デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.305-309(DK390181k) ページ画像

大正14年4月7日(1925年)

是日栄一、アメリカ合衆国日系学生日本見学団ヲ、飛鳥山邸ニ招キテ茶話会ヲ催ス。


■資料

渋沢栄一 日記 大正一四年(DK390181k-0001)
第39巻 p.305 ページ画像

渋沢栄一日記 大正一四年        (渋沢子爵家所蔵)
四月五日 雪 寒甚シ
午前○中略増田明六氏来ル、明後七日来訪セラルル米国ヨリ来朝ノ学生輩接待ノ事ヲ協議ス○下略
   ○中略。
四月七日 晴 軽寒
○上略
午後二時、米国ヨリ来遊ノ日系米人ノ一団来訪ス、安孫子夫人監督トシテ一行ヲ指揮セラル、卓上一場ノ訓示ヲ為シテ青年子女ノ注意トス談話畢テ板橋養育院ニ参観ノ筈ニテ、午後六時頃ハ巣鴨分院ヲモ一覧セシム


招客書類(二) 【大正十四年四月七日午後二時、飛鳥山邸 在米邦人学生観光団一行歓迎茶話会】(DK390181k-0002)
第39巻 p.305 ページ画像

招客書類(二)             (渋沢子爵家所蔵)
 大正十四年四月七日午後二時、飛鳥山邸
  在米邦人学生観光団一行歓迎茶話会
                   (太字・太丸ハ朱書)
                    ○有馬米雄
                    ○栗原孜
                    ○片岡米人
                    ○小林尭
                    ○沖本伊三次

                    ○古田雪子
                    ○藤井久子
                    ○中島早苗
                    欠坂本静女
                    ○丹静子
                    ○梅沢邦枝

                    ○遠藤照治
                    ○増田宇一郎
                    ○安孫子夫人

                    ○主人
                    ○小畑久五郎
                    ○同夫人
                    ○同嬢
                    ○堀越善重郎嬢
                    ○望月えつ子
 一、東洋軒ニ茶菓類ヲ申付ル事

 - 第39巻 p.306 -ページ画像 


〔参考〕(安孫子久太郎)書翰 渋沢栄一宛一九二五年二月二七日(DK390181k-0003)
第39巻 p.306 ページ画像

(安孫子久太郎)書翰 渋沢栄一宛一九二五年二月二七日
                   (渋沢子爵家所蔵)
                 (別筆)
                 三月卅日御一覧済明六
粛啓、時下春暖之候ニ相向候処、尊台益々御清福奉賀候、扨弊社義今回日系米国出生青年男女十数名を選み、見学の目的を以て祖国の名所旧跡を訪ねしめ、其文化を諒解せしめ度き希望ニて荊妻同伴、来る三月十七日春洋丸ニて桑港を出発致させ度く候ニ就てハ、該一行貴地到着の節ハ何分の御指導賜はり度く奉懇願候
顧ふニ将来日米間の問題ハ、米国出生日系市民ニ依りて解決の鍵を与へらるべく、而して是等青年男女をして祖国の文明と風光とニ接せしむるハ緊要事と相考られ候間、此企図ニ向つて切ニ御高配を仰上度く希望ニ不堪候、
先は右御願旁々謹で尊台の御健康を祈上候 敬具
  千九百廿五年
     二月廿七日       桑港、日米新聞社長
                      安孫子久太郎
    子爵渋沢栄一閣下



