でもそれぞれ学者の間で百年祭が催されてゐる、それから世界文北のため同氏を記念し、その偉業を広く伝へ奨励開発するために、化学会館をフランスに建設する議が熟し、その基金を広く世界的に募集してゐる、故ベルトロー氏は我国の文政一年にパリーに生れ、色素・薬学、爆薬、食糧問
 - 第38巻 p.557 -ページ画像 
題の解決として農業化学、殊に熱化学に熱心な研究を捧げ、アセチリンの発見で殊に有名である。


(藤田平太郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一〇月二七日(DK380057k-0006)
第38巻 p.557 ページ画像

(藤田平太郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和二年一〇月二七日
                     (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
時下益々御清穆の段奉慶賀候、陳者ベルトロー百年記念会に関しては当初以来一方ならざる御尽力を蒙り、御蔭を以て去る二十五日挙行の記念式も先づは成功裡に終了致し候、之れ全く御高援に拠る次第に之れあり候段、感銘此の事に御座候
巴里化学会館建設に対する醵金に就ては、今月に至るも尚ほ多少の寄附申込有之候に付、募集締切までには今数日間の猶予取計ひ度候、其の上にて先方へ伝達方仏国大使に依頼致し度含に有之候
追て詳細なる御報告申上ぐべく候へども、不取敢右御礼旁々得貴意度如此に御座候 敬具
  昭和二年十月二十七日
                     男爵 藤田平太郎
    子爵 渋沢栄一閣下


(藤田平太郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和三年四月三〇日(DK380057k-0007)
第38巻 p.557-558 ページ画像

(藤田平太郎) 書翰 渋沢栄一宛 昭和三年四月三〇日 (渋沢子爵家所蔵)
謹啓
時下益々御清栄奉慶賀候
陳者東京駐在仏国大使を経て巴里ベルトロー記念会より、別紙の通り書信有之候につき御一覧に供し候 敬具
  昭和三年四月三十日
                        藤田平太郎
    子爵 渋沢栄一殿
(同封別紙)
          (COPIE)
       CENTENAIRE DE MARCELIN BERTHELOT
               Paris le 17 Février 1928
Monsieur le Baron FUJITA
  Membre da la Chambre de Paris
  c/o Ambassade de France au Japon
  TOKIO
Monsieur le Baron,
  S.E.M. l'Ambassadeur 'de France vient de nous faire parvenir la liste des souscriptions qui ont été recueillies au Japon pour l'édification de la MAISON DE LA CHIMIE, ainsi que de leur montant, soit 116.000 Frs.
  Nous avons l'honneur de vous accuser réception de cet envoi.
  Permettez-nous d'adresser à Votre Excellence, au nom du Comité MARCELIN BERTHELOT nos remerciement les plus
 - 第38巻 p.558 -ページ画像 
 chaleureux pour l'action entreprise par le Comité du Japon. Nous vous serions très reconnaissants de bien vouloir transmettre aux membres de votre Comité l'expression de notre gratitude pour le concours qu'ils ont bien voulu nous apporter.
  De tels témoignages de sympathie nous touchent particulièrement. Ils nous permettront de mener à bien l'œuvre que nous avons entreprise, et grâce à eux, la MAISON DE LA CHIMIE, vaste foyer de Science Mondiale, sera bientôt une réalité. Un grand pas aura été fait dans la voie de la coopération scientifique des savants des Nations et cela pour le plus grand bien de l'Humanité.
  Veuillez agréer, Monsieur le Baron, l'assurance de notre haute considération.
           Le Secrétaire Général
               (Signé) GERARD
  ○ルネ・ベルトローハ、是年十月十五日、上海着、同地ニ於テ発病シ、廿五日ノ記念式ニ欠席シタル為メ右講演ヲナスヲ得ズ。記念式ニ於テ其原稿ノ代読アリタリ。