デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.172-174(DK390085k) ページ画像

大正8年1月20日(1919年)

是日栄一、アメリカ合衆国朝鮮美以教会監督ハリス及ビ海老名弾正ヲ、渋沢事務所ニ招キテ送別午餐会ヲ催シ、送別ノ辞ヲ述ブ。


■資料

渋沢栄一 日記 大正八年(DK390085k-0001)
第39巻 p.172-173 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正八年         (渋沢子爵家所蔵)
一月六日 快晴 寒
○上略 午後三時兜町事務所ニ抵リ、海老名弾正氏ノ来訪ニ接ス、海外行
 - 第39巻 p.173 -ページ画像 
ニ付援助ヲ乞ハルヽナリ○下略
   ○中略。
一月二十日 晴 寒
○上略 午前十時事務所ニ抵リ、十一時ヨリパリス《(ハリス)》監督・海老名牧師二氏ノ欧洲行送別ノ宴ヲ開ク、阪谷・添田・姉崎・江原・小崎・長尾・コールマン氏等ノ数氏来会ス、午飧後一場ノ別辞ヲ述ヘ、午後三時過散会ス○下略


招客書類(一) 【大正八年一月二十日正午、兜町事務所 ハリス・海老名両氏送別会】(DK390085k-0002)
第39巻 p.173 ページ画像

招客書類(一)              (渋沢子爵家所蔵)
 大正八年一月二十日正午、兜町事務所
  ハリス・海老名両氏送別会
                   (太丸ハ朱書)
                   ○ハリス
                   ○海老名弾正
                 ○男 阪谷芳郎
                   ○添田寿一
                   ○姉崎正治
                   ○コールマン
                   ○高木壬太郎

                   ○主人


竜門雑誌 第三七〇号・第七八頁大正八年三月 ○ハリス・海老名両氏送別会(DK390085k-0003)
第39巻 p.173 ページ画像

竜門雑誌 第三七〇号・第七八頁大正八年三月
○ハリス・海老名両氏送別会 青淵先生は一月二十日、兜町事務所に於て今般渡欧の途に就くべきハリス監督、及び戦後の思想界視察の為め渡欧の途に就くべき海老名弾正両氏の送別宴を催され、阪谷男、添田・姉崎両博士、コールマン、高木壬太郎其他の諸氏を陪賓として招待せらるゝ所ありたり。


集会日時通知表 大正八年(DK390085k-0004)
第39巻 p.173 ページ画像

集会日時通知表 大正八年 (渋沢子爵家所蔵)
一月十八日 土 午後一時 ハリス博士来約(兜町)
   ○中略。
一月二十日 月 午前十一時 ハリス監督海老名両氏送別会(兜町)
   ○中略。
一月廿二日 水 午前九時 ハリス氏出発(東京駅発汽車)
   ○中略。
二月五日 水 午前八時半 海老名弾正氏渡欧出発(東京駅汽車)
   ○ハリス監督ハ、大正十年五月八日青山学院内自宅ニ於テ逝去ス。ソノ追憶記ハ「植民」(第六巻第五号・大正十年六月)ニ掲ゲラル。ハリスガ初メテ日本ニ渡来セルハ、明治六年十二月十四日ニシテ、爾来牧師トシテ日本ノ精神文化ノ為ニ尽ス。



〔参考〕集会日時通知表 大正七年(DK390085k-0005)
第39巻 p.173-174 ページ画像

集会日時通知表 大正七年         (渋沢子爵家所蔵)
四月六日 土 午後一時―五時 ハリス氏住宅落成ニ付縦覧
 - 第39巻 p.174 -ページ画像 
                     (青山学院構内同邸)



〔参考〕日米外交史 川島伊佐美著 第四四五頁昭和七年二月刊(DK390085k-0006)
第39巻 p.174 ページ画像

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