デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
7款 インド詩人タゴール招待
■綱文

第38巻 p.611-626(DK380071k) ページ画像

昭和4年6月3日(1929年)

是日、帰一協会主催ラビンドラナート・タゴール歓迎茶話会、飛鳥山邸ニ開カル。栄一出席シテ挨拶ヲ述ブ。


■資料

帰一協会書類(一)(DK380071k-0001)
第38巻 p.611-612 ページ画像

帰一協会書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
 - 第38巻 p.612 -ページ画像 
(印刷物・葉書)
拝啓 初夏の候愈々御清栄の段御喜び申上ます
扨てこの度タゴール翁の来朝を歓迎の為茶話会を催したいと存じます
何卒御繰合はせ御光来の程御願ひ申上ます
 時日 六月三日(水曜日)午後三時より
 場所 渋沢子爵邸(市電飛島山線二本榎停留場下車)
  昭和四年五月廿七日          帰一協会
   尚ほ準備の都合が御座いますので折返し御出欠御通知の程を願ひます


帰一協会書類(一)(DK380071k-0002)
第38巻 p.612 ページ画像

帰一協会書類(一)           (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版・葉書)
拝啓 前略
 御案内申上げましたタゴール翁歓迎のお茶の会につき、既に御承知の如く同翁は頃ろから健康を害せられ、一般の講演は謝絶せられるに至りましたが、今日のところ本茶話会に御出席のことは医師も同意で、御出席の予定にして居られます。
 併し若し今後御健康の御出席を訴さゞるに至りました節は、重ねて御通知申ます故御諒承の程お願ひ申します。 敬具
  昭和四年五月廿九日         帰一協会
 尚御通知に六月三日(水)と致しましたのは
      六月三日(月)の誤りにつき訂正いたします


招客書類(三) 【昭和四年六月三日午後三時於飛鳥山邸 帰一協会催タゴール翁歓迎茶話会】(DK380071k-0003)
第38巻 p.612-615 ページ画像

招客書類(三)             (渋沢子爵家所蔵)
 昭和四年六月三日午後三時於飛鳥山邸
  帰一協会催タゴール翁歓迎茶話会
               (太丸・太字ハ朱書)
        帰一協会々員  ○姉崎正治
  ○タゴール翁        ○秋月左都夫
                欠ウイリアム・アキスリング
  ○チヤンダー        欠秋山昱禧
  ○原田           ○麻生正蔵
                ○アール・ジー・アームストロング
                欠五十嵐直三
                欠石橋智信
                ○今岡信一良
                ○井上雅二
                欠岩野直英
                欠浮田和民
                欠鵜沢聡明
                ○内ケ崎作三郎
                 江口定条
                欠尾島真治
                ○尾高豊作
                ○大倉邦彦
 - 第38巻 p.613 -ページ画像 
                欠大橋新太郎
                 加藤熊一郎
                 加藤玄智
                欠鎌田栄吉
                欠川田鉄弥
               男欠黒田長和
                欠窪田静太郎
                欠小林一郎
                欠五島清太郎
                欠阪井徳太郎
               男欠阪谷芳郎
                欠佐々木勇之助
                欠佐藤鉄太郎
                欠塩沢昌貞
                欠志村源太郎
                欠下村宏
                欠鈴木貫太郎
                欠関寛之
                欠添田寿一
                欠添田敬一郎
                欠高田早苗
                ○高木八尺
                欠滝沢吉三郎
                欠田沢義鋪
                欠田中穂積
                ○田中次郎
                ○田村新吉
               男欠団琢磨
                欠津田敬武
                 頭本元貞
                欠土岐僙
                欠時枝誠之
                ○土肥脩策
                欠床次竹二郎
                欠都倉義一
                欠友枝高彦
                欠内藤久寛
               男欠中島久万吉
                欠永井享
                ○成田勝郎
                欠新渡戸稲造
                ○野口日主
                欠野々村金五郎
                欠服部宇之吉
 - 第38巻 p.614 -ページ画像 
                欠服部金太郎
               子○花房太郎
                欠馬場恒吾
               伯欠林博太郎
                ○埴原正直
               子○福岡秀猪
               男欠福原俊丸
               男欠古河虎之助
               男欠穂積重遠
                ○補永茂助
                欠堀越善重郎
                ○本多日生
                 ジー・ボールス
                欠デイー・アール・マツケシジー
                欠間島与喜
                ○増田義一
                欠松浦一
                ○松田貫了
                 松井茂
                欠御木本幸吉
                欠三井高修
                欠水野錬太郎
                ○宮岡恒次郎
               男○森村市左衛門
                ○諸井恒平
                欠諸井四郎
                欠諸井六郎
                欠安田善三郎
                ○矢野茂
                欠矢野恒太
                ○矢吹慶輝
                欠山川瑞夫
                欠山田三良
                欠山内繁雄
                欠湯河元臣
                欠吉田静致
                欠ジョージ・ローランド
                ○渡辺海旭
                ○神林隆浄
                ○加藤精神
                欠大島泰信
                ○宇野円空
                欠椎尾弁匡
                欠セオドール・ワルザー
 - 第38巻 p.615 -ページ画像 
               子○渋沢栄一
                欠渋沢敬三
                欠増田明六
                欠渡辺得男
                欠白石喜太郎
         日印協会々員 ○藤山雷太
                欠星野錫
                欠児玉謙次
                欠松尾吉士
                欠三宅川百太郎
                欠森広蔵
                欠白仁武
                ○副島八十六
                欠高楠順二郎
                欠安川雄之助
                欠江木翼
                ○花岡敏夫
                欠平沼淑郎
                欠井上準之助
                欠伊東米治郎
                欠梶原仲治
               男欠岩崎小弥太
                欠山科礼蔵
                欠内田嘉吉
                欠柳田国男
                欠杉村広太郎
                ○岸本
                ○石津
                ○外一名
                ○日印協会ノ人
                ○〃
                ○小畑久五郎
                ○岡田純夫


