デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.629-632(DK390286k) ページ画像

昭和4年10月5日(1929年)

是日聖路加国際病院主催、同院院長ルドルフ・ビー・トイスラー及ビ故アメリカ合衆国大統領ウッドロー・ウィルソン夫人エディス・ウィルソン歓迎園遊会、同院ニ開カル。栄一出席シテ、発起人ヲ代表シテ歓迎ノ辞ヲ述ブ。十一月二十一日、栄一、トイスラーノ招キニ応ジテ築地明石町同人邸ニ赴キ、ウィルソン夫人ニ面会ス。


■資料

聖路加国際病院書類(一) 【(印刷物) 拝啓、秋冷之候愈々御清祥之段奉賀候、扨今回前大統領ウヰルソン夫人並に…】(DK390286k-0001)
第39巻 p.629-630 ページ画像

聖路加国際病院書類(一)          (渋沢子爵家所蔵)
 - 第39巻 p.630 -ページ画像 
(印刷物)
拝啓、秋冷之候愈々御清祥之段奉賀候、扨今回前大統領ウヰルソン夫人並に昨年来帰米中のドクトル・トイスラー氏一家、来る十月早々着京の予定に相成居候間歓迎及帰任祝賀の微意を表する為園遊会相催し度候間、御多用中恐入候得共御賛同の上御来会被成下度御案内申上候
                   公爵徳川家達
                   子爵渋沢栄一
  昭和四年九月三十日        男爵阪谷芳郎
                     坂井徳太郎《(阪井徳太郎)》
                     久保徳太郎
    (宛名手書)
    渋沢子爵殿
   場所 築地明石町聖路加国際病院一番邸
   時日 十月五日午後三時より
    注意 御光来の節は此状入口へ御示し被下度候


