デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
10款 フランス元帥ジョッフル歓迎
■綱文

第38巻 p.632-636(DK380076k) ページ画像

大正11年2月2日(1922年)

是日、全国商業会議所聯合会及ビ京浜在住実業家聯合主催、フランス共和国特派使節ジョゼフ・ジャーク・セゼール・ジョッフル元帥歓迎晩餐会、帝国ホテルニ開カル。栄一出席シテ乾杯ノ辞ヲ述ブ。


■資料

東京朝日新聞 第一二八〇九号 大正一一年二月三日 ジョ元帥の山公哀悼に 余興をやめた歓迎宴 昨夜商業会議所の主催で(DK380076k-0001)
第38巻 p.632 ページ画像

東京朝日新聞 第一二八〇九号 大正一一年二月三日
  ジョ元帥の山公哀悼に
    余興をやめた歓迎宴
      昨夜商業会議所の主催で
東京商業会議所の首唱にかゝる、全国商業会議所並に京浜間主要実業家のジョッフル元帥歓迎会は、昨夜六時半から帝国ホテルに開催、実業界の巨頭連を陪賓として、都下各新聞社長・主幹等を加へて二百五十余名出席、ジョ元帥は山県公逝去につき哀悼の意を表して歓迎を辞さうとしたが、主催者側の懇請によつて臨席、特に其の意を体して予定の余興も廃し、奏楽もなく一同は静かに日本式庭園の風致にしつらへたホールに休憩の後、食堂を開き藤山会頭の歓迎辞に次で歓迎文の朗読あり、渋沢子は起つて五十六年前初めて渡仏学当時《(留脱カ)》の思ひ出話を述べて、日仏国交の深きを説いて一同乾杯、之に対してジョ元帥の謝辞あり、食卓には燕尾服・裾模様の両国人が睦ましく歓談を交へて、美しいしとやかな半夜を過した


中外商業新報 第一二八九四号 大正一一年二月三日 ジョツフル元帥歓迎会 有力実業家主催(DK380076k-0002)
第38巻 p.632-633 ページ画像

中外商業新報 第一二八九四号 大正一一年二月三日
   ジョツフル元帥歓迎会
     有力実業家主催
東京商業会議所主唱の全国商業会議所、並に京浜主要実業家聯合の仏国特使ジョツフル元帥歓迎会は、二日午后六時半から帝国ホテルに開いた、会場は特に善美を極めた設備を整へ、定刻主賓ジョツフル元帥夫妻以下随員一行、並に陪賓として仏国大使クローデル氏夫妻、及大使館員等を迎へ、梅林に擬したる休憩室にて歓談を交へたる後、午後七時半から食堂を開き、軈て食事の終るを待ち、藤山東商会頭は主人側を代表して歓迎辞を朗読し、次で渋沢子爵起ちて乾杯の辞を述べ、一同杯を挙げて元帥の健康を祝し、ジョ元帥は欣然として答辞を朗読し午後九時宴を撤して、更に休憩室に退いて交驩した、当夜は帝劇女優其他の余興がある筈であつたが、元帥は山県公の薨去に甚深の哀悼を表して固く辞退した為め中止せられた、日本側の出席者は渋沢子、阪谷・目賀田・大倉各男、其他京浜を始め全国有力の実業家二百余名に達し、非常に盛会であつた、尚藤山東商会頭の歓迎辞及ジョ元帥の
 - 第38巻 p.633 -ページ画像 
答辞は左の如くである
  ○歓迎辞及ビ答辞後掲ニ付略ス。


東京商業会議所報 第五巻第三号・第六―八頁 大正一一年三月 ○仏国特派使節ジョフル元帥閣下歓迎会(DK380076k-0003)
第38巻 p.633-634 ページ画像

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竜門雑誌 第四〇五号・第六一頁 大正一一年二月 ○ジヨツフル元帥歓迎会(DK380076k-0004)
第38巻 p.634-635 ページ画像

竜門雑誌 第四〇五号・第六一頁 大正一一年二月
○ジヨツフル元帥歓迎会 東京商業会議所主唱の全国商業会議所並に京浜主要実業家聯合の、仏国特派使節ジヨツフル元帥歓迎会は、二月二日午後七時より帝国ホテルに開催、主賓ジヨツフル元帥夫妻・令嬢以下随員一行、並に陪賓仏国大使クローデル氏夫妻及び大使館員、又主人側としては青淵先生、阪谷・目賀田・大倉各男、其他京浜を始め各国有力の実業家二百余名出席し、定刻食堂を開き宴終るを待ち、藤山東京商業会議所会頭は主人側を代表して歓迎辞を朗読し、次で青淵先生起つて乾杯の辞を述べ、一同杯を挙げて元帥の健康を祝したるに元帥は欣然として謝辞を朗読し、午後九時宴を撤して更に休憩所に於
 - 第38巻 p.635 -ページ画像 
て交驩する所あり、一同和気靄々裡に散会せりと云ふ。



