デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2021.9.1

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
6節 国際災害援助
9款 関東大震災ニ対スル外国ノ援助
■綱文

第40巻 p.190-191(DK400041k) ページ画像

大正12年9月(1923年)

是月以降、関東大震火災ニ対シアメリカ合衆国及ビ其他ノ国ノ栄一ノ関係団体及ビ友人ヨリ、栄一ニ見舞及ビ災害救援ノ申出アリ。栄一其都度其厚意ヲ謝シ、希望ヲ回答ス。

25. チャールズ・ビー・ビルズ


■資料

(チャールズ・ビー・ビルス)書翰 渋沢栄一宛一九二三年九月一九日(DK400041k-0001)
第40巻 p.190-191 ページ画像

(チャールズ・ビー・ビルス)書翰 渋沢栄一宛一九二三年九月一九日
                    (渋沢子爵家所蔵)
         SEVENTH AND JSTREET BRANCH
       UNITED BANK AND TRUST COMPANY
            OF CALIFORNIA
             HEAD OFFICE
            SAH FRANCISCO
           SACRAMENTO, CALIF.
              Sept. Nineteenth, 1923
Viscount E. Shibusawa,
  No. 2 Kabutocho,
  Tokyo, Japan.
My dear Viscount :
  Since September 1st, for each day until this time, I have watched the papers for some news of yourself and other friends and I am glad to see published the fact that you are alive and uninjured, and are giving every attention toward helping to bring some settlement out of this great catastrophe for your people.
  Words fail to express on paper, what I would like to express to you. I have very deep sympathy for you all. Will you please extend to your many friends whom I met, my sincere sympathy! The least I can do is to be on the Committees here raising funds for your people.
             Sincerely yours,
              (Signed) Chas. B. Bills
CBB:L
(右訳文)
          (栄一墨書)
          十一月五日一覧、相当之回答案取調可申事
 東京市                (十月廿五日入手)
 渋沢子爵閣下          加州サクラメント市
                   チヤールス・ビルス
  大正十二年九月十九日
拝啓
 - 第40巻 p.191 -ページ画像 
九月一日大震災勃発以来今日に至るまで、小生は毎日新聞紙の記事により、閣下を始め友人諸氏の安否を知らんとつとめ居候処此程漸く閣下には御無事にて、爾来善後策の為に御奔走被遊候由を知り欣喜措く能はず候
小生の喜は到底筆紙のよく尽す処にあらず候、貴国民に対し深厚の同情を奉表候、日本に於ける小生の友人諸氏にも、小生の微意御伝被下度候
小生は乍不及救済資金募集の為に当地にて委員として尽力罷在候
右御喜旁御見舞まで如此御座候 敬具


渋沢栄一書翰 控 チャールズ・ビー・ビルス宛大正一二年一一月二六日(DK400041k-0002)
第40巻 p.191 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  チャールズ・ビー・ビルス宛大正一二年一一月二六日
                    (渋沢子爵家所蔵)
                 (栄一鉛筆)
                 十一月十七日一覧
 加州、サクラメント市
  チヤールス・ビー・ビルス殿
                   東京 渋沢栄一
拝啓、九月十九日付貴書正に落手拝見仕候、然は大震災に付御懇切に御慰問被下、御厚情難有謝上候、飛鳥山拙宅は倒潰は免れ候も相当損害を受け、又兜町事務所は崩潰の後所蔵書類と共に烏有に帰し候、激震突発の際老生は同所に出勤中なりしが、幸に微傷だも負はず脱出することを得、翌二日以来震災善後の為め微力を致し、同月九日徳川公爵其他民間有力者と共に大震災善後会を組織して、罹災者救恤並に東京の経済復興等に付尽力致居候間、御省念被下度候
今次の事変に付貴国官民の深厚なる国民的友情を吾国民は深く感銘し衷心より感謝罷在候、此状態を見ては年来日米親善の為め微力相添候
老生としては、一切の苦痛を忘れて歓喜すると同時に、天の配剤の微妙なるを畏敬し居る次第に御座候
右御礼迄申上度如此御座候 敬具
  ○右英文書翰ハ大正十二年十一月二十六日付ニテ発送セラレタリ。