デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.565-569(DK390271k) ページ画像

昭和3年12月1日(1928年)

是日栄一、アメリカ合衆国特命全権大使チャールズ・マクヴェー、近ク帰国スルニ付キ、同大使館ヲ訪問シテ送別ノ辞ヲ述ブ。


■資料

集会控 自大正一五年一一月二六日至昭和四年六月三〇日(DK390271k-0001)
第39巻 p.565 ページ画像

集会控  自大正一五年一一月二六日至昭和四年六月三〇日 (渋沢子爵家所蔵)
    三年十二月
十二月一日 (土) 前十一 米国大使ヲ御訪問 同大使館

 - 第39巻 p.566 -ページ画像 

竜門雑誌 第四八四号・第一〇一―一〇五頁昭和四年一月 マクヴエー大使を訪問さる(DK390271k-0002)
第39巻 p.566-568 ページ画像

竜門雑誌  第四八四号・第一〇一―一〇五頁昭和四年一月
    マクヴエー大使を訪問さる
   昭和三年十二月一日(土)午前十一時、子爵には米国大使館にマクヴエー大使を訪問せられ、大要左の如き談話を交換せられた。
子爵「近々御帰国の由を拝承致しましたので、別に之れと申す用事の御座います訳では御座いませんが、爾来の御懇情を感謝し、併せて御分れの御挨拶を申上げ度いと存じまして参上致しました次第で御座います。御多用の処を御邪魔申上げるのは恐縮千万で御座います。実は御出発前金子子爵・阪谷男爵・添田博士などの出席を請ふて御送別の小宴を催し、御懇談致し度いと思ひました所、閣下には御寸暇も無いように伺ひましたので、之を差控へ、今日私が代表の意味で参上致した様な次第で御座います。日米の関係を申上げ様とすると、自然私自身の身の上話を申上げねばならぬ事になりますので失礼に存じますが、暫時御聴き取りを願ひます私は青年時代には極めて過激な攘夷党で御座いました。尤も之れには全く理由のないことでは御座いません。私は少年の時から支那の学問を学んだ為め、支那の歴史などは十四歳頃から知りました。其中に「道光の乱」即ちアヘン問題で支那が英国と戦争をした結果、支那が敗れて多大の償金を英国に払つたのみならず、香港を割譲せねばならぬ事になつたのでありますが、これが深く頭に響きましたので私共青年は外国人と言へば国を覗ふ怪かしらぬものであるとばかり思つて居つたので御座います。然るに千八百六十七年時の将軍であつた慶喜公の親弟民部大輔が、仏蘭西大博覧会に参列せられることになり、私も随行して仏国に参りましたが、其時同行者の一人で田辺太一と申す人と種々話し合ひましたが、当時私は攘夷党でありましたが、私の誤つて居ることを証明せんが為めに、タウンセンド・ハリスが日本に於て取りました行動及び其行跡に就て詳しく話して呉れました。其所で私は外国人にも左様な人があるかと深く感じ、爾来ハリスの人格と事業とに特別の注意を払つて研究を致しまして、益其人物を敬慕する様になり、従つて米国の如何なる国であるかも稍や知る様になつたのであります。尤も私が日米親善に努力する様になりましたのは千九百九年渡米実業団の一行と共に貴国を訪問してからの事であります。爾来貴国の各地に於ける知人等と音信を通じ個人的親善に努めて参りました。千九百十五年には日米関係委員会を組織致しまして、桑港にある米日関係委員会と相呼応して両国間に起る誤解を排除し感情の融和を計つて居ります。御承知の通り両国間には別に心配する様な問題が過去に起つたことなく、現在も亦起つて居るとは思ひません。斯る伝統的親善関係は史上稀れに見る所と存じます。就きましては何所までも此関係を持続して参り度いといふのが、私の切なる希望で御座います。五月蝿ほど度々御聴きになつた事と存じますが、彼の排日移民法に致しましても、私
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等は甚だ不満に思つて居ります。時々御面会する貴国の人々に之を発表して居りますが、之が為めに従来続けて来ました両国国交上に支障の生ずる様な事は決してないと思ふて居ります。兎に角私共が何処までも、平和並に親善を根本義と致して居ることを御記憶を願ひ、御帰国の上は御同志の諸氏へも渋沢等は斯く考へて居ると云ふことを御伝へ下さるように、切に希望致して居る次第で御座います。
大使 いつも子爵閣下に御訪問いたゞくばかりで私の方から御答礼も申上げて居りませんので、今回丈けは是非御訪問申上げて御暇乞ながら御談話致し度いと思ひまして、切りに其事を申上げましたが、如何しても御聴入れがなく、今日も亦尊来を願ふ事となり、御老体を御煩はしゝて誠に相済まぬことゝ恐縮致して居ります。日米親善を増進することは私も衷心の希望する所でありますが、その最善の方法は子爵が今一度米国に御出掛けになつて旧友と握手せられる事であると思ひます。御演説なさることも宴会に御出席なさる必要もありません。唯だ御出掛け下さるだけで充分で御座います。若し夫れが如何しても不可能で御座いますならば次善の方法としては、有力なる人を派遣して日本の国情並に支那・満洲に対する日本の政策を米国民一般に了解せしむることであらうと思ひます。米国は御承知の国柄で御座いますから国務卿や州知事や市長などゝいふ官公吏よりも、其れ等の人々を選挙する国民一般に必要なる知識を与へ、能く了解せしむる事が遥かに有効で御座います。例へば支那の伍朝枢の如きは盛んに国民政府の為めに弁じて居ります。夫れを諸新聞が盛んに書き立て、相当の効果を挙げて居ります。
子爵 私の如き者が、閣下の仰せられる程、貴国の人々に重んぜられるとは決して思つては居りませんが、閣下の御言葉は難有拝承致しました。然し来年は九十歳になりますので、心では今一度貴国に参りたいと希望して居りましても、遺憾ながら身体が役に立ちませぬ。就きましては次善の策として御話になりました所の相当の人を送ると云ふことに付きましては篤と考へも致し、友人諸君とも話合ひまして御厚志を空しう致さぬ様努め度いと存じます。
大使 来年九十歳になると言はれましたが、米国流に計算しますと、八十九歳でいらつしやいますから、今一度位は御出馬下さることが出来ようかと考へますが……。
子爵 重ねての仰せをありがたく拝承致しました。予て御覧に入れました事とは存じますが、「ルーズヴエルトの日本観」を持参致しました。それから閣下がタウンセンド・ハリス除幕式の際御述べ下さつた御演説をパンフレツトにしたものを持つて参りました。御演説中に閣下が日本の国民性を一言で表現せよと言ふ者があれば、躊躇なく「忠誠」の二字を以て答へると仰せられましたのは千古不磨の御名言で御座いまして、私は閣下に於て千載の知己を得た感が致すので御座います。閣下が若し七十年の昔タウンセンド・ハリスの地位に立たれたならば、ハリスの通りに行動せられ
 - 第39巻 p.568 -ページ画像 
たに相違無いと確信して居ります。御面前で斯る事を申上げては諛言を呈する嫌があつて甚だ心苦しいので御座いますが、之れは決して御世辞ではなく、私の衷心深く信ずる所で御座います。
大使 タウンセンド・ハリスに比較されました事は真に有り難う御座いますが、私は到底其器で御座いません。
  来春再び御目に懸るかも存じませんが一先づ御別れを致します。
  只管閣下の御健在を祈上げます。
子爵 御繁用の処を御妨げを致しまして誠に失礼致しました。それでは御免蒙ります。ボン・ヴオヤージ!ウール・ヴア!
大使 どうもありがとう御座います。では左様なら。