帰一協会紀要及び報告(DK380071k-0004)
第38巻 p.615-617 ページ画像

帰一協会紀要及び報告         (渋沢子爵家所蔵)
(謄写版)
  六月特別例会
時日 六月三日(月曜)午後三時開会
場所 渋沢子爵邸
出席人員 四十三名(中招待八名)
  協会は会員渋沢子爵の好意を以て、六月三日滝野川の子爵邸に於て、アメリカの旅からの帰途、来朝したラビンドラナート・タゴール翁歓迎のお茶の会を催した。
  頃ろから健康を害してすべての講演を辞してゐた同翁は、本会の
 - 第38巻 p.616 -ページ画像 
招待を喜び、病後をおして来会、先づ青淵文庫で人々に接し、子爵と談話し、邸内散策の後、お茶の席上渋沢子爵の挨拶に対し次のやうな趣旨によつて感想を述べられた。
    ――英文――
抄訳
 タゴール家は自分の父祖以来、印度の固陋な習俗を打破するにつとめて来たが、そのために同族の反感を買うやうなこともあつた。併しこれがため自分は幼時から何等因襲に禍ひされることもなく詩の道にいそしみ、且つその味到した自由を全人類のために要求して来た。
 諸国民は現に反目し沈滞してゐるが、このやうな姿は本然のものではない。文明は自由を求め、開放の人生を要求してゐる。自分は言葉や文学・宗教或は社会的環境に於ける自由を求め、人間精神の拡充を理想として来た。そしてこゝから教育の力によつて、人類世界に共通すべき最高の自由をかち得るといふ確信を得たのである。併しこの理想の実現は誤つた国民的偏見の跳梁する現代に於て、殆んど不可能のやうに見へ、自分のやつてゐる仕事は孤立無援の有様である。併し自分としては人間の胸底に私む完成を求むる心、善に向はんとする努力のあることを確信し、これを唯一の頼りとして畢生の事業とした教育の使命に努めてゆく。
 教育といふものは自由をその目的とし、且つ手段とすべきものであつて、宇宙の霊性を知らぬ無智及び人間相互の交渉における偏見激情から脱した自由が求められなければならない。
 自分のやつてゐる学舎では他国の人々との応接に自然らしい気分をつくるやうにし、文化を進めてゆくために一番必要な柔和の徳を勧めてゐる。そして外国から思想家碩学を招いて、少年子弟にこれ等の偉大な人々と交渉してみて、吾々の共同精神を実現することが容易であり、区々たる偏見、虚栄心にとらはれて人と人との間に障壁をこしらへるやうな人が、偉い人の間には尠いといふことを知らせてゐる。
 教育といふものは世界的でなければならぬ。異なれる時代と国家に普く通ずる世界的協同の大運動である。そして教育の方法の如何に係らず、究極するところ人道精神を顕現し、四海同胞の実をあげることが緊要である。印度は政治的に廃亡の運命にあるが、真理の根源を発揚するためには最大の努力を致し、又これを世界に対する使命としてゐる。このために自分は諸氏の協同を求める。けれども協同によつて事業の力を得ようといふのではない。協同は吾々のいふ真理の最もよき状態であり、且つこれは目的であつて手段ではないからである。
