デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
6節 国際災害援助
9款 関東大震災ニ対スル外国ノ援助
■綱文

第40巻 p.187-190(DK400040k) ページ画像

大正12年9月(1923年)

是月以降、関東大震火災ニ対シアメリカ合衆国及ビ其他ノ国ノ栄一ノ関係団体及ビ友人ヨリ、栄一ニ見舞及ビ災害救援ノ申出アリ。栄一其都度其厚意ヲ謝シ、希望ヲ回答ス。

24. ジェー・ポール・グード


■資料

(ジェー・ポール・グード)書翰 渋沢栄一宛一九二三年九月一九日(DK400040k-0001)
第40巻 p.187-188 ページ画像

(ジェー・ポール・グード)書翰 渋沢栄一宛一九二三年九月一九日
                    (渋沢子爵家所蔵)
          The University of Chicago
           Department of Geography
J. PAUL GOODE
ECONOMIC GEOGRAPHY
  CARTOGRAPHY
                     CHICAGO
                   September nineteen
                       1923
Viscount Eiichi Shibusawa
  Tokio, Japan
My dear Viscount :
  I need not tell you the shock to us to learn of the great disaster by quake and fire and flood that has come to your afflicted country. The wave of sympathy was immediate all
 - 第40巻 p.188 -ページ画像 
over our country and from government down, every agency, national, state, municipal, and charitable has responded heartily. The Red Cross has been swamped with contributions and, as you will see by the cover of a recent issue of Chicago Commerce here enclosed, the gifts of Chicagoans are still coming in rapidly and the total sum may rise to a million dollars.
  I am exceedingly anxious as to the safety of my friends in Japan, and was glad to see in one of our papers just now the statement that you and your family were safe. Be assured that everything that I can do to be of assistance will be gladly done, and I shall be glad when I can hear from the Honorary Commercial Commissioners of the saftey of those of our famous party who are still living.
  With kind regards,
            I am sincerely,
             (Signed) J. Paul Goode
JPG:jlk
(右訳文)
          (栄一墨書)
          十一月二日一覧、回答案取調之事
 東京市              (十月廿九日入手)
  渋沢子爵閣下      シカゴ市、シカゴ大学
                      パウル・グード
拝啓
今回貴地に大震・大火・洪水起り候由承知致し驚入候、米国に於ては政府を始め全国民・各州・各都市は何れも相競つて救済運動に没頭致居、赤十字社は寄附金受領の為め大多忙を極め居候、最近発行のシカゴ・コンマース誌の表紙《*》玆許同封致候が、之によりて御覧の通り市俄古市民の寄附金は今や百万弗に達せんと致居候
小生は日本の諸友人の安否を案居候処、只今新聞の記事により閣下及御家族の御無事の由を承知し欣喜仕候、小生の力にて出来得べき事は何にても喜んで御援助申上度、尚ほ存命せらるゝ渡米実業団員諸氏の御安否につきても承知致すことを得ば幸甚と存候
右御見舞迄如此御座候 敬具
*欄外別筆
 此表紙には二号活字を用ゐて救済資金募集の趣旨を載せ、一千八百七十一年シカゴ市大火災の際日本は率先して救恤に尽されたる恩義に酬ゆる屈強の機会なりと激励す 主唱者 シカゴ市長
  ○右訳文ニ「十月二十九日入手」ト注記アレド、ポール・グード原翰ニハ鉛筆ニテ「十月二十日入手」ト注記アリ。


渋沢栄一書翰 控 ジエー・ポール・グード宛大正一二年一一月二六日(DK400040k-0002)
第40巻 p.188-189 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ジエー・ポール・グード宛大正一二年一一月二六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                 (栄一鉛筆)
                 十一月十五日一覧
 - 第40巻 p.189 -ページ画像 
    案
 イリノイ州シカゴ市、シカゴ大学
  パウル・グード殿
                   東京 渋沢栄一
拝復、十月廿五日附貴翰正に落手難有拝誦仕候、然は過般の大震災に付御懇切に御慰問被下、御厚情難有謝上候、飛鳥山拙宅は倒潰は免れ候も相当損害を受け、又兜町事務所は崩壊の後所蔵書類と共に烏有に帰し候、激震突発の際老生は同所に出勤中なりしも、微傷をも負はず脱出することを得、翌二日以来震災善後の為め微力を致し、同月九日徳川公爵其他民間有力者と共に大震災善後会を組織して、罹災者救恤並に東京の経済復興等に付尽力致居候間、御省念被下度候、又御配慮被下候明治四十二年の渡米実業団員中、京浜在住の諸君も住宅の屋根瓦及壁等に多少の損害を受けし外、皆無事に有之候間御安心被下度候今次の事変に付貴国官民の深厚なる国民的友情を吾国民は深く感銘し衷心より感謝罷在候、此状態を見ては年来日米親善の為め微力相添候老生としては、一切の苦痛を忘れて歓喜すると同時に天の配剤の微妙なるを驚歎し居る次第に御座候
右御礼迄申上度如此御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十二年十一月二十六日付ニテ発送セラレタリ。
  ○右書翰中ニイフ「十月二十五日付貴翰」ハ渋沢子爵家所蔵綴込中ニ見当ラズ。栄一書翰ノ行文ヨリ推測スレバ、前掲九月十九日付グード書翰ヲ指スモノカ。(同書翰ノ入手月日ハ十月二十日、或ハ二十九日)


渋沢栄一書翰 控 ジェー・ポール・グード宛大正一三年三月一七日(DK400040k-0003)
第40巻 p.189-190 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  ジェー・ポール・グード宛大正一三年三月一七日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                    (栄一鉛筆)
                    三月六日一覧
    案
 イリノイ州シカゴ市、シカゴ大学
  ジエー・ポール・グード殿
                   東京 渋沢栄一
拝復、去る一月三日付の御懇書正に落手拝誦仕候、然は昨年九月の大震災に関し御鄭重なる御慰問を蒙り、御芳情真に難有奉深謝候、御来示之通り老生は至極健全にて、罹災者の救恤並に被害地に於ける経済的復興の為め微力を尽し居候間、何卒御省念被下度候
大震災当時我国民に対する貴国官民の深厚なる同情と、莫大なる物質的援助とは、我国民に深き感謝の念を起さしめ、為めに両国友情の増進せるを見て欣喜罷在候次第に御座候
○中略
旧渡米実業団員の消息に関し御慰問被下御懇情奉深謝候
同団員中には過般の震災の為に死傷せし者一人も無之候得共、類焼に依りて物質上の損害を招きし人々は少からず候、老生等は先年旅行中貴国官民の御厚意を記念する為め、毎年十二月十七日の帰朝日を卜し毎年晩餐会を開催するを例と致候が、昨年十二月はポートランド市のクラーク氏の渡来を機会とし、十七日を七日に繰上げて同氏歓迎を兼
 - 第40巻 p.190 -ページ画像 
ね同記念会を開催仕候、当夜の列席者は別紙記載の人々に有之、当夜の宴会は頗る愉快なるものにして、我等一同は談笑の間に昔を偲び、時刻の移るを知らざりし程に有之候
右御回答旁々得貴意度如此御座候
(別紙)
    大正十二年十二月七日旧渡米実業団帰朝日記念会参列団員
 飯田旗郎、岩原謙三、小池国三、町田徳之助、増田明六、名取和作、大谷嘉兵衛、渋沢栄一、田辺淳吉、渡瀬寅次郎
  ○右英文書翰ハ大正十三年三月十七日付ニテ発送セラレタリ。