〔参考〕中外商業新報 第一二六七八号 大正一〇年七月二日 仏国ジ元帥来朝 我駐仏武官から其内報 然し任務資格未だ不明(DK380076k-0005)
第38巻 p.635 ページ画像

中外商業新報 第一二六七八号 大正一〇年七月二日
    仏国ジ元帥来朝
      我駐仏武官から其内報
      然し任務資格未だ不明
屡々外電の報ずる如く、仏国ジヨツフル元帥は近く我国へ来航することに決したる由である、右につき陸軍省へは駐仏大使館附武官渡辺少将から其内報があつた、然し
 宮内省 へは先般仏国大統領が我皇太子殿下を御招待申上げた席上話があつたとの電報丈けで何等の確報がない、そして其任務資格が東宮御訪問の答礼特派使節であるか、又は軍事視察が主であるか不明である為め、宮内省では公報を待て接伴方法や其他種々の準備を為す予定であるといふ
 同元帥 の人と為りにつき、参謀本部課長永井来大佐は語つて曰く「元帥は戦前高等軍部会議々員(我国の軍事参議官)であつたが、開戦切迫当時は同会副議長、即ち戦時予定総司令官となり愈々独逸に宣戦を布告するや元帥に陞任、仏軍総司令官の大任を受け戦争末期迄現職にあり、始終
 偉勲を 樹て最後の勝利を得、フオツシユ元帥と共に仏国々民の人望を集めた人である、本年七十余歳、容貌魁偉であるが人に接するや温顔を以て迎へ、話しも非常な小声である、工兵科出身で嘗て仏領マタカスカルや、印度・支那等に勤務し、実際我長崎へも立寄つた様に記憶して居る、実兵の統率は勿論軍政にも通じ、仏国現在六
 元帥中 の主席で、フオッシユ元帥は聯合国高等軍事会議々長、ペタン元帥は仏国高等軍事会議副議長の要職にあるから、比較的閑職にあるジ元帥が来航することになつたのであらう」云々



〔参考〕渋沢栄一書翰 アルバート・カーン宛 一九二二年七月一八日(DK380076k-0006)
第38巻 p.635-636 ページ画像

渋沢栄一書翰 アルバート・カーン宛 一九二二年七月一八日
               (アルバート・カーン氏所蔵)
          (COPY)
       VISCOUNT SHIBUSAWA
      2 Kabutocho Nihonbashi
          TOKYO
                 July 18,1922
Mr.Albert KAHN,
  102 Rue be Richelieu,
  Paris,France.
Dear Mr.Kahn:
  ・・・・・・・・・・・・
  My cousin《(nephew)》 Dr.M.Shibusawa told me all about you and your exceeding kindness to him.I was very glad to hear him tell me that you were in excellent health.I am anxious more than ever about the friendly relationship of Japan with France.Regarding the ways and means of promoting the international
 - 第38巻 p.636 -ページ画像 
 cordiality between your country and mine, your Ambassador Claudel has frequently invited us for conference. There is a group of prominent Japanese who are deeply concerned in a close relationship between the two countries, and l have the honor to belong to that group. The visit of Marshal Joffre to Japan was an event of a large significance. I had the privilege to see him several times in public functions. I talked with him about the old days of your country and had a delightful time with him.I am now eighty-three years old and this old age perhaps forbids me to attempt a long journey to Europe although in spirit I am anxious to visit the Continent after the great war.Therefore I will not be able to see you once more unless you plan to come over here to our country. I shall be more than delighted if I can see you again in my country.
  Trusting that this letter may find you in the best of health,I beg to remain,
              Yours very truly,
             (Signed) E. SHIBUSAWA.

  ○Dr.M.Shibusawa ハ渋沢元治ナリ。
  ○本資料第三十六巻所収「財団法人日仏会館」昭和六年一月四日同元帥逝去ノ条参照。
  ○元帥 Joseph Jacques Cesaire Joffre (一八五二―一九二九)ハ千八百七十年フランス共和国陸軍将校トナリ、千九百十四年八月世界大戦勃発スルヤフランス軍総司令官ニ任ゼラル。千九百十六年辞職シテ元帥トナル翌年、使命ヲ帯ビテアメリカ合衆国ニ渡リ又東部アジヤ方面ニモ派遣セラレタリ。(「エンサイクロペディヤ・ブリタニカ」ニ依ル)

渋沢栄一伝記資料 第三十八巻 終