デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
8款 中華民国前総理唐紹儀、殷汝耕歓迎
■綱文

第38巻 p.627-628(DK380072k) ページ画像

大正7年3月25日(1918年)

中華民国前総理唐紹儀及ビ殷汝耕等来日ス。是日、横浜正金銀行頭取井上準之助主催歓迎晩餐会、銀行倶楽部ニ開カレ、栄一出席シテ演説ス。四月六日、東京商業会議所主催歓迎午餐会、同所ニ開カレ、栄一出席シテ演説ス。同八日、中日実業株式会社主催歓迎晩餐会帝国ホテルニ開カレ、栄一出席ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正七年(DK380072k-0001)
第38巻 p.627 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正七年        (渋沢子爵家所蔵)
三月二十五日 晴 朝来晴天ナリシモ風強ク夕方ヨリ雨ヲ加フ
○上略 八時○午後 銀行倶楽部ニ抵リ、正金銀行井上氏ノ招宴ニ応シテ支那人唐紹儀氏ト会見ス、食卓上一場ノ演説ヲ為ス、夜十時帰宿ス
  ○栄一日記、三月三十一日ヨリ四月十日マデ記事ヲ欠ク。


中外商業新報 第一一四八九号 大正七年三月二七日 ○唐紹儀氏歓迎宴(DK380072k-0002)
第38巻 p.627 ページ画像

中外商業新報 第一一四八九号 大正七年三月二七日
    ○唐紹儀氏歓迎宴
井上正金頭取は今回来遊せる唐紹儀氏の歓迎を兼ね、同氏を京浜間の実業家に紹介する為め二十五日夜丸の内銀行倶楽部に晩餐会を開く、来会者は左の三十余名にして宴酣なる頃、井上氏の挨拶あり、之に対し唐氏は殷汝耕氏通訳の下に、日本人にして支那に於て事業を経営せんとするには、宜しく支那の国民性を尊重し地方民との融合を念とすべし、支那の現情は外国の資本と技術とを容るゝに吝ならずとて、措辞円満命意深刻の演説を試む、畢つて渋沢男より亦一場の演説あり、宴を撤し午後十時散会せりと、出席者左の如し
 唐紹儀・殷汝耕(以上主賓)渋沢男・近藤男・大倉男・郷男・中島男・早川千吉郎・志村源太郎・浅野総一郎・安田善三郎・土方久徴佐々木勇之助・池田謙三・村井吉兵衛・桜井鉄太郎・木村清四郎・倉知鉄吉・美濃部俊吉・大橋新太郎・串田万蔵・茂木惣兵衛・藤瀬政次郎・江口定条・中村房次郎・山科礼蔵・杉原栄三郎・白岩竜平高木陸郎(以上来賓)井上準之助・梶原仲治・小田切万寿之助・鈴木島吉・穂積太郎・松尾吉士(以上主人側)


竜門雑誌 第三五九号・第七〇―七一頁 大正七年四月 ○唐紹儀氏歓迎宴(DK380072k-0003)
第38巻 p.627-628 ページ画像

竜門雑誌 第三五九号・第七〇―七一頁 大正七年四月
○唐紹儀氏歓迎宴 過般来朝せる支那政府前国務総理唐紹儀氏歓迎を兼ね、氏を京浜間の重なる実業家に紹介の為め、横浜正金銀行頭取井上準之助氏は三月廿五日夜、丸の内銀行倶楽部に於て晩餐会を催したり。出席者は青淵先生を初め近藤・大倉・郷の各男、早川・志村・浅
 - 第38巻 p.628 -ページ画像 
野氏等三十余名にして、井上氏の歓迎辞に次ぎ、唐氏は殷汝耕氏通訳の下に、日本人にして支那に事業を経営せんと欲せば、宜しく支那の国民性を諒解し、地方民との融合を念とすべく、支那の現情は外国の資本と技術とを容るゝに吝かならずとて、日本実業家の一考を希望し畢つて青淵先生の演説あり、それより宴を徹して同十時散会せりと云ふ。因に唐紹儀氏歓迎会は其後東京商業会議所、及び支那財界に特殊関係ある銀行会社代表者七十名によりて催され、両者とも青淵先生臨席の上、一場の演説ありたりと云ふ。


中外商業新報 第一一五〇〇号 大正七年四月七日 ○唐紹儀氏招待会 東京商業会議所主催(DK380072k-0004)
第38巻 p.628 ページ画像

中外商業新報 第一一五〇〇号 大正七年四月七日
    ○唐紹儀氏招待会
      東京商業会議所主催
東京商業会議所主催となり、六日正午より同会議所楼上に於て唐紹儀殷汝耕氏を招待し、午餐会を開きデザート・コースに入るや藤山会頭の挨拶あり、次に唐紹儀氏の大要左の如き演説あり、尚渋沢男の簡単なる希望演説あり、主客互に胸襟を披きて歓談し午後二時散会せり
 従来、日支親善の前提として一衣帯水なる地理的関係及同種同文を説きしが、両国は互に利害関係を有するが故に、斯る簡単なる理由の下に解決し得らるゝ問題に非らず、即ち利害関係の円滑を図るには有無相交換するに在り、換言すれば相互利益の衡平を得ること是れ中日親善の真意義也、此真正なる意味を了解するに至らば、従来両国民の胸底に横はりし障壁は、自然に除去せらる可きを信ず、而して支那は天然自然に富むと雖も、其富源を開発す可き人材に欠乏せり、左れば日本よりは人材の供給を仰ぎ、我支那よりは工業の材料を供給し、以て経済関係を密接ならしめ、且つ両国は啻に目前の利益を主張する事なく、永久的利益を目的として相提携するこそ、真の中日親善の要諦なる也
因に当日の出席者は左の如し
 渋沢男・中野武営・井上準之助・小田切万寿之助外数十名。


集会日時通知表 大正七年(DK380072k-0005)
第38巻 p.628 ページ画像

集会日時通知表 大正七年 (渋沢子爵家所蔵)
四月八日 月 午後五時 中日実業会社ニテ唐紹儀氏御案内(ホテル)
            (服装フロツクコート)