 日本は科学によつてものをみる西欧の理想を新らしくとり入れた。併し誤つてこれを唯物主義と間違へてはならぬ。科学の要求する真理といふものは、それはそれ自ら精神的のものであつて、唯物論的なものゝ実際は非科学的なものといはなければならぬ。科学は吾々が物質界と交渉する場合に、外界のものに関する知識の正確なることを保証するものに外ならぬ。
 正直で忠実な科学は必ず人生に大きな利便を齎らすものであるが、この利便の後ろから災難が入つて来る。神聖な智慧の果を利用してサ
 - 第38巻 p.617 -ページ画像 
タンは人道の上に汚辱を塗つたのである。そこで科学の正道は人類を掩護して、悪魔の感情を払ふことにあるといひ得るであろう。このために幾百年の伝統の下に精神界に築かれた理想を信ずることが一層必要となつてくる。そしてこの理想こそ時と処とを超へて、普遍なる世界的饗宴である。これに乗するものは互ひに人生の珠玉を分ち、人類文化を精神的に活現するのである。
 殆んどすべての民族はそれぞれ太古に、黄金時代をもつて居たと信じてゐるが、これは精神的理想といふものが証明し得ないとしても、実在すると考へる人間本具の信念があるといふことを示す。神話の事実は科学の事実ではないが、しかし神話に表はれる人間の本能には、永遠の意義を認めなければならぬ。
 人の心はその奥底に千年至福の夢をもち、到達すべくもない解脱の道に努力し、霊感の源泉に敬虔の念を寄せる。そしてこの霊感に於て真善美を経験して宇宙霊性の真相を見出す。この真相の裡に真における愛及び人類融会における自由に対する希望が、常に理想的に実現してゐるのである。
    報告
 六月三日特別例会の席上、紀要に述べられたやうな理想の下に、タゴール翁が故国に於て主宰するビシババラティ学園へ、日本を紹介する紀念品を送りたいとの姉崎幹事の議が出で、即席、会員の寄附があつた。尚目下チヤンダー秘書に依頼して紀念品の選択中である。
    寄付者芳名(五十音順)
  一〇 秋月左都夫氏    一〇 姉崎正治氏
   五 麻生正蔵氏     一〇 井上雅二氏
   五 内ケ崎作三郎氏   一〇 尾高 豊作氏
   五 加藤精神氏    一〇〇 渋沢栄一氏
  三〇 副島八十六氏     五 塩沢昌貞氏
   五 高木 八尺氏   一〇〇 田村新吉氏
   五 土肥 修策氏    五 成田勝郎氏
  一〇 野口日主氏     五 埴原正直氏
   五 福岡秀猪氏     五 本田日生[本多日生]氏
  三〇 増田義一氏     五 宮岡梅二郎氏
  五〇 森村市左衛門氏  一〇 諸井恒平氏
   五 矢野茂氏      五 矢吹慶輝氏
   五 渡辺海旭氏     五 花房太郎氏
   五 不明
  総計四百五拾円也(現金三百八拾五円也)
    昭和四年六月
   金五円也御寄附の御一方御姓名を承り漏らしました。至急係りの者まで御知らせを願ひます。


