デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.267-271(DK390157k) ページ画像

大正13年1月17日(1924年)

是日栄一、故アメリカ合衆国大統領セオドル・ルーズヴェルト夫人、同子息及ビエッチ・キャッスル夫妻ヲ、飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

渋沢栄一電報 控 セオドラ・ルーズヴェルト宛大正一三年一月一〇日(DK390157k-0001)
第39巻 p.267 ページ画像

渋沢栄一電報 控 セオドラ・ルーズヴェルト宛大正一三年一月一〇日
                      (渋沢子爵家所蔵)
    案
 プレスデント・リンカン号
  セオドア・ルースウエルト令夫人殿
                      渋沢栄一
貴台ノ御来遊ヲ衷心ヨリ歓迎シ、御面会ノ機会ノ一日モ早カランコトヲ希フ
  大正十三年一月十日


中外商業新報 第一三五九六号大正一三年一月一五日 夫と親交の渋沢さんを第一に訪ねたいと昨来朝のルーズベルト未亡人(DK390157k-0002)
第39巻 p.267-268 ページ画像

中外商業新報 第一三五九六号大正一三年一月一五日
  夫と親交の渋沢さんを第一に
    訪ねたいと昨来朝の
      ルーズベルト未亡人
横浜十四日電話=前米国大統領未亡人テオドラ・ルーズベルト女史は冒険家で有名な
 令息のカーミツト・ルーズベルト君と共に、十四日正午太平洋郵船プレシデント・リンカン号で横浜についた、夫人は七十に近い老婦人で黒づくめの服装をして居るが、何処か賢婦人としての威厳があつた夫人は「日本に就ては永い間あこがれて居ました、東京に当分滞在してゆつくり見物致したいと思ひますが成るべく、おほやけの招待のやうなものは辞退したいと思ひます、ですが夫と多年
 親交の深かつた渋沢さんは、是非第一に訪問したいと思ひます」と
 - 第39巻 p.268 -ページ画像 
ぽつりぽつりあこがれの眼を見張りながら語り始める、皇太子殿下の御慶事の話が出ると「さういふ日本の古代の式典は是非拝見したいと思ひます」と愛けうを振りまく、一昨年も汽船会社の要件を帯て来朝した令息のカーミツト君は、元気な顔をして語る「今度もやつぱり会社の用向きを帯びて来ました
 老母を伴れて居るので冒険な猛獣狩のやうなことは出来ませぬ、死んだ父が住みなれたポイスターゼーの邸宅を出たのは十二月二十五日で、今度ロシアを経由して四月下旬本国に帰る筈である、なほ埠頭には谷村博士、日米協会主事柴間氏、松平次官等多数名士の出迎へがあつた


集会日時通知表 大正一三年(DK390157k-0003)
第39巻 p.268 ページ画像

集会日時通知表 大正一三年        (渋沢子爵家所蔵)
一月十五日 火 午後六時 日米協会催、ルーズベルト夫妻《(人)》、バーネツト氏招待会(工業クラブ)
   ○中略。
一月十七日 木 正 午  故セオドラ・ルーズベルト未亡人、カーミツト・ルーズベルト氏歓迎会(飛鳥山邸)
             同会終了後、女子大学へ御案内
   ○中略。
一月十九日 土 午前九時 カーミツト・ルウズベルト、佐藤中将両氏来的(事務所)
        午後一時 ローズヴエルト氏未亡人歓迎能(靖国神社能楽堂)


招客書類(二) 【拝啓、時下益御清適奉賀候、然ハ今般来遊の故セオドラ・ルーズヴエルト氏令夫人、並に令息歓迎の為め…】(DK390157k-0004)
第39巻 p.268 ページ画像

招客書類(二)            (渋沢子爵家所蔵)
拝啓、時下益御清適奉賀候、然ハ今般来遊の故セオドラ・ルーズヴエルト氏令夫人、並に令息歓迎の為め家庭的午餐会相催候間、来十七日正午飛鳥山拙宅へ御枉駕被成下候ハヽ難有存候、此段御案内申上候
敬具
  大正十三年一月十二日         渋沢栄一


渋沢栄一書翰控 カーミット・ルーズヴェルト宛 (一九二四年一月)(DK390157k-0005)
第39巻 p.268 ページ画像

渋沢栄一書翰控 カーミット・ルーズヴェルト宛(一九二四年一月)
                   (渋沢子爵家所蔵)
           (COPY)
      Viscount Shibusawa desires
        the pleasure of
    Mr. Kermit Roosevelt's company
    to luncheon at Asukayama villa
    on Thursday January 17th 1924
      at 12 o'clock noon.
R.S.V.P.


渋沢栄一書翰 控 エディス・ケー・ルーズヴエルト宛(一九二四年一月)(DK390157k-0006)
第39巻 p.268-269 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 エディス・ケー・ルーズヴエルト宛(一九二四年一月)
 - 第39巻 p.269 -ページ画像 
                   (渋沢子爵家所蔵)
           (COPY)
      Viscount Shibusawa desires
        the pleasure of
    Mrs. Edith Kermit Roosevelt's company
    to luncheon at Asukayama villa
    on Thursday January 17th 1924
      at 12 o'clock noon.
R.S.V.P.


渋沢栄一書翰 控 エッチ・キヤッスル夫妻宛(一九二四年一月)(DK390157k-0007)
第39巻 p.269 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 エッチ・キヤッスル夫妻宛(一九二四年一月)
                   (渋沢子爵家所蔵)
           (COPY)
      Viscount Shibusawa desires
        the pleasure of
    Mr. and Mrs. H. Castle's company
    to luncheon at Asukayama villa
    on Thursday January 17th 1924
        at 12 o'clock noon.
R.S.V.P.


