デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

  詳細検索へ

公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.533-535(DK390259k) ページ画像

昭和3年2月20日(1928年)

是日、外務大臣田中義一主催、アメリカ合衆国フィリピン総督ヘンリー・エル・スティムソン招待午餐会、外務大臣官邸ニ催サル。栄一出席シテ同総督ト対談ス。


■資料

渋沢栄一 日記 昭和三年(DK390259k-0001)
第39巻 p.533 ページ画像

渋沢栄一 日記  昭和三年          (渋沢子爵家所蔵)
二月二十日 晴 寒気平常
○上略正午田中○義一外務大臣邸ニ開催スルヒリツピン総督招宴ノ午飧会ニ出席ス、米国大使モ来会ス、午飧ノ前後ニ於テ総督・大使等ト種々談話ス、総督ハ前大統領タフト氏ノ添書携帯アリ○下略


集会日時通知表 昭和三年(DK390259k-0002)
第39巻 p.533 ページ画像

集会日時通知表  昭和三年        (渋沢子爵家所蔵)
二月二十日 月 午後〇半時 田中外相ヨリ御案内(外相官邸)

 - 第39巻 p.534 -ページ画像 

(ウィリアム・エッチ・タフト) 書翰 渋沢栄一宛一九二七年一二月二一日(DK390259k-0003)
第39巻 p.534-535 ページ画像

(ウィリアム・エッチ・タフト) 書翰  渋沢栄一宛一九二七年一二月二一日
                     (渋沢子爵家所蔵)
                 (別筆)
                 Personally delivered
      Supreme Court of the United States
          Washington D. C.
                 December 21, 1927
   (Viscount)
My dear Baron:
  President Coolidge has appointed to be Governor General of the Philippine Islands, and he has been confirmed, Mr. Henry L. Stimson of the City of New York. Mr. Stimson was for two years Secretary of War under me until I left the Presidential office, and is a very warm friend of mine. He is one of the leading lawyers of New York. He has done a great deal of important work for the Government since he left the War Department. More than that, he was a Colonel of Artillery during the War, although he was past the age when that service was required, and he went to France.
  With Mrs. Stimson he will stop in Japan on his way to Manila and the Philippines. I am sure you will be glad to meet him, as he will be glad to meet you.
  With best wishes for your health, my dear Baron,
              Sincerely yours,
              (Signed) Wm. H. Taft
His Excellency,
Viscount Shibusawa,
  Tokio, Japan.
(右訳文)
          (栄一鉛筆)
          来状ニ回答すると同時ニ、先年来同氏会見之記憶最初ハ日本に来遊之時、二回ハ大統領たりし時米国ミネヤホリス市ニ於て、三回目ハ大正十年華府会議ニ出張之時其家を訪問之時ニて、其模様ハ過日口頭申述置候事
 東京市      (昭和三年二月二十日本人より手交) 明六
  子爵 渋沢栄一閣下
            華盛頓、一九二七年十二月廿一日
                 ウヰリアム・エチ・タフト
拝啓、クーリツヂ大統領は紐育市のヘンリー・エル・ステイムスン氏を比島総督に任命致し議会の承認を得候
ステイムスン氏は小生が大統領の職を去る迄、小生の下にて二ケ年間陸軍卿たりし人にて、小生親友の一人に有之候、同氏は紐育市に於ける一流の弁護士にして、陸軍省を辞したるも政府の為めに重要なる貢献をなせし処多々有之候、右の外同氏は時已に兵役年齢を過ぎ居りし
 - 第39巻 p.535 -ページ画像 
にも不拘、大戦中砲兵大佐として仏国に出征致候
氏はマニラ及比島へ赴任の途上夫人と共に日本に上陸可致候、同氏は閣下との会見を喜び可申候へば御会見被下度願上候
閣下の御健康を祈り奉り候 敬具


渋沢栄一書翰 控 ウィリアム・エッチ・タフト宛(昭和三年三月二六日)(DK390259k-0004)
第39巻 p.535 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ウィリアム・エッチ・タフト宛(昭和三年三月二六日)
                     (渋沢子爵家所蔵)
                    (栄一鉛筆)
    案               三月廿二日一覧
 華府
 合衆国大審院
  院長 ウヰリアム・ハーワード・タフト殿
                    東京
                      渋沢栄一
拝復 益御清適奉賀候、然ば比律賓総督ヘンリー・エル・ステイムソン氏御紹介の貴書は、先月二十日外務省に於ける外務大臣主催同氏歓迎午餐会の際受領拝見致候、当日は平素懇親を忝う致居る米国大使マクヴヱー氏列席し居られ候を以て、同大使の斡旋により通訳を通じてステイムソン氏と暫時対談仕候ひしも、時間に限ありし為め緩る緩る懇談致兼候は頗る遺憾とする所に有之候○下略
  ○右書翰全文ハ本資料第二十五巻「外賓接待」中「アメリカ陸軍大臣ウイリアム・タフト歓迎」明治四十年九月三十日ノ条ニ収ム。
  ○右英文書翰ハ昭和三年三月二十六日付ニテ発送セラレタリ。