デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2018.12.20

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
5節 外賓接待
15款 其他ノ外国人接待
■綱文

第39巻 p.633-636(DK390289k) ページ画像

昭和4年11月6日(1929年)

是日栄一、故アメリカ合衆国大統領ウッドロー・ウイルソン夫人エディス・ウィルソンヲ、飛鳥山邸ニ招キテ午餐会ヲ催ス。


■資料

招客書類(三) 【(写) 拝啓、益御清適奉賀候、然ば先般来来遊中の故米国大統領ウヰルソン氏未亡人エヂス・ウヰルソン女史を招待致…】(DK390289k-0001)
第39巻 p.633 ページ画像

招客書類(三)              (渋沢子爵家所蔵)
(写)
拝啓、益御清適奉賀候、然ば先般来来遊中の故米国大統領ウヰルソン氏未亡人エヂス・ウヰルソン女史を招待致、来十一月六日午後零時半飛鳥山拙宅に於て歓迎午餐会相催候間、当日主人側として御来車被下度、右御案内申上度如此御座候 敬具
  昭和四年十一月一日           渋沢栄一
    穂積歌子殿、 阪谷男爵殿、同令夫人
    渋沢武之助殿、同令夫人、 渋沢正雄殿、同令夫人
    明石照男殿、 同令夫人、 渋沢秀雄殿
    穂積男爵殿、 同令夫人、 阪谷希一殿、同令夫人
    渋沢敬三殿、 同令夫人、 以上各通
(付箋)
 尚、当日ハ目下来遊中ノ故米国大統領ウヰルソン氏未亡人エヂスウヰルソン女史ヲ招待致置候
(別筆)
昭和四年十一月一日巻紙ニ認メ発送済
右主人側中秀雄様ハ御独リニテ阪谷令夫人ハ御主人公御旅行御不在ノ為メ招待状発送見合ノ事ニ総長ヨリ御申付アリタル由、発送後阪谷家ヨリ御話アリ、追加招待状発セル次第ナリ
(欄外別筆)
 来賓ニハ英文招待状ヲ、陪賓ニハカードニ右付箋ヲ附シテ発送済

 - 第39巻 p.634 -ページ画像 

竜門雑誌 第四九五号・第六七頁昭和四年一二月 青淵先生動静大要(DK390289k-0002)
第39巻 p.634 ページ画像

竜門雑誌  第四九五号・第六七頁昭和四年一二月
    青淵先生動静大要
      十一月中
六日 ウイルスン夫人招待午餐会(曖依村荘)○下略


招客書類(三) 【昭和四年十一月六日午後零時半於飛鳥山邸 故大統領ウヰルソン氏未亡人エヂス・ウヰルソン女史歓迎午餐会】(DK390289k-0003)
第39巻 p.634-635 ページ画像

招客書類(三)              (渋沢子爵家所蔵)
 昭和四年十一月六日午後零時半於飛鳥山邸
  故大統領ウヰルソン氏未亡人エヂス・ウヰルソン女史歓迎午餐会
           来賓
            (太丸・太字ハ朱書)
            ○エヂス・ウヰルソン女史
            ○アール・デー・トイスラー氏
            ○同令夫人
            欠同令嬢ヴアジニア・トイスラー氏
            ○同令嬢ミルトレツド、トイスラー氏
            ○同令息アール・デー・トイスラー(小)
            ○久保徳太郎氏
            ○同令夫人
            ○上代たの子女史
            ○正田淑子女史
            欠田中太郎氏
            欠同令夫人
          主人側
            ○子爵
            ○穂積歌子
            欠男爵阪谷芳郎
            欠同夫人
            ○渋沢武之助
            ○同夫人
            欠渋沢正雄
            ○同夫人
            ○明石照男
            ○同夫人
            欠渋沢秀雄
          男爵○穂積重遠
            ○同夫人
            欠阪谷希一
一、料理 東洋軒    欠同夫人
一、余興ナシ       小畑久五郎氏
             佐治祐吉氏
   欠席者 ヴアジニヤ・トイスラ令嬢、田中太郎、同令夫人、阪谷男爵、同令夫人、渋沢正雄、同秀雄、同敬三、同令夫人、阪谷希一、同令夫人の諸氏
 - 第39巻 p.635 -ページ画像 
 当日天気快晴。正午間もなく正田女史、続いて上代女史来着。共に青淵文庫に於て待合はせらるゝ所へ、定刻主賓一行到着せらる。
 子爵も直ちに文庫に見え、ウイルスン女史の一行と面会せられ、共に下り立ちて庭園を一周せられ、書院の設けの席に着かれた。
席順左の如し。
  ○席次ノ図略ス。
 主賓ウイルスン女史は脂ぎつた大きな人である。トイスラ院長も亦赭顔の巨人である。トイスラ令息令嬢また立派な骨格の所有者でまだ痩せてはいるが年と共に太るであらうと思はれる。
 ウイルソン女史と子爵と、トイスラ氏と久保氏との間に種々な雑談が交され、或は久保氏の通訳により或はトイスラ氏の不慣れな日本語によつて主賓の間に話が進められるのであつた。
 子爵はウイルスン女史が巡遊して来られた関西地方は面白かつたかどうか、又日光へは未だお出ましにならぬかどうかを尋ねられ、日光の絵巻物を女史に贈呈する御約束をなされた。千九百十五年に桑港の博覧会へ行つた序に白堊館を訪ねて故ウイルスン大統領に面会せられたが、其時大統領は「よい旅人は両国の間の険しい路を平にするといふ諺があるが、お前は多分そのよい旅人であらうがな」と云はれて、子爵はつくづく大統領の心の程を察せられたといふお話があり、穂積男爵はその大統領の言葉を御説明になつた。
 トイスラ、久保の両氏は盛に聖路加国際病院の事を話し、たうとう子爵から大きな扁額を書いて頂くといふ約束を得られた。
 デザート・コース後、引つゞきそのまゝ雑談をつゞけらるゝこと暫時、それよりウイルスン女史の御一行は穂積御母堂及穂積男爵御夫妻の案内で日本女子大学校の運動会へ廻られた。


竜門雑誌 第四九五号・第七〇―七一頁昭和四年一二月 元米国大統領故ウイルスン氏未亡人エデイス・ウイルスン女史歓迎午餐会(DK390289k-0004)
第39巻 p.635-636 ページ画像

竜門雑誌  第四九五号・第七〇―七一頁昭和四年一二月
    元米国大統領故ウイルスン氏未亡人エデイス・ウイルスン女史歓迎午餐会
         (昭和四年十一月六日午後零時半於飛鳥山邸)
      出席者
    主賓           エデイス・ウイルスン女史
    東京、聖路加国際病院長  アール・ビー・トイスラ氏
                 同令夫人
                 ミルドレド・トイスラ令嬢
                 トイスラ令息
    聖路加国際病院副院長   久保徳太郎氏
                 同令夫人
    日本女子大学校教授    上代たの子女史
    同            正田淑子女史
                 渋沢子爵
                 穂積男爵御母堂
                 渋沢武之助氏
                 同令夫人
 - 第39巻 p.636 -ページ画像 
                 渋沢正雄氏令夫人
                 明石照男氏
                 同令夫人
                 穂積男爵
                 同令夫人
                 小畑久五郎氏
  ○以下前掲記事ニ同ジニツキ略ス。
  ○本款昭和四年十月五日ノ条参照。