デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.102-104(DK390043k) ページ画像

大正3年9月18日(1914年)

是日栄一、アメリカ合衆国シカゴ大学総長ジャドソン夫妻ヲ、飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

招客書類(一) 【大正三年九月十八日正午、於飛鳥山邸 米国シカゴ大学総長ジヤドソン博士招待会】(DK390043k-0001)
第39巻 p.102 ページ画像

招客書類(一) (渋沢子爵家所蔵)
 大正三年九月十八日正午、於飛鳥山邸
  米国シカゴ大学総長ジヤドソン博士招待会
                    ジヤドソン
                    同夫人
                    ロージヤー・グリーン
                    ピーボデー
                    マツク・キビン
                    ドンネレー嬢
               東京市長 阪谷芳郎
                    同夫人
                    森村市左衛門
                    添田寿一
                    中島力造
                    服部宇之吉
                    姉崎正治
                    成瀬仁蔵
                    山内繁雄
                    神谷忠雄
                    井上秀子
                    平野浜子

                    主人
                    主夫人
  一、余興 三曲、素踊

(阪谷芳郎) 大日本平和協会日記 大正三年(DK390043k-0002)
第39巻 p.102-103 ページ画像

(阪谷芳郎) 大日本平和協会日記 大正三年
                    (阪谷子爵家所蔵)
○九月十六日、帰一協会ニテジヤドソン(シカゴ大学総長)グリーン
 - 第39巻 p.103 -ページ画像 
(故グリーン氏令息)ヲ招待ス
○中略
○九月十八日午餐 王子渋沢男邸ジヤドソン、グリーン、ピーボデー三氏一行招待


