デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2020.3.6

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
9款 イギリス皇族アーサー・オブ・コンノート歓迎
■綱文

第38巻 p.631(DK380075k) ページ画像

大正7年6月24日(1918年)

是日、イギリス大使主催、同国皇族プリンス・アーサー・オブ・コンノート奉迎日本人招待会、同大使館ニ開カレ、栄一出席ス。


■資料

竜門雑誌 第三六二号・第六八頁 大正七年七月 ○英国大使館(DK380075k-0001)
第38巻 p.631 ページ画像

竜門雑誌 第三六二号・第六八頁 大正七年七月
○英国大使館
日本人招待会 六月廿四日英国大使館主催となり、過般特使として来朝せられたる英国コンノート殿下奉迎日本人招待会を催したり。定刻四時半に先立ち三百名近くの各階級の著名の士は、緑樹屋に参集して殿下の来臨を待間程なく、殿下にはカーキ色の略服にて御着あり、一同敬礼の間を別室に入らせられ、其処にて青淵先生初め長谷川元帥・加藤子・原敬氏其他の主立たる名士数十名に謁見を賜はりたる由。


東京朝日新聞 第一一四九四号 大正七年六月二五日 ◇英大使館の歓迎招待会(DK380075k-0002)
第38巻 p.631 ページ画像

東京朝日新聞 第一一四九四号 大正七年六月二五日
    ◇英大使館の歓迎招待会
二十四日午後の英国大使館主催コ殿下奉迎日本人招待会は、梅雨期に似合はず折柄の快晴のため非常なる成功であつた、定刻四時半に先立つて、三百名近くの各階級の著名の人々は緑樹屋《グリーンハウス》に参集して、待つ間程なく殿下は例のカーキ色略服にて御着になり、一同敬礼の間を別室に通らせられ、其処で長谷川元帥・渋沢男・加藤子・原敬氏を初め主立つた数十名の人々に謁見を賜つた○下略



〔参考〕読売新聞 第二二一三六号 昭和一三年九月一三日 コンノート殿下薨去(DK380075k-0003)
第38巻 p.631 ページ画像

読売新聞 第二二一三六号 昭和一三年九月一三日
    コンノート殿下薨去
〔ロンドン十二日発同盟〕コンノート公第一王子アーサー・コンノート殿下には、予てロンドンにおいて御病臥中で最近御重体を伝へられてゐたが、十二日午前三時半遂に薨去遊ばされた旨、侍医より発表された、御年五十五