デジタル版『渋沢栄一伝記資料』

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公開日: 2016.11.11 / 最終更新日: 2022.3.15

3編 社会公共事業尽瘁並ニ実業界後援時代

1部 社会公共事業

3章 国際親善
6節 国際災害援助
9款 関東大震災ニ対スル外国ノ援助
■綱文

第40巻 p.241-243(DK400064k) ページ画像

大正12年9月(1923年)

是月以降、関東大震火災ニ対シアメリカ合衆国及ビ其他ノ国ノ栄一ノ関係団体及ビ友人ヨリ、栄一ニ見舞及ビ災害救援ノ申出アリ。栄一其都度其厚意ヲ謝シ、希望ヲ回答ス。

48. エフ・ホワイト


■資料

渋沢栄一書翰 控 エフ・ホワイト宛大正一二年一〇月一八日(DK400064k-0001)
第40巻 p.241 ページ画像

渋沢栄一書翰 控  エフ・ホワイト宛大正一二年一〇月一八日 (渋沢子爵家所蔵)
                    (栄一墨書)
                    十月十六日一覧
    案
 東京、帝国ホテル
  エフ・ホワイト殿
                      渋沢栄一
拝啓、益々御清適奉賀候、然ば去る十三日華族会館に於て御面会の御話有之候這般之震災に関する感想を左に申上候間、御諒承被下度候
 去る九月一日の大震災並に大火災は近来未曾有の大惨害にて、東京のみに於て崩潰又は焼失せる家屋の数四拾万戸以上にして、死傷者の数も十数万に達せり、之が為め同市は其三分の二を焼土に帰し、横浜市は全滅の有様にて、其他近県の小都市も少からざる損害を蒙るに至れり、依而我政府は九月三日より臨時震災救護事務局を設置して、罹災者の救恤を開始せり、而して小生等民間の有志も亦、九月十一日を以て大震災善後会を組織し、政府と協力して罹災民の救済と東京市経済の復興とに日夜尽瘁しつゝあり、想ふに罹災者救護に関しては、其惨状に同情するの余り、物資の配給のみに傾くときは、遂に依頼心を増長せしめて懶惰の弊を養成することゝなるべく又被害地復興の事業に就ても、一意満足ならしめんとすれば、百事遷延し易く、又急速に完成せんとすれば姑息に失する恐れあり、此間に処して中庸の施設を執る事最も肝要なるべくと小生等の最も以て注意する処に候、而して小生は更に物質の復興のミに止まらず、各階級人士精神上の復興に努むること実に緊急之義と、折角努力致し居る次第に御坐候
 小生は日本政府に於て設立せらるゝ復興審議会の委員を命せられ、又民間に組織したる大震災善後会の副会長として努力致居、老齢なから官民一致して有終の美を収めんと苦心計画致居候
 小生は此機会に於て諸外国の公私団体が相競ふて我邦に同情を表せられ、種々の形式に於て多大の援助を寄せられしことに対し、深厚なる謝意を表するものに御坐候
 右書中御答申上候 匆々敬具
  ○右英文書翰ハ大正十二年十月十八日付ニテ発送セラレタリ。


(ダブリュー・エフ・ホワイト)書翰 渋沢栄一宛一九二三年一〇月二四日(DK400064k-0002)
第40巻 p.241-243 ページ画像

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