竜門雑誌 第四八九号・第七三―七八頁 昭和四年六月 青淵先生とタゴール翁(DK380071k-0005)
第38巻 p.617-621 ページ画像

竜門雑誌 第四八九号・第七三―七八頁 昭和四年六月
  青淵先生とタゴール翁
 若葉に薫る初夏の明るい飛鳥山邸の青淵文庫では、六月三日、午後
 - 第38巻 p.618 -ページ画像 
三時から印度の詩聖タゴール翁を迎へる為め、帰一協会や日印協会の人々が次々に集つて来る、三時四十分頃当のタゴール翁は、大倉邦彦氏とチヤンダ秘書と共に自動車から下り立つた、やがて迎へた青淵先生と迎へられたタゴール翁とは、たゞ微笑したまゝで握手して居たがその静かさも「またお目にかゝることが出来ました」と云ふ太い青淵先生の声から破れ、姉崎博士の通訳で問答が初められた。一方出席の人々は署名に忙しい人もあれば、両翁の話に耳を傾けて居る人々もある。
先生「私は九十になりました、貴方はお幾つでしたか」
タ翁「私は六十八です、だから子爵よりは遥か年弱であるのに身体が悪くて御はづかしいと思ひます」
先生「いや私も近頃まで病気して居ました、では年齢では私の方がずつと上です、――最早長生は出来ませぬが、相変らず政治や経済の道徳的になるやう望んでそれを唱導して居ります」
タ翁「結構であります、世界各国民は何れも特色を持つて居るのでありますから、お互ひに相制して一国のみが我まゝを出来ぬやうにして置けば、平和は進み精神的の文化も開けて参りませう」
先生「実際今日の有様は他の特色を奪ふことか、特色を押しつけることを専念して居るので、少しも道理に基くことがないのは遺憾であります――どうでせうバラが咲いて居りますから庭をお歩きになりませんか」
 斯くて文庫の広縁に出て両翁相並び、写真班のカメラに向ふ、撮影が終るとバラの花畑からぐるりと書院へ廻り、一周茶の席につく、すると先づ姉崎博士は立つて、タゴール氏の事業たる精神文化研究所に就て語り、且つそこへ今日集つた人々で記念の何物かを贈りたいから応分の御寄附を乞ふと述べる。やがて青淵先生は立つて
  「今日お越いたゞいたに就ては此上なく嬉しいと存じます。先刻久々で二・三お談話を交すを得ましたが、私が唱へる道徳と政治経済を一致させねば国民の真の仕事は為し得られないと云ふのとタゴール氏の人生に対する御考へとは同様であるのであります。即ち各国間に相当の制裁がなくてはならない、あることを要すると云はれるのは、強力な或る一つの国の道理に反いた行動を制して世界の平和、人類の発展を安全ならしめやうと云ふのであります。現在に於ける政治は相争ひ、経済は相奪ふことに没頭して居る。これではいけないのでありまして、それ等が道徳と一致して進んでこそ真のよい社会が生れ得ると云へるので、その実際はなかなかに難しいのであります。
   抑も帰一協会は斯様な現代の精神を無視した社会を何とかして改革しやうとして、女子大学校の成瀬前校長や故森村男などゝ私共力を合して作つたもので、コンコーヂヤと云ふのを一つに帰する信念として、斯く名づけて組織したのであります。初めには宗教を一致させる団体にしやう、基督教も仏教も神道も一つにしてしもう方がよいと論じたが、学者連中からそれはお前連の自惚が過ぎる、到底そんな事は出来るものでないと非難されました。然
 - 第38巻 p.619 -ページ画像 
し今更さうした一つの運動をやめる訳にも行かないので、せめて帰一協会でいささかでもさう云ふ信念を広めやう、若し我々の一代で行かねば二代三代でも続けて行かうとして居るのでありますその後成瀬氏も森村男も逝かれ私一人残つたが、力が弱く漸く協会を維持して居るに過ぎませぬ。たゞ細い乍らに明りを先はないのは姉崎君の如き適任の人を得て居るからであります。故に生存して居る私から皆さんに謝意を表する次第であります。帰一協会の起りを特に申上げたことはないからお話したが、老人として飛んだ考へを起したものであります。今当時を回顧して聊かも誇張して申すのではありません。
   扨てタゴール氏は私共と同様の考へで、人情に応じた道理正しい方面に進むべきことを主張されますから、誠に縁故が深い訳であります。果して然らば皆様と共々にタゴール氏を歓迎したことの意義を思ひ、この希望を達したいと切望して已まないのであります。甚だ不行届でありますが、協会の成立ちや主旨に就て少しくお話した次第であります。」
 次でタゴール翁は足が悪いので坐つたまゝお話するとて次の如く述べたが、それは姉崎博士によつて通訳された。
