デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
4款 中華民国国民党党首孫文歓迎
■綱文

第38巻 p.590-592(DK380066k) ページ画像

昭和4年5月8日(1929年)

是年五月二十九日ヨリ三日間、南京ニ於テ、中華民国総理孫文公祭、次イデ六月一日奉安式執行ニツキ、栄一、是日付ノ案内状ヲ同国総理奉安委員会ヨリ受ク。


■資料

外務省関係書類(三)(DK380066k-0001)
第38巻 p.590-591 ページ画像

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冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕渋沢栄一書翰控 孫科宛 昭和六年三月一一日(DK380066k-0002)
第38巻 p.591 ページ画像

渋沢栄一書翰控 孫科宛 昭和六年三月一一日 (渋沢子爵家所蔵)
  (別筆)
  昭和六年三月十一日鉄道部長孫科氏宛総長御起案
                   白石氏浄書、総長
                   御署名御捺印遊サル
拝啓、未た拝光之機を不得候へとも尊大人故孫中山先生ハ、老生の旧知にして民国と弊邦両国之親善、殊に経済的相扶提携ニ付き共ニ胸襟を披き懇談したる関係も有之、貴台が故大人之遺図を継ぎ著々其実現を期せらるゝを承知し、遥に欣快憬仰致居候次第に御座候
老生曩に一般財界を退き、徐に余生を教育と社会事業に棒け居候へとも、一方両国之親善と東洋文化の発展とに付てハ、今尚不断に念とする所に有之、玆に知人古仁所豊氏貴国過訪之機会に於て、老生を熟知せる同氏を介して老生の所懐を開陳するの便宜を得たる次第に候、何卒老生同様虚心御寛談被下候ハヽ本懐の至りに御座候、右古仁所氏御紹介旁々一書拝呈仕候 敬具
  昭和六年三月十一日
                  渋沢栄一栄一
    孫部長殿



〔参考〕渋沢栄一書翰控 戴天仇宛 昭和六年三月一一日(DK380066k-0003)
第38巻 p.591-592 ページ画像

渋沢栄一書翰控 戴天仇宛 昭和六年三月一一日 (渋沢子爵家所蔵)
  (別筆)
  昭和六、三、一一付戴天仇氏宛総長御起案
            高田氏浄書ニ御署
            名御捺印遊サル
 - 第38巻 p.592 -ページ画像 
拝啓、其後ハ御起居も不相伺候へとも貴台益御清適之条奉賀候、先生故孫総理ニ御同行にて弊邦へ御来訪相成、中華民国之建設に付て切ニ御画策せられつゝありたる際、胸襟を開きて愚見を陳述したる事ありしは、老生の愉快なる追憶とする所に御座候、今や往年之御企図著々実現せられつゝあるを承知し、遥に慶賀景仰しつゝある次第に御座候老生曩に一般財界を退き教育と社会事業とに余生を捧け居候へとも、民国と弊邦両国之親善、殊に経済的相扶関係ニ就ては永年之所懐益切実なるもの有之候、玆ニ知友古仁所豊氏渡支之機会に於て同氏を紹介すると同時に、同氏を介して老生年来之宿志を開陳仕候間、何卒老生同様御隔意なく御接待被下候はゝ、啻に老生之欣快のみには無之候、右紹介旁得貴意候 敬具
  昭和六年三月十一日
                  渋沢栄一栄一
    戴天仇殿
  ○載天仇ハ[戴天仇ハ]昭和二年三月二十一日ニモ飛鳥山邸ニ栄一ヲ訪問セリ。第三十九巻所収「其他ノ外国人接待」同日ノ条参照。