デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.85-86(DK390029k) ページ画像

大正元年8月27日(1912年)

是日、日露協会会頭寺内正毅、ロシア帝国ノーヴォエ・ヴレーミヤ紙記者エゴロフヲ、麻布ノ自邸ニ招キテ晩餐会ヲ催ス。栄一出席シテ、エゴロフト対談ス。


■資料

竜門雑誌 第二九二号・第二三―二四頁大正元年九月 ○寺内伯邸の外賓饗筵に於て(青淵先生の諧譃)(DK390029k-0001)
第39巻 p.85-86 ページ画像

竜門雑誌 第二九二号・第二三―二四頁大正元年九月
    ○寺内伯邸の外賓饗筵に於て
      (青淵先生の諧譃)
先頃寺内伯爵が露西亜のノーウエ・ウレミヤといふ有力なる新聞社のエゴロフと云ふ記者。此人は露都に設立せる露日協会の幹事をして居る人ださうです。蓋し此エゴロフ氏は以前は日本に対して排斥意見を持た人であつたが、近頃は至つて親日派で露日協会の世話をするやうになつたといふ。而してノーウエ・ウレミヤ新聞社中の相当の位地に居る人だといふことで、折角日本へ来られたから一夕相会し、談話を交換して懇親を厚ふしやうと云ふので、日露協会会頭の寺内伯が自邸で小集を催すことになつて、私も其招待を受けて陪席した。エゴロフ氏は中々の論客であつて、又主人公の寺内伯も随分遠慮なく談話をされるお人であるから、通訳の人が目を廻す位に議論が佳境に入つたやうであつた。
其談話中には或は日本婦人の労働の事に関し、或は俥の事に就て、或は農業耕作の事抔にも論及して、種々非難的の質問がありましたが、寺内伯は一々其説に弁解を与へて、日本婦人の労働は一概に悪いとは謂はれない、人力車に就ては自慢も出来ぬけれども是れは初めからの習慣が悪かつたと云ふやうな挨拶をなされた。其他両国の親善問題に就ては種々真面目の談話が交換されて中々面白かつた。其中にエゴロフ氏が斯う云ふ事を言つた。日本の土地は誠に能く拓けて居つて、総ての作物が満足に出来て居るやうに見受ける。併し人口の増加が甚だしい国だから、これでも尚ほ追々に食物が足りなく為りはせぬかと思ふ。将来日本の為めに考へると左の二・三の策に出る外ないと思ふ。
其一は仏蘭西流義に成べく人口を殖さぬやうにするか、其二は人口の増殖は到底防ぐ能はずとすれば他に大きな土地を取るやうにするか、左なくば国民を盛に他に移住させる策を講ぜねばならぬ。蓋し此意味は、日本は頻に他に向つて発展策を講じつゝあるではないか、と云ふことを諷刺するのではないかと想像された。夫れに対して寺内伯も答へられたが、私が傍から諧譃的にお話をしたので一座大笑となりました。それは寺内伯のお答へに、もう一ツ加へたいことがある。エゴロフ君は西比利亜鉄道で広漠たる原野を通つて御座つた眼で、日本の耕作の有様を御覧になつたから、総ての農作物が能く稔つて地力を尽して居るやうにお感じなされたか知らぬが、私自身は原と農民で耕作の事には経験がある。加之ならず耕作地に施す肥料製造会社を創設し、今日自身が直接に経営して居るではないけれども、数年以前は頻に精励したから地力の事に就ては相当の経験があります。若し此人造肥料
 - 第39巻 p.86 -ページ画像 
に由つて、例へば米麦等の生産物が今迄の作柄より一倍に増加すると仮定すると、詰り日本の面積が同じく一倍に増加した訳です。故に遠き将来にはエゴロフ君の懸念するが如き事がないとは謂はれぬけれども、日本の耕地面積が倍以上になるものとすれば、急に人口の繁殖を防ぐとか、或は他に移住地を求めねばならぬと迄懸念せぬでも宜いやうに思ひます。といふたら氏は成程さう云ふお考もありませうが、私は日本の耕作地が肥料に由つて俄に一倍に為る程の結果を来たすことが出来るとは信じ難く思ひますと云つて笑つて居つた、種々面白い話のあつた中に左様なる空中楼閣談もありました。


竜門雑誌 第二九二号・第五八頁大正元年九月 ○寺内伯の招待会(DK390029k-0002)
第39巻 p.86 ページ画像

竜門雑誌 第二九二号・第五八頁大正元年九月
○寺内伯の招待会 露国新聞ノーウオエ・ウレミヤ記者ヱゴロフ氏と青淵先生との一場の座談は、本誌談話欄掲載の通りなるが、右は寺内伯が日露協会々頭として八月二十七日午後七時より、エゴロフ氏を主賓とし、青淵先生其他朝野の名士を麻布の自邸に招待して晩餐会を催し、其席上に於ける談話なりと云ふ。