  「諸君の中で印度のターヂリングに行かれた人は知つて居らるるであらう、あるヒマラヤ山がいとも崇厳にその雪峰を天空に聳えしめて居るさまを――そして群峰はその下に連つて、このヒマラヤの峰の前に跪坐して礼拝して居るかのやうであります、今私達が渋沢子爵のお話を開いて居るのは、恰もヒマラヤ山を仰ぐ連山のやうであると思ひます。扨て私の祖父タゴールは早くから印度の固陋な古代からのウバニシデの諸風習にあきたらず、英国に渡航して新らしい学問をしましたので、その感化を受け精神上から旧慣を打ち破らうとしましたが、父も同様の思想を持つて居りましたので、私一家は何処までも古い社会的偏見を排し、精神的に文化を進める為めに社会や家や個人のあらゆる習慣と束縛と常に戦つて参つたのでありました。従つて印度に於ける旧習を守る人達から仲間はづれとして取扱はれました。即ち旧来の特殊の点を誇りとし、自ら高しとする者と、自由にして平等の精神に生きやうとするものとの目的や行為が一致する筈はありませんから、のけ者とされて来ましたが之れは一つの不幸であります。然し私自身は斯様なタゴール家に生れましたので、頗る自由な天地に成長して、物事を想像し夢みることを知りました。そして遂には単なる空想でなく、之れを人生の力にしたいと云ふ考へになつたのでありまして、私は詩人でありますから、その空想した人生の真理を詩の韻をふんで語つて居ります。或は人は之を言葉の遊戯だと申すかも知れませぬが、私は理想として居るのであります。私が初めて日本へ参り子爵にお目にかゝつてお話した時から、私共両者の理想が相一致して居ることを知つたのでありますが、子爵は実業家として立たれ、道徳と経済との一致を人生の目的とし、それによつて国と国との間の調和融合を図らうとせられる実際家で
 - 第38巻 p.620 -ページ画像 
あります。併し私はそれと異り夢を見る方であります、処が立場は斯く異るに拘らず主義とする点、理想とする処は同一でありますから、私としては少なからぬ感化を受けるのであります。それにつれて思ふのは何処の国何れの民族の間にも、その過去には黄金時代があつたと空想かも知れないが、伝説として残つて居ることであります。勿論何人もその時代に就ての証明は出来ないけれども、さうした話が信仰の内に残されて居ることは否むを得ない否事実に於て何処の国民にもさうしたことを夢見る人間の天性が含まれて居るのであります。現代の社会は真に暗黒そのものであつて、人間相互生活の間には怨み、悪みがあり、国の間には戦ひが起り、現実としては苦の社会であります。然るに過去の黄金時代を誇ると云ふのは、如何に人類が平和と自由と相愛との世の中にあこがれ、それを要求して居るかを実際に証拠立てるものでありまして、其処に人生の意義があります。誠に国と国との間に己の勝手や虚栄心から他をおしのける現実に在り乍ら、自由にして真実なる人間世界の一致を夢見ることは不自然でなく、而も相当力あることと思ひます。故にそうした自由と真理に基く共同精神の時代を将来に実現せしめるに就ては、最も教育が大切であると思ひます。現に西洋諸国にてその国々の歴史や地理を教へて居りますが、何れも自分勝手な、また一種の虚栄心に依る教育でありますから、さう云ふ偏見に立つことを排して行かなくてはなりません。印度は廃亡の民であつて苦しい点は少くありませんが、希望や理想に対する信仰を失はないので、常に光明を前途に認めて居ります。日本は新進の国として科学が進んで居りまして、現代科学の愛弟子であります。私は科学をけなさうとする者ではありません。科学は人生に於ける天然自然の真理を発見せんとするのが天職であります。故に思想の正直さはまた科学の旗印とする真理と同様で、共に人生の宝であります。然るに不幸にして今日の科学の発達はそれが多く悪い方面に利用されて人を殺したり、打ち合つたり、人の血を流す戦争などに用ひられて居りまして、却つて人生を殺す方に使はれ、自由と真理との方面に用ひられることが少いのであります。されば各民族の過去に黄金時代があつたと云ふのでなく、それを将来に出現せしめるやうに精神的にも科学的にも努力せねはなりません。子爵初め諸君も私と同じ理想を持たれるのであるから、真理と自由との理想の世界へ進むことに対して御助力を願ひます。子爵のお話は誠に結構でありました、此の協会の人々も亦此の主意を御理解下さる方々のみでありますから、特に此のお話をする次第であります。
 而して各自歓談の後、午後五時半タゴール翁の退出後三々伍々引上げたが、その出席した人々は左の諸氏であつた。(順序不同)
  タゴール翁   チヤンダ秘書   姉崎正治
 子青淵先生    今岡信一郎    井上雅二
  宇野円空    内ケ崎作三郎   尾高豊作
  大倉邦彦    加藤精神     神林隆浄
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  副島八十六   高木八尺     田村新吉
  土肥脩策    成田勝郎     野口日主
  埴原正直   子福岡秀猪     補永茂助
  本田日生[本多日生]    増田義一     宮岡恒次郎
 男森村市左衛門  諸井恒平     矢野茂
  矢吹慶輝    渡辺海旭    子花房太郎
  藤山雷太    麻生正蔵     塩沢昌貞
  松田 貫了