竜門雑誌 第四九四号・第一〇八―一〇九頁昭和四年一一月 ウヰルソン未亡人歓迎会(DK390286k-0002)
第39巻 p.630-631 ページ画像

竜門雑誌  第四九四号・第一〇八―一〇九頁昭和四年一一月
    ウヰルソン未亡人歓迎会
   昭和四年十月五日午後三時、京橋区築地明石町聖路加国際病院に於けるトイスラー院長、並故米国大統領ウヰルソン氏未亡人エヂス・ウヰルソン女史の歓迎園遊会に於て、発起人を代表せる渋沢子爵の演説
子爵 閣下、淑女及紳士諸君。唯今久保徳太郎君の御演説にもありました通り、本日は当病院々長並に故ウヰルソン大統領令夫人を御歓迎申すといふ真に目出度い御会合で御座います、御承知の通りトイスラー博士は長い年月の間当病院の為めに尽瘁して居られます。先年当病院拡張資金募集の為め渡米して、非常に活動され、予期の半ば以上を成就せられたと承つて居ります。トイスラー博士とは久しく御懇親を忝ふして居りますが、博士が当病院の経営に全力を傾注せられつゝある事は実に敬服の至りで御座います。堅忍不抜の精神と経営的手腕とを兼ね有せらるゝ博士が、今日の成績を御挙げなさつた事は当然の結果とは存じますが、博士の地位は真に適所に適才を得たものと申してよろしいと存じます。今日博士の御帰任を衷心より喜び、且つ祝する次第であります。故ウヰルソン大統領令夫人の御来遊は又珍らしい出来事として、私共一同大に喜ぶ次第で御座います。今日ウヰルソン令夫人に御目にかゝつて思ひ起しましたのは、大正四年渡米の際故大統領を白亜館に御訪問申上げた時のことで御座います。種々御話も御座いましたが、其内に私の記憶に最も鮮かに残つて居ります事は次の談話でありました。
  ウヰルソン大統領が「此度の御来遊は日米間の貿易促進の為めで御座いますか、或は又何ぞ外交上の御使命でも有つて居られますか」ときかれましたで、私は「商用も、政治的使命も帯んで御国に参つたのでは御座いません。及ばずながら一箇の渋沢として日米親善増進に貢献し度いといふ考に刺撃され、恰度桑港に開催中
 - 第39巻 p.631 -ページ画像 
のパナマ運河開通記念博覧会を機会として参つた次第で御座います」と答へました。すると大統領は「諺に『勤勉な農夫は畠と畠との畔を平らかにする』といふ事がありますが、子爵の如き旅行者は国と国との間に横はる小丘を平滑になさるといふ事になりませう」と言はれました。之に対し「意味深き御言葉を賜はりまして恐縮に存じます。若し、日米間に横はる謬伝・誤解といふ小丘を履みならして平和親善の道路を築き上げる事が出来ますれば、本懐の至りで御座います。私は今回で三度貴国を訪問致すので御座いますが、其目的は何れも、両国の親交を増進せしめたいといふに外ならないので御座います」と申しますと、ウヰルソン氏は「子爵の如き有力なる方々が、日米両国にあつて互に御尽力下されば両国の親善は必ず増進する事と信じて欣快に堪へぬ次第で御座います。尊来を忝ふし親しく談話を交換して衷心の喜びを覚える次第で御座います。万事好都合に長途の御旅行を御継続なさる様祈ります」と言はれましたので、私は「拝謁の光栄に与りました事を深く喜び、満腔の感謝を以て、お別れ致します」と御挨拶致しました。
  右は今日の皆様には何等関係の無い事で御座いますが、ウヰルソン夫人を御迎へ申上げるに付て自然想ひ出しましたので申上げた次第で御座います(喝采)。久保君が今日の好天気は天の恵みだと申されましたが、昨日まで続いての雨天が、今朝より俄かに晴れましたのは確かに意味ある事と存じます。私は久保君の御考も御尤もとは思ひますが『善良なる賓客は好天気を齎らす』といふ諺に当嵌まるのであります。即ち今日歓迎申上ぐるトイスラー院長並にウヰルソン令夫人の齎らされた賜と存じます。(拍手)


(ルドルフ・ビー・トイスラー)書翰 渋沢栄一夫妻宛(一九二九年一一月)(DK390286k-0003)
第39巻 p.631-632 ページ画像

(ルドルフ・ビー・トイスラー)書翰  渋沢栄一夫妻宛(一九二九年一一月)
                     (渋沢子爵家所蔵)
      Dr. and Mrs. Rudolf Bolling Teusler
      request the honour of the company of
      Viscount and Viscountess Shibusawa
    at Tea-Farewell for Mrs. Woodrow Wilson
      on Thursday November Twenty-first
          at four thirty o'clock
     No. 1 Tsukizi
                    R.S.V.T.
(右訳文)
 東京市               (十一月十一日入手)
  渋沢子爵閣下
  同令夫人
       京橋区築地一番地
           ルードルフ・ボーリング・トイスラー
            同夫人
拝啓、来る十一月廿一日木曜日四時半、ウツドロー・ウイルソン夫人
 - 第39巻 p.632 -ページ画像 
送別茶会相催候に付、子爵閣下及び令夫人御光来の栄を得度、此段御案内申上候 敬具


渋沢栄一書翰控 ルドルフ・ビー・トイスラー宛 (一九二九年一一月)(DK390286k-0004)
第39巻 p.632 ページ画像

渋沢栄一書翰控  ルドルフ・ビー・トイスラー宛(一九二九年一一月)
           Viscount Shibusawa
          accepts with pleasure
      Dr. and Mrs. Rudolf Bolling Teusler's
           Kind invitation to
      Tea-Farewell for Mrs. Woodrow Wilson,
     on Thursday, November Twenty-first,
          at four thirty o'clock
  ○本資料第三十六巻所収「聖路加国際病院」昭和四年十月五日ノ条並ニ本款昭和四年十一月六日ノ条参照。