竜門雑誌 第三一七号・第六九―七一頁大正三年一〇月 ○ジヤドソン博士招待会(DK390043k-0003)
第39巻 p.103-104 ページ画像

竜門雑誌 第三一七号・第六九―七一頁大正三年一〇月
○ジヤドソン博士招待会 米国シカゴ大学総長ジヤドソン博士来朝せられたるに付き、青淵先生及同令夫人には九月十八日正午、同博士及同令夫人を飛鳥山別邸に招待して午餐会を催されたり、来賓は一行のロージヤー・グリーン氏、ピーボデー氏、マツク・キビン氏、ドンネレー嬢、又陪賓としては阪谷市長、同令夫人、森村市左衛門、添田寿一、中島力造、服部宇之吉、姉崎正治、成瀬仁蔵、山内繁雄、神谷忠雄、井上秀子、平野浜子の諸氏にして、宴中三曲素踊の余興あり、主客歓をつくして、午後四時過散会したる由なり。
因に当日先生の挨拶及ジヤドソン博士の答辞は左の如くなりしと云ふ
    青淵先生の挨拶
 ジヤドソン博士及令夫人、並に御一行の貴賓諸君、余は各位が荊妻及余の招待に応じて、本日拙邸へ尊来の栄を賜はりたることを深く感謝するものなり。
 昨日の天気模様に依れば、本日も或は風雨中に遠路の来臨を仰ぐことゝ成るべきやを恐れ、余は少なからず痛心せり、然るに本日は案に相違して快晴となり、軟風嫋々旭日煦々の好天気を見るに至りたるは誠に喜ばしき限りにして、或は上天がジヤドソン博士御夫妻及其一行に対して、特別なる恩寵を与へられたる次第ならんか。
 貴賓諸君、余は各位を歓迎するの辞を述べんと欲して、今や胸中感に満つるものあり、而して心中感に満つれば却つて語たるべき言葉は少なきなり、今各位を迎ふるに当り先づ余が心中に湧きたる感想は、今日より五年前に於て米国にて各位と相会したる折りの楽しき追憶なり、余等夫妻のシカゴに在るや、ジヤドソン博士御夫妻は余等の為め多大の好意を払はれ歓待一方ならざりき、余等夫妻は今尚ほ当時の楽しき記臆を鮮やかに胸中に有す、而して本日尊来を辱うしたる御一行中のグリーン君に対しても、余等夫妻は米国に於て同君より与へられたる御好意に対し、深く感謝の意を表するものなり実に余等夫妻は本日の好機に於て、永久忘るべからざる感謝の意を親しく諸君に向つて述ぶるを得たるを大なる幸福とするものなり。
 各位及余等が箇人的に相締結する相互の温情は、我等が互に誇りを以て代表しつゝある米日両国民間の友誼を深うするの便りとなるは余の信じて疑はさる所なり、而して此は単に余一己の信ずる所たるに止まらず、玆に列席せらるゝ我日本の友人諸君、及び広く我邦の思慮ある人士に於ても、余と同様の見解を抱かるゝは明かなり、我日本に於ても主戦論者及悪徳新聞等のなきに非ずと雖ども、然かも彼等が語たる所の無責任なる言説には、国民の大多数は決して耳をも傾けず、又た同情をも有せざるなり、国民としての我等日本人は諸君の良友なり、諸君も亦た我等の良友たらんことを熱望す、願は
 - 第39巻 p.104 -ページ画像 
くは余が玆に述べたる誠実なる感情を、広く貴国民に伝ふるの労を諸君に於て採られんことを。
 一昨日帰一協会に於てジヤドソン博士の講演を拝聴したる節、余は博士が「科学の進歩は動もすれば箇人相互間の愛情を減殺するの傾きを生ず」と言はれたる一句に深く感動せり、余は科学の進歩著るしき今日の世界に於て、箇人間の感情の融和を図かるは国民間の感情の融和を図かるに比して、其緊要の度決して劣る所なきを信ずるものなり、而して右講演後、阪谷男爵は「米国に於ける一部の米人間には、近年日本に対して一種不安の念を抱かんとするが如き忌むべき傾向あり」と云はれたるが、今日に於ては我日本の下層社会にも之れと同様なる傾向の発生を見たり、然りと雖ども此種の傾向は必ずしも重大なる結果を生ずるものに非ざるべく、之れを物に譬なれば疾病の一時的発作の如く、又忽ちにして吹き去る暴風の如きものなるべし、既に疾病なりとせば治するに道を以てすれば久しからずして癒ゆべく、暴風なりとせば暫時忍耐せば忽ち平静に復すべけん、余はジヤドソン博士が「国民互に友情を温ためんと欲せば、各自其相手方の光明的側面を注視するに努むべし」と述べられたる言に賛成を表するものなり、博士の言は実に余の観念と符節を合するが如し、我等両国民は各々相互の優良なる側面を見て互に相理解し以て各自の利益を図かり、以て人類の幸福と進歩の為めに共働する所なかるべからず
 本日荊妻及余は各位に対して全然非公式的なる家庭的午餐を呈せんとす、之れ蓋し余等夫妻は家庭的遊山に参加したる余等の近親の如くに各位を待遇せんと欲したるに由る
 終に臨み重ねて各位の御尊来を感謝す。
    ジヤドソン博士の答辞
 今日渋沢男爵・同令夫人の心入し御招待を受け、此輝きある好天気に結構なる家庭に入りて、日本紳士諸氏と列席するの光栄を与へられたるは、予の深く感謝する処なり、此好天気に於ける日光の輝きは恰も男爵及同令夫人の家庭の光輝を現はされたるものなるべし。数年前シカゴ市に男爵及実業家一行の来遊せられしとき、余は大学及市にて親しく面会したるが、思ふに該旅行に於て男爵及同令夫人外一行は、至る処に於て米国人の真情の虜となりしならん、而して男爵外一行諸君は帰国の際之を各地に持帰りしならんと思ふ、之と同様に予は本日日本人の真心を受け、之を本国に持帰らんと欲す。
 日米両国間の関係はあらゆる関係より到底切断せらるゝものゝあらず、仮令ば米国の各州に多数の日本留学生あり、我等は執れも米国人の真意をもたらして日本に帰るべし、余は彼等を通して米国人の真意を日本人に伝達せん事を希望す、予は本日の庭園の静秘なる如く日米両国の間必ず平和ならざるべからざるを信ず云々。
   ○栄一ノシカゴ訪問ニツイテハ本資料第三十二巻所収「渡米実業団」明治四十二年九月二十一日ノ条参照。
   ○本資料本編第一部第六章所収「帰一協会」大正三年九月十六日ノ条参照。