デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.264-265(DK390154k) ページ画像

大正12年12月10日(1923年)

是日、アメリカ合衆国人デーヴィス、同国サン・ディエゴノライマン・ジェー・ゲージノ添書ヲ携ヘ、栄一ヲ訪フ。


■資料

渋沢子爵親話日録 第二 自大正十二年十二月至 高田利吉筆記(DK390154k-0001)
第39巻 p.264-265 ページ画像

渋沢子爵親話日録 第二 自大正十二年十二月至 高田利吉筆記
                  (財団法人竜門社所蔵)
○十二月十日
 - 第39巻 p.265 -ページ画像 
○上略
△三時デビス氏来訪す、別に用務ありてにあらず、あまねく大家の握手を得ん為なりとてサンヂーゴなるライマン・ゲリー氏《(ライマン・ゲージ)》の添書を携へ来れり
○下略
   ○ゲリートアレドモ、後掲参考資料ニヨレバゲージナリ。



〔参考〕渋沢栄一 日記 大正一〇年(DK390154k-0002)
第39巻 p.265 ページ画像

渋沢栄一 日記 大正一〇年      (渋沢子爵家所蔵)
十二月二十一日 曇 軽暖
午前七時起床、入浴シテ直ニ朝飧ヲ食ス、此日午前ヨリ当地○サン・ディエゴヲ発シテ羅府ニ帰着ノ予定ナリシモ、連日ノ雨ニテ鉄路破損シ、未タ修理シ得サル為メ帰途ノ定メ難キト、一ハ昨日ゲージ氏ト会見シ能ハズシテ、今朝余ノ旅舎ニ来訪ノ約アリシニヨリ、朝食後羅府ヘ発電等ノ要務ヲ弁シ、十時ゲージ氏来訪セラレタレハ、客室ニテ種々ノ談話ヲ為ス、蓋シ氏ハ、余ニ数日ノ滞留ヲ以テ其家ニモ招宴シ、且ツ地方人士ニ紹介ノ事ヲモ企望セラレシガ、前途ノ都合之ニ応シ難キヲ以テ鄭寧ニ之ヲ陳謝シ、更ニ昨年来別後ノ経過及ヒ余ノ今回ノ米国行ノ事情、又ハ米国着後紐育・華盛頓等ノ有様ヲモ詳細ニ陳述シ、氏ノ諒諾ヲ得、更ニ将来ノ注意ニ関シ委曲相互ノ意見ヲ交換シ、十二時過辞去セラル○下略



〔参考〕竜門雑誌 第四〇七号・第四〇頁 大正一一年四月 渡米日誌 青淵先生(DK390154k-0003)
第39巻 p.265 ページ画像

竜門雑誌 第四〇七号・第四〇頁大正一一年四月
    ○渡米日誌 青淵先生
 本篇は青淵先生が去二月二十五日、日米関係委員会に報告せられたる渡米日誌なり。請ふて玆に掲載することとせり。(編者識)
○上略
 十二月二十日(火) 午前九時四十五分ロスアンゼルスを発し、サンヂヱコに向ふ、数日来の強雨にて鉄道線路は破壊を生じ、途中デルマー駅にて下車するの余義なきに至り、同駅より自働車を雇ふて夕刻到着、コロナド・ホテルに投宿す。
 十二月二十一日(水) 午前同ホテルニ於てライマン・ゲーシ氏の来訪を受け会談す○下略