中外商業新報 第一五五五九号 昭和四年六月四日 渋沢子とタゴール翁の快談 きのふ飛鳥山の邸内でお茶の会(DK380071k-0006)
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中外商業新報 第一五五五九号 昭和四年六月四日
    渋沢子とタゴール翁の快談
      きのふ飛鳥山の邸内でお茶の会
三日午後三時卅分、印度の詩聖タゴール翁が大倉邦彦氏とつれだつて王子の邸に渋沢子爵を訪うた、子爵をはじめ柿崎・塩沢両博士、埴原正直・森村市左衛門・麻生正蔵・藤山雷太氏など帰一協会の人々四十人ばかりこれを迎へて、先づ新緑の色美しい庭を散歩した後お茶の会となつて、その席上老子爵が
「タゴール翁の精神的運動は、その目的において政治経済の道徳化運動と一致するものがある」
とて遠来の労を慰すると、タ翁は「子爵のお話を聞いてゐるとヒマラヤの雪嶺を望んでゐるやうな心持がする、自分は真理と自由の社会が生れる事に努力してゐるが、世人はそれを夢を説くものとしてゐる、然し人間の古代に黄金時代のあつたといふことはどこの民族にも信じられてゐるのである、吾人はさうした黄金時代を将来に築きあげねばならない、日本の科学は進歩してゐる、この科学の力を悪用しないで真理と自由の社会を作る事に向つて大いに協力していただきたい」といふ意味を説いて歓談に時をうつし、五時四十分散会した