渋沢栄一書翰 控 チヤールズ・マクヴエー宛昭和三年一二月五日(DK390271k-0003)
第39巻 p.568-569 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  チヤールズ・マクヴエー宛昭和三年一二月五日
                     (渋沢子爵家所蔵)
    案
 米国大使チヤールス・マクヴエー閣下
  昭和三年十二月五日            渋沢栄一
拝啓、益御清適奉賀候、過日は御出発前御多忙の折柄に不拘、特に御繰合御接見被下難有奉存候
実は金子子爵・阪谷男爵及添田博士等日米関係委員会の有志と共に一会相催し、御送別を兼ねて御緩話相願度と存候処、御多忙の為め不得其意せめては老生なりとも御目にかゝり、代表の意味に於て我々の衷情申上度と強て御願申上候次第に御座候、御承知の通り貴国並に貴国民に対する老生等の心事は伝統的の国交親善を助長し、一層両国民の感情を円満鞏固ならしめんとするものにして、申上ぐるまでもなく当初の使節タウンセンド・ハリス氏の行動によつて表示せられたる貴国の外交方針は老生等の深く敬服する処に有之、爾来歴代の大公使も常に正義人道を標準として日米両国の国交を進められ、殊に閣下が能く日本国民を御了解被下、其特質は忠誠の二字に尽くと断せられしは、老生の感嘆措く能はざる所に有之、若し閣下にしてタウンセンド・ハリス氏の地位にありしとせば、必ずや同氏の行動を採られしことゝ信じて疑はさる所に候、閣下御在任中幾度となく御耳を煩し候彼の移民法に対する老生等の苦情も、要するに両国の親善を深く期念致候結果に有之候は、閣下の疾く御諒恕被下候義と存候
老生が今一度貴国に渡航致候様御慫慂被下候は、御厚情の至りと感謝致候得共、何分にも九十歳の老人に候へば実行不可能と存候、就ては御高諭の如く適当の人物を派遣して日本の国情を貴国民一般に貫徹せしむる様致度と企望仕居候、拙書に添へて玆に進呈仕候一品は往年徳川家康公を祀れる日光東照宮の三百年祭挙行の際、記念の為め同宮秘蔵の絵巻物を複写し巻物三巻に作製致したるもの有之候に付、御贐として進呈仕候間御帰国後御展覧被下、御思出のよすがとも相成候はゞ幸甚の至に候
右得貴意度如此御座候 敬具
 尚々本書持参の小畑より詳細申上候筈に付、御聴取被下候はゞ難有奉存候
(欄外別筆)
 - 第39巻 p.569 -ページ画像 
 [昭和三年十二月四日子爵修正
  ○右英文書翰同日付。
  ○マクヴェー大使ハ、昭和二年十月一日、タウンゼンド・ハリス記念碑除幕式ニ臨ミテ演説セリ。本資料第三十八巻所収「タウンゼンド・ハリス記念碑建設」昭和二年十月一日ノ条参照。