〔参考〕(菅儀一)書翰 増田明六宛大正一四年四月一〇日(DK390181k-0004)
第39巻 p.306-307 ページ画像

(菅儀一)書翰 増田明六宛大正一四年四月一〇日 (渋沢子爵家所蔵)
拝啓
本日正午、帝国ホテルに於て開催の汎太平洋会の午餐の席上、先頃来滞京中の日系米国市民日本見学団員の一人小林尭君の為した演説の内子爵に関して話したものがありましたから、又彼等が如何に子爵を見て居るか御参考に同君から手覚を借りタイプライターにして、御目にかけます、本日ハ珍らしき盛会にて演説も成功いたし、米国大使も出席相成り、同君のスピーチをレマークして一場の演説がありました、右要々のみ申上ます
    増田明六様 菅儀一
  大正十四年四月十日
(同封別紙)〔抄〕
        Messengers of Peace
  ............
  Two days ago we paid a visit to his Excellency Viscount Shibusawa, affectionately called by those who know and love him the "Grand Old Man of Japan." During our brief itinerary so far we have met men who are growing old and wealthy, who take pleasure in the mere accumulation of material wealth, selfish, perhaps, with very little thought for others, but here is a man who is giving out wealth, who is devoting his life to the uplift of his people, who strives even in his ageing years to cement the ties of friendship between America and his beloved Japan. He has grown old in the cause of peace, and I believe that his great spirit of love and service, alone, keeps him active
 - 第39巻 p.307 -ページ画像 
 in his declining years. As he addressed us in his modest home we sat inspired, many of us listened with tears in our eyes, and I know that deep down in our hearts we prayed that we too might become such an ardent missionary of peace.
  We are American citizens, we owe everything to our country, our allegiance our lives, even to the last drop, and we will be loyal. We are also Japanese in race, however, and there is a call of blood. Isn't it natural that we should have an intense interest in the preservation of good will between these two countries? We have a task before us, and the task of our generation is not easy.
(右訳文)
                  (別筆)
                  四月十四日御一覧済
    大正十四年四月十日(金)汎太平洋午餐会に於ける日本見学団員小林尭君演説の一節(翻訳)
二日前、我等は渋沢子爵を訪問致しましたが、子爵は其知人及び、子爵を愛する人々により「日本の老偉人」なる敬称を奉られて居る方であります、今回の小旅行に於て吾等は老来益々富の蓄積にのみ興味を感じ、利己主義なるが為に恐らく他人の利害を顧慮せさるが如き人々に面会したのでありますが、渋沢子爵は然らず、富を散じ、国民の向上の為に全生涯を捧げ、老齢にも不拘米国と子爵の愛する日本との親善の為に精励せられて居るのであります、子爵は平和増進の為に老を増されたのである、子爵は愛と奉仕との大精神あるが為に、老齢益々活動を続けられて居るのだと信ずるのであります、子爵が其邸に於て吾等に談話せられた時、吾等は感に打たれ、多くは感涙すら催したのであります、そこで吾等も亦如此熱心なる平和の使徒たらん事を祈望したのであります。
吾等は米国市民にして凡有方面に於て米国の恩を蒙れるものでありますから死に至るまで忠誠を尽す決心であります、乍併我等は大和民族でありますから日本国民の血が流れて居ます、従つて日米両国の間の親善を熱望して止まさるは当然の事であります、我等は前途に一事業を有するものでありますが此事業たるや容易ならざるものであります



〔参考〕(日本新聞社派遣日本見学団)書翰 渋沢栄一宛大正一四年五月一三日(DK390181k-0005)
第39巻 p.307-308 ページ画像

著作権保護期間中、著者没年不詳、および著作権調査中の著作物は、ウェブでの全文公開対象としておりません。
冊子版の『渋沢栄一伝記資料』をご参照ください。

〔参考〕(安孫子久太郎)書翰 渋沢栄一宛大正一四年一一月五日(DK390181k-0006)
第39巻 p.308-309 ページ画像

(安孫子久太郎)書翰 渋沢栄一宛大正一四年一一月五日
                   (渋沢子爵家所蔵)
(印刷物)
謹啓
時下秋冷の候尊台益々御清適の段奉慶賀候、偖て今春弊社主催米国出生青年男女日本見学団母国訪問の節は、種々御同情を賜はりおかげを以て予期以上の成功裡に帰米致候段、全く尊台の特別なる御高配の然らしむる処と深く奉感謝候
扨て弊社大正十四年度新年号に対しては有益なる玉稿賜はり、新春の劈頭本紙の錦上花を添へ、加州十万の同胞に甚大なる感化印象を与へ候事、深く感銘して措かざる処に御座候、就ては公私御多用の折柄、恐縮至極に有之候得共、来るべき大正十五年度本紙新年号に対しても是非共尊稿掲載の栄を得度、伏して奉願上候、之れ実に独り弊社の希望する処なるのみならず、種々の問題のため、目下困難の中に奪闘しつゝある在米同胞に対し光明を与へ、慰安を与ふるものと確信致居候間、唐突の御願にて甚だ恐入候得共、何卒御高見御起稿被下度、此段奉願上候 敬具
 猶ほ御寄稿は編輯の都合上、最近便にて御送附被下度、同時に別紙に御自署被下度乍御手数右奉願上候
  大正十四年十一月五日
                羅府日米新聞社
                    社長 安孫子久太郎
 - 第39巻 p.309 -ページ画像 
            327 Jackson St., Los Angeles,
               Calif., U.S.A.
    (宛名手書)
    渋沢栄一殿
         侍史
   ○別紙ヲ欠ク。