Sir Rabindranath Tagore's Speech(DK380071k-0007)
第38巻 p.621-625 ページ画像

Sir Rabindranath Tagore's Speech  (渋沢子爵家所蔵)
      Sir Rabindranath Tagore's Speech
       at the tea-party in his honour
      at Viscount Shibusawa's mansion
        in Oji, June 3, 1929.
  The greatest man of modern India, Raja Rammohan Roy was born in Bengal and was the best friend of my grandfather, who had courage to overcome the prohibition against seavoyage which we had in our country at the time; and he crossed the sea, came into touch with the great western minds.
  My father was fortunate in coming under the influence of Rammohan Roy from his early years which helped him to free himself from the sectarian barriers, from traditions of worldly and social ideas that were very rigid, in many aspects very narrow and not altogether beneficial. My father drew from our ancient scriptures, from the Upanishads, truths which
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had universal significance, and not anything that were exclusive to any particular age or any particular people. We were ostracized by society and this liberated us from the responsibility of conforming to all those conventions that had not the value of truth, that were mere irrational habits bred in the inertia of the racial mind. In my boyhood's dreams I claimed such freedom that we had tasted, for all humanity.
  Nations are kept apart not merely by international jealousy but also by their own past, handicapped by the burden of the dead and decaying, the breeding ground of diseases that attack the spiritual man. I could not believe that generations of peoples, century after century, must have their birth chamber in a moral and intellectual coffin which has its restricted spaceregulation for a boy that has lost its movements. Civilization has its inevitable tendency to accumulate dead materials and to make elaborate adjustments for their accommodation, leaving less and less room for life with its claim to grow in freedom. There are signs of that in India, and I know to-day that it is more or less true in all races, for our mind has its inclination to grow lazy as it grows old and to shirk its duty to make changes in the rhythm of the changing times. In the very heart of this rigid rule of the dead, I was brought up in an atmosphere of aspiration, aspiration for the expansion of the human spirit. We in our home sought freedom of power in our language, freedom of imagination in our literature, freedom of soul in our religious creeds and that of mind in our social environment. Such an opportunity has given me confidence in the power of education which is one with life and only which can give us real freedom, the highest that is claimed for man, his freedom of moral communion in the human world. The ghosts of ideals which no longer have a living reality have become the obsession of all nations that carry an overwhelming past behind them perpetually overshadowing their future.
  The reign of the ghost has strewn the path of our history lessons with mischief, with prejudices that ever obstruct the mutual understanding of nations, that helps in the cultivation of the thorny crop of national vanity and unscrupulousness in international relationship. From our young days our minds are deliberately trained with the aid of untrue words and unholy symbolism in the name of patriotism, to a collective moral attitude, which we condemn in individuals.
  Persons who have no faith in human nature are apt to think that such conditions are eternal in man ―― that the moral ideals are only for individuals but the race belongs to
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that primitive nature which is for the animal. And according to them, in the racial life, it is necessary that the animal should have its full scope of training in the cult of suspicion, jealousy, fierce destructiveness, cruel rapacity. They contemptuously brand optimism as sentimental weakness, and yet in spite of that virulent scepticism an enormous change has worked itself out in course of the growth of civilization from the darkest abyss of savagery. I refuse to believe that human society has reached its limit of moral possibility. And we must work all our strength for the seemingly impossible, and must believe that there is a constant urging in the depth of human soul for the attainment of the perfect, the urging which secretly helps us in all our endeavour for the good. This faith has been my only asset in the educational mission which I have made my life's work, and almost unaided and alone, I struggle along my path. I try to assert in my words and works that education had its only meaning and object in freedom ― freedom from ignorance about the laws of universe, and freedom from passion and prejudice in our communication with the human world. In my institution I have attempted to create an atmosphere of naturalness in our relationship with strangers, and the spirit of hospitality which is the first virtue in man that made civilization possible.
  I invited thinkers and scholars from foreign lands to let our boys know how easy it is to realise our common fellowship, when we deal with these who are great, and that it is the puny who with their petty vanities set up barriers between man and man.
  I am glad that I have the opportunity to-day of letting my friends in Japan know something of my life-long cause and to assure them that it is not special to India but it will ever wait for acceptance by other races.
  We in India are unfortunate in not having the chance to give expression to the best in us in creating an international bond of relationship with the powerful peoples of the world. That bond to-day is made of the links of mutal menace, its strength depending upon the force of panic, and leading to an enormous waste of resources in a competition of browbeating and bluff. Some great voice is waiting to be heard which will usher in the sacred light of truth in the dark region of the nightmare of politics. But we in India have not yet had the chance. Yet we have our own human voice which truth demands. Even in the region where we are not invited to act we have our right to judge and to guide the mind of man to a