招客書類(二) 【大正十三年一月十七日正午、於飛鳥山邸 ルーズヴエルト未亡人・同令息招待会】(DK390157k-0008)
第39巻 p.269-270 ページ画像

招客書類(二)            (渋沢子爵家所蔵)
 大正十三年一月十七日正午、於飛鳥山邸
  ルーズヴエルト未亡人・同令息招待会
               (太丸・太字ハ朱書)
                ○ルーズヴエルト未亡人
    ○エツチ・キヤツスル    ○カーミツト・ルーズヴエルト
    ○同夫人         ○子 金子堅太郎
    ○谷村一佐          ○金子武麿
                   ○同夫人
  ○男 古河虎之助         ○添田寿一
    ○同夫人           ○頭本元貞
    ○浅野良三          ○麻生正蔵
                   ○井上秀子
                   ○阪谷芳郎
                   欠同夫人
                   ○渋沢美枝子
                   ○同鄰子

                   ○主人
                   ○小畑久五郎
       〆弐拾壱人
            内出席弐拾人
             欠席 壱人
 一 料理 東洋軒
 - 第39巻 p.270 -ページ画像 


竜門雑誌 第四二五号・第四一―四二頁大正一三年二月 ○ルーズベルト氏未亡人同令息招待会(DK390157k-0009)
第39巻 p.270 ページ画像

竜門雑誌 第四二五号・第四一―四二頁大正一三年二月
○ルーズベルト氏未亡人同令息招待会 青淵先生には一月十七日正午曖依村荘に於て、今般来朝の米国前大統領ルーズベルト氏未亡人、並に同令息カーミツト・ルーズベルト氏、及び一行のエツチ・キヤツスル氏夫妻を招待し、丁重なる午餐の饗宴を催されたるが、席上青淵先生は未亡人に対し
 私は故ルーズベルト氏が御在世中、一度本邦を訪問せられんことを希望せし一人でありましたが、不幸にして此希望を遂げることが出来ませんでしたが、今日夫人を御迎へしましたことは此上もなき喜びで御座います。唯遺憾に思ひますことは大震災の後に御来訪下いましたので、御覧に入るゝものや御慰め申す方法なども一切破壊されて仕舞つたことで御座います。拙宅の如きも少なからざる損害を蒙りまして、実は珍客などを御招待申上ぐるなどは失礼と思ふ程で御座いますが、本日は喜びの余り無遠慮に御光来を願つて、全く家庭的の御親交を願ふ積りで御座います、今回地震の国を御訪問下さいましたので、地震の如何なるものなるかを夫人に御知せ申さう為か、天は十五日早暁に地震を起しましたが、之は御帰国の上は好い御土産になることゝ存じます。
 尚ほ予て出版致ました故人の日本観は、既に其当時御手元に差上げて置きましたが、数部火災を免れましたのを今般拙宅を御訪問下さいました記念として、一・二部御贈り致ます。又近日日光へ御来遊との御話で御座いますから、爰に日光の宝物を写真に撮りました絵巻物を差上げます。
とて懇篤なる挨拶を述べられたるに、未亡人は
 今日斯の如き御鄭重なる御款待に接し、私は悴、一行並に故ルーズベルトに代りて厚く御礼を申上ます。私は此際貴国に参りまして皆様の御迷惑を御懸けすることを好みませんでしたが、悴の勧めに従つて参りました訳で御座います。若し故人が私に御与へ下された御厚誼を皆様より享受することが出来ましたならば、定めし非常なる満足であつたらうと思ひます。今日の御厚意に対し返す返すも難有御礼を申上ます。
とて慇懃なる挨拶ありて、主客一同和気靄々裡に款談したる由。
 因に当日出席の陪賓諸氏左の如し。
  金子堅太郎子  金子武麿氏   同夫人
  添田寿一氏   頭本元貞氏   古河虎之助男
  同夫人     麻生正蔵氏   阪谷芳郎男
  谷村一佐氏   浅野良三氏   井上秀子氏
  渋沢美枝子氏  渋沢鄰子氏


渋沢栄一書翰 控 野口弥三外五名宛大正一三年一月一九日(DK390157k-0010)
第39巻 p.270-271 ページ画像

渋沢栄一書翰 控 野口弥三外五名宛大正一三年一月一九日 (渋沢子爵家所蔵)
    (朱書)
     大正十三年一月十九日付ローズヴエルト氏未亡人之紹介状
拝啓、益御清適奉賀候、然は故米国大統領ローズヴエルト氏未亡人、今般令息カーミツト・ローズヴエルト氏同伴来遊被成、朝野共に歓待
 - 第39巻 p.271 -ページ画像 
致、小生も故大統領とは生前別して御懇親なりしに付、今般之来遊を機とし去十七日飛鳥山宅に小宴相設け懇談致候処、明後二十一日退京せらるる事と相成、爾来関西各地並に朝鮮を経て支那に出で、帰米の途に就かれ候由にて、途中各地に於ける公の接待は夫々手配有之候模様に候得共、貴地に於ける宿舎の義に付ては必要の場合は貴台に御相談致候様申置候に付、御訪問致候節は御多忙中御迷惑恐縮に御座候へとも、何卒御高配被下度候
右御依頼迄如此御座候 敬具
    野口爾三殿《(野口弥三)》、西村道彦殿、大沢佳郎殿
    尾上登太郎殿、松村守一殿、永井啓殿
(欄外・鉛筆)
 [(観光上ノ便宜願度ニツキ)