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proper point of view, to the vision of ideality in the heart of the real.
  The activity represented in human education is a worldwide one; it is a great movement of universal co-operation interlinked by different ages and countries. And India, though defeated in her political destiny, has her responsibility to hold up the cause of truth, even to cry in the wilderness, and offer her lessons to the world in the best gifts which she could produce. The messengers of truth have ever joined their hands across centuries, across the seas, across historical barriers, and they help to form the great continent of human brotherhood. Education in all its different forms and channels has its ultimate purpose in the evolving of a luminous sphere of human mind from the nebula that has been rushing round ages to find itself in an eternal center of unity. We individuals, however small may be our power and whatever corner of the world we may belong to, have the claim upon us to add to the light of the consciousness that comprehends all humanity. And for this cause I ask your co-operation, not merely because co-operation gives us strength in our work but because co-operation itself is the best aspect of the truth we represent, it is an end and not merely the means.
  My friends, you are new converts to western ideals, in other words, the ideals belonging to the scientific view of life and the world. This is great and its is foolish to belittle its importance by wrongly describing it as materialism. For truth is spiritual in itself, and truly materialistic is the mind of the animal which is unscientific and therefore unable to cross the dark screen of appearance, of accidents, and reach the deeper region of universal law. Science means intellectual probity in our dealings with the material world. This conscientiousness of mind is spiritual, for it never judges its results from the standard of external profits. But in science the oft-used half truth that honesty is the best policy has proved itself to be completely true. Science being mind's honesty in its relation to the physical universe never fails to bring us the best profit for our living. And mischief finds its entry through this backdoor of utility and Satan has had his ample chance of making use of the divine fruit of knowledge for bringing shame upon humanity. Science as the best polity is tempting the primitive in man bringing out his evil passions through the respectable cover that it has supplied him. And this is why it is all the more needed to-day that we should have faith in ideals that have matured in the spiritual field through ages
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of human endeavour after perfection, the golden crops that have developed in different forms and in different soils but whose food value for man's spirit has the same composition. These are not for the local markets but for the universal hospitality, for sharing life's treasure with each other and realising that human civilization is a spiritual feast the invitation to which is open to all, it is never for the ravenous orgies of carnage where the food and the feeders are being torn to pieces.
  The legends of nearly all human races carry man's faith in a golden age which appeared as the introductory chapter in human civilization. It shows that man has his instinctive belief in the objectivity of spiritual ideals though this can not be proved. It seems to him that they have already been given to him and that this gift has to be proved through his history against obstacles. The idea of millennium so often laughed at by the clever is treasured as the best asset by man in his mythology as complete truth realised forever in some ageless time. Admitting that it is not a scientifical fact we must at the same time know that the instinct cradled and nourished in these primitive stories has its eternal meaning. It is like the instinct of a chick which dimly feels that an infinite world of freedom is already given to it, that it is not a subjective dream but an objective reality, even truer than its life within the egg. If a chick has a rationalistic tendency of mind it ought not to believe in a freedom which is difficult to imagine and contradictory to all its experience, but all the same it cannot help pecking at its shell and never accepting it as ultimate. The human soul confined in its limitation has also dreamt of millennium and striven for an emancipation which seems impossible of attainment, and it held its reverence for some great source of inspiration in which all its experience of the true, good and beautiful finds its reality though it cannot be proved, the reality in which our aspiration for freedom in truth, freedom in love, freedom in the unity of man is ideally realised forever.
              (Signed) Rabindranath Tagore.
  ○右ハ昭和四年六月三日飛鳥山邸ノタゴール翁歓迎茶話会ニ於ケル同翁ノ演説。



〔参考〕(ラビンドラナート・タゴール) 書翰 渋沢敬三宛 一九三三年七月一二日(DK380071k-0008)
第38巻 p.625-626 ページ画像

(ラビンドラナート・タゴール) 書翰 渋沢敬三宛 一九三三年七月一二日
                   (渋沢子爵家所蔵)
VISVA-BHARATI
SANTINIKETAN, BENGAL.
                    July 12, 1933
  (Viscount)
Dear Baron Shibusawa,
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  I have a grateful recollection of your grandfather from whom I received kind hospitality and who helped me in introducing me to your people when I visited Japan. I was struck with the simplicity of his manner and the responsiveness of his intellectual mind which was ever open to ideas that reached him from all different sources. He was one of the pioneers who unbarred the gates of his country to the spirit of the modern progress and thus his memory may claim the gratitude of the East for setting the living forces free which are still leading towards the awakenment of Asia.
   ............
               Yours sincerely,
            (Signed) Rabindranath Tagore
Viscount K. Shibusawa,
  10 Tsunamachi Mita Shiba-ku,
  Tokyo, Japan.
  ○右書翰ハ、昭和八年渋沢敬三ノ名ヲ以テ、栄一ノ書翰写送付方ヲ依頼セルニ対